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【体験小説】Escape to Light. White Out.


前段


本作は2023年12月3日(一般公演)、12月8日(バイリンガル公演)に発表される新作の体験小説『Escape to Light. White Out.』の原作小説です。

体験小説とは”小説で書いた仮想の世界を現実で体験できるように開く”体験作家"アメミヤユウ独自のインタラクティブな体験芸術です。

当日に共有される短編小説を読むと同時に、その世界観が体験として開かれ、読者でありながらその世界の住人としての現実を体験することができます。

今回書き下ろした物語は見渡す限り真っ白な死後の世界。

その世界では、新たにこちらの世界に来る死者を皆でお迎えする儀式があり、皆さんにはその儀式の参列者としてご来場いただきます。小説、ダンス、インプロ、音楽、映像、様々なメディアがミックスしたここでしか味わえない特別な体験をぜひお愉しみください。

-体験小説について詳しくはこちら-
https://note.com/in_the/n/na952355f311f?sub_rt=share_pb

-公演のチケットはこちらから-
 https://exart4.peatix.com/


本編


死ぬ直前、世界がスローモーションに見えるというのは本当だった。
私にぶつかったトラックの運転手の顔までよく見えた。

周囲の人のざわめきや、救急車が近づいていくる音がゆっくりと反響して聞こえる。
死後の世界もこんな風に音が響くのだろうか。

こんなに吹雪いているのに、身体が熱い。
オーディション、行かなきゃ。
しかし立つべき足がどこにあるのかが分からなかった。
ないかもしれない、足。

病院の扉のように重くなったまぶたをなんとか開いて、目線を落とす。身体は深く積もった雪に埋もれ、雪は真っ赤に染まっていた。頭が真っ白になってきて、再びまぶたは落ちる。


「サンブーカはエルダーの花のリキュールですよ。エルダーはサンブークス属だから、サンブーカって名前になったんじゃないですかね」

黒や焦茶のシックな装い。オーセンティックなバーの光景。私のバイト先。目の前には馴染みのお客さん。横では後輩がお客さんの質問に答えていた。

「そうなんだ! 円くん、相変わらず植物詳しいねー」
と言っているのは私。

この日のことは覚えている。
ほんの一月まえの出来事。
走馬灯で見るには平凡な、いつものバイトの時間だった。

私が話しているのに、私の自由はそこにはなくて、まるでよくできた自分のロボットのようだった。身体が分離して、幽霊のようになっているわけでもないのに操縦士でもない、不思議な感覚だった。

人と話す仕事は楽しかったけど、バイトしている時間なんて全部ダンスの練習に使うべきだと、内側にいる私は叫び続けていた。その声が聞こえてこないように、お客さんと話したり、お酒を作ることに没頭して、逃げていた。

でも本当に逃げ切るためには、プロのダンサーになるという目的を遂げるしかないと分かっていた。そのためにはオーディションに受からないといけないし、練習しないといけないし、やることはいつだって明確で、行動はいつだって曖昧だった。

「ゆきさんは、人は死んだらどうなると思います?」

シャッターを下ろして、店仕舞いをしている最中、円くんが唐突に私に尋ねる。彼が最後までいたお客さんと話していた話題だ。

「とても自由だと思う! 想像したものすべてが現実になって、つまり自分と世界が1つなの。でも同時に、それは無なんだとも思う。声も、音も、意味も何もない世界に行けるんだと思う」
私はかねてから考えていたことを問われて、嬉しくなって即答する。

円くんはゆっくり落ちるシャッターを見つめながら答える。
「なるほど。僕はむしろこの世がすでにそうで、あの世は何も想像できないんじゃないかって思うなぁ。あ、でも、人は死ぬ間際に夢を見るらしいのですが、その夢を死後もずっと引きずってるってことはありそうです」

私が彼の言葉を解釈していると、円くんは続けて話す。
「そういえば近くに逃げBar White Outっていう謎のバーあるじゃないですか。この前お客さんに聞いたんですけど、あそこ死後の世界と繋がっているらしいですよ」

私は思考が止まり、吹き出してしまった。
「あはは、何それ! めちゃくちゃ行ってみたいんだけど」
しんしんと雪の降る誰もいない夜の通りで私の笑い声だけが響いた。

「かなり酔っ払ってましたからねぇ」と円くんも笑う。

「でもね、その話がなかなか具体的なんです。どうやらあの中は見渡す限り真っ白な光の空間で”お迎えの儀”といって、新たに亡くなった方を死者の世界に迎え入れる儀式が催されているらしくて」

「うんうん、それで?」
私は楽しくなって、前のめりに話を引き出そうとする。

「そこで寄ってたかって、新たな死者に死後の世界のことを教えてあげるそうです。ここには時間がないよ、とか、ここにはやるべきことがないよ、とか」

やるべきこと、という言葉に冷えた鋭利なものが肌に触れたような感覚があった。「確かに、しっかりしてるねー」と少しだけ引き攣った笑顔で言った。

「この世界ではお葬式で死者に花を手向けるじゃないですか。その花は死後の世界でそれぞれ、故人を構成していた様々な特徴を持つそうなんです。例えば白い菊なら誠実さとか、ピンクのユリなら虚栄心とか。参列者たちはそれを受け取るんですって。つまり死者は自分の特徴を一つずつ失っていくんです。そうして何者でもなくなっていくことで死者になっていくのだとか」

「円くんもしかして、お迎えの儀に参列したことあるの?」
と私が茶化すと、彼は何も言わずに微笑んだ。彼の背後、逃げBarがある方の夜空を見ると、国道一号線上にはガラス細工のように完全な曲線で描かれた三日月が、ふわりと浮かんでいて、彼の口元はそれと同じ形をしていた。

私は何かから逃げるように、まるで防御呪文を唱えるように、連ねて言った。

「あ、もう1つだけ言っていい? 死後の世界の話。私ね、あの世にいる人たちはいつでも生まれ変われると思うよ」


 キラキラと音が鳴るような木漏れ日が黒い大地に雨のように落ちている。私が見た事がない光景が浮かぶ。踊るような模様のイヌシデの樹皮に、ヤマガラの合唱が大気を揺らす。

コナラにクヌギ、ヤマザクラの木立の隙間を小さな虫たちが自由に飛び交う。陽の光が身体に満ちると、自然と身体が動き始める。

蛇のように腕を伸ばし、猿のように腰を曲げ、鳥のように足を浮かして、全身を森のリズムに預けた。身体中の水分が蒸発してしまうまで私は踊り続けた。

酸欠状態の身体に、心臓は慌てて酸素を共有しようと心拍数を上げる。勝手に生きている、その事実に、感謝を込める。

少しずつ意識が薄れて、私が消えていき、この世界と一つになっているような感覚が芽生えると、太陽模様が現れて、私は平衡感覚を失う。

赤と、黒と、白が同じ時間だけ現れて、消えた。


音が聴こえる。
床を擦り歩くような音。話し声。
すべてがゆっくり反響しているように聴こえる。

いつ眠ったかも覚えていない、突然の目覚めだった。
眠気もないので、目を開けると、暗かった。
まだ夜なのか、窓の方を見つめると、闇から漏れるように少しの明かりが差し込んでいる。カーテンから漏れた光の差し方とは異なる角度で。

不思議な光の方へ、手を伸ばしてみた。
闇の途中で「ゴン」と何か固いものに指先がぶつかる。
驚いて身体が反射すると、左右にも何か壁の様なものがあることに気づく。
箱のようなものの中にいるらしかった。

捉えられたのかと思い、箱からの脱出を試みて、上蓋をこじ開けようと押し上げた。すると外から蓋を開ける力が加わり、ふわりと浮く。

ただ、光があった。
視界いっぱいの白い光。
天国、と思ったのも束の間。
目が光に慣れてくると、周りに人々の輪郭が浮かんできた。

同じ顔をした白い人々が座して、私を見つめ、周りを囲んでいる。
私は驚いて、箱から逃げるように飛び出した。
飛び出しながら気づいた。
足が、ある。動く、なんで。

そしてオーディションに向かっていたことを強烈に思い出す。
時間、時間! 白い空間にある時計らしきものを探して、見る。
「Now」とだけ、その時計には書かれていた。

時計がかけられた柱に縋るように、ずるずると身体を預け、力なく絶望する。私が飛び出した箱を見つめると、それは棺桶だった。
私、死んだんだ。

死後の世界にも、人がいるんだなぁと周囲の不思議に信憑性が出てきて、恐れは抜けて、棺桶の方へ戻る。棺桶の淵に頭をもたれかけて呟いた。「私、死んだんだ……結局、何者にもなれなかったな……」

「何者も、何者でもないのですよ。視点を変えればそこに世界があるだけ」
脳内に直接語りかけられるように、男性の声が響いた。
周囲を見渡すと、後方に白い鹿の顔をした襦袢を着た人、のようなものが、こちらを見つめて言っていた。彼は白い本を片手に、それを読んでいるようにも見えた。

「誰」と反射的に問いかける。
「誰でもありません」と彼はいう。

ふと視線を落とすと私は彼と同じ服を着ていることに気づいた。
そして彼の立ち居振る舞いや声に、何故か安心感を感じていることにも気づいた。

「私、ダンサーになりたかった……」
心が溶け出すように自然と、言葉になって漏れていた。

「どうぞどうぞ。生まれたらいつでも死ねることと同じように、こちらの世界であなたはいつでも生まれ変わることができますよ。呼吸をするのと同じくらい、簡単にね。ここでは皆そうしてる」

皆という言葉に周りを見渡すと、白い人々は散り散りになって過ごしていた。白いピアノを弾き出す人、あたり構わず周囲に話しかける人、寝転がるだけの人、何もしない人。……自由だ、と思った。

いつでも生まれ変われる……私が考えていたことと同じだった。
この景色も、匂いも、音も、私が生きている時に想像していたことと同じだったよう思う。まるで頭の中をそのまま現したような。

彼はまた本を読み始めてしまったので、私は数十人の白い人々を観察していた。子どものように自由に振る舞う人が近づいてきたので「あなたは何者なの?」と問う。
「何者でもなーいよ」と答えて、飛び跳ねて去っていく。

私は床に座り、彼らを見つめる。何者かになりたかった、ならないといけないと思っていた自分と反対の存在たちなのに、なぜかこの光景も自分が見たかったことのように思えて、心の中の深い部分が少しずつ溶け始めていた。

私は、ここにいていいのかもしれない。この場所は私のための場所で、というか、何者でもない私でいてもいい場所なんだ。中途半端でも、なんの色を持っていなくても、ただその状態でいることを許してくれる、逃げ場。

よかった、死後の世界には居場所があって。
私じゃなくてもいい私がいていい場所があって、本当によかった。

私は最後の一言が欲しくて、立ち上がって、鹿の彼に言った。
「ねぇ、本当に何者でなくてもいいの?」

「はい、世界の本質は自由だ。好きなあなたで踊ればいい」彼は本を読みながら、でも、どこか嬉しそうにそう答えた。

「あなたの聴きたい音は知っているよ。僕と同じだからね」

そう言うと、脳内に直接音楽が響いてきた。
『光』という曲。私がいちばん好きだった音楽。

自然と身体がゆらめいて、今何をすればいいのかが分かる。
棺桶に手向けられた鮮やかな花々、これがこれまでの私なんだ。
まずはカーネーションを手に持って、ピアノを弾いていた白い人に手渡す。

白い人は私を抱きしめる。母のような暖かさで。
棺桶にある花を集め、私の後ろに付き添ってくれている。
彼女から黄色い百合を受け取り、子どものような白い人へ渡す。
白い人は意識を失ったようにその場で倒れる。

そして次々に、私自身を白い人に一つずつ手渡していく。
心からの感謝と共に、愛を込めて、別れを告げる。

全ての花を手渡すと、白い世界は真っ暗になった。
どこに歩んでいいかも分からない。何者でもない自分になった。
どこからも光が差さず、怖くなり、その感情のまま身体を踊らせる。これまででいちばん自由なダンス。何者でもない私の、自由そのもの。

心が無重力になるような感覚、時間からも、私からも、ここにいる感覚からも、解き放たれていく。眼前から強い光が差し込むと、私の周りに白い光が万華鏡のように浮かび上がり、集合し、散逸し、また集合してを何度も繰り返していく。これが生命の美しさなんだって、すぐに分かった。

それから、地球の様々な光景が光になって私を照らす。海、空、川、森、私が生きていた間の、いやそれよりもっと前から脈々と続く虫や木や微生物だった頃の全ての記憶が、波のように押し寄せては、消えていく。

1度限りのフラッシュバック。泡のように儚くて、美しくて、目眩くメロディに身体を委ねて、宇宙とか、過去とか、未来とか、全てがこの身体の中にあって、それを全て煙のように消していった。

音が終わる頃。この曲がなんという名前かも、もう思い出せなくなっていた。眼前の小さな光の方に進むと、棺桶の中に入っていた。私はこれから、運命的に導かれたどこかに行く。棺桶の中で仰向けになると、私が踊っている最中に何かを本に書いていた彼が、その本を棺桶の中に入れる。

「いってらっしゃい」と周りの人々から声が集まる。黄色い人、赤い人、青い人、きっとこの人たちは、過去の自分。もう何も思い出せないけど、愛おしい存在。

静かに蓋が閉められていき、赤と、黒と、白が同じ時間だけ現れて、消えた。


まだ見ぬあなた会えますように。
おなかをさすり、いつも願った。

どんな顔をしているかな。
どんな声をしているの。

新しい朝
新しい風
あなたのために準備されたの。

新しい朝
新しい光
世界はあなたのためにある。

(fin.)


Starring
おしだゆき
逃げBar White Out

Cast/Assistant Director
岩崎佐和

Cast/Producer
サカキミヤコ

Reception/Translator
ZAC

Sound System
Silent it

Director/Screenplay/Cast/Sound
アメミヤユウ

「こんな未来あったらどう?」という問いをフェスティバルを使ってつくってます。サポートいただけるとまた1つ未知の体験を、未踏の体感を、つくれる時間が生まれます。あとシンプルに嬉しいです。