tel(l) if... vol.13 こんな歌は似合わない
登場人物
千葉 咲恵
主人公。進学コースの女子生徒。伊勢のことが好き。
伊勢
特進コースの社会科教師。咲恵と卓実の勉強を見ている。
麹谷 卓実
特進コースの男子生徒。
後夜祭の前に、卓実からメッセージが来た。
嫌な予感がした。
卓実から連絡が来たことにはホッとしている。
でも、それよりも、動揺のほうが大きかった。
私のことはどうぞお構いなく。
このまま何も言わないでください。
私は、また三人で勉強ができたらそれでいい。
否、もし、何も言わずに卓実が抜けたとしても、それは構わない。
それはもとに戻るだけだから。
怖かったのは、そうではない場合だ。
そんなことはありえない。
じゃあ、どうして私はこんなに動揺しているのだろう。
私は、気づかないふりをしていた。
卓実が私を気遣う視線を。
優しいのは、私が心配なだけだ。
だって、こんなにも何もできない私に、それ以上の気持ちを抱くわけないのだから。
私は不本意ながらも返信した。
はじめから、私には無視か、Yesの選択肢しかなかった。私は毎年、クラスの打ち上げに参加していない。
一年目は誘われず、二年目からは自主的にその話が出る前に立ち去るようになった。
直ぐに卓実から返信が来て、帰りの会のあと、体育館の裏に来るように言われた。
嫌な予感が、いっそう強まった。
まさか、そんなベタなことは無いと思いたい。
「嫌」と言うと語弊がある。
煩わしい。いや、それも何か違う。
とにかく落ち着かなかった。上手い表現が見つからない自分の語彙力も悲しかった。
毎年、後夜祭では有志バンドがトリを飾る。
今年は卓実のバンドだった。
演奏が始まると、もうクラスごとに列を作って並ぶ必要はない。この瞬間から、ライブハウスになる。
私は熱気あふれる前列から逃れて、後ろの方でそれを観ていた。
なんだ、どのみち後夜祭でも見れたんだ。
わずかな罪悪感が消えて、私はホッとした。
どうやらボーカルは曲によって変わるらしい。
私が見たボーカルの女性は、昼間のライブのみの出演だったようだ。
遠くて弦の数が見えないが、卓実が持っているのはたぶんギターだろう。
メッセージを送ってきた卓実と、いまライブをしている卓実が、同一人物には思えなかった。
そういえば、卓実の髪って柔らかそうだよな。
小樽のときに意外と力持ちだと思ったけど、そういえば楽器って結構重いよな。
私は、演奏をしっかり聴かずに、そんなことを考えていた。
どうして今まで、彼と普通に話せていたのだろう。きっと、その時期が一番楽しかったのだ。
なのに、もうすぐ終わってしまうらしい。
私は伊勢先生を探して隣まで歩いて行った。
先生は一番後ろでステージを観ていた。
私が会釈すると、先生は何かを言った。
ライブの音にかき消されて何も聞こえない。
しばらく先生の隣で歌を聴いていた。
これだけで満足だ。良い思い出ができた。
先生はまたステージを指差して何か言った。
笑っていたから、悪い話ではなさそうだった。
もどかしくて思わず耳を近づけると、仕方なく先生は控えめに耳打ちしてくれた。
「全然聞こえないから、今度話そう」
私は笑って頷いた。
最後に卓実が、学校祭のテーマ曲を歌った。バンドメンバーにはスポットライトが当たり、いよいよ大詰めというところだ。
卓実は歌まで上手いのか!
と私は心のなかでツッコミを入れた。
それは底抜けに明るいJポップで、友人なのか、恋人なのか、どちらとも取れる人に対して「離れていても心配ないよ」「言わなくたって気持ちは通じている」と言っている曲だったので、私は複雑だった。
一体、どんな気持ちで歌っているのだろうか。
それでも聞いていると、妙に説得力があった。
会場が盛り上がれば盛り上がるほど、私は切なくなった。
私にはこんな歌、似合わない。
帰りの会が終わると、例によって「打ち上げどうする? 誰か企画してよ」と聞こえてきた。
誰に引き止められることもなく、私は教室を去った。
でも、さすがに早すぎたので玄関前ホールにあるベンチに座っていたら、文芸部のメンバーに声をかけられた。
「良かった! 咲恵ちゃんいた!」
特進コースの彼女らが続々と来ているということは、卓実もそろそろ来る頃だろうか。
「今年は文芸部の行けるメンバーだけで打ち上げしようと思ってるんだけど、咲恵ちゃんも行かない?」
「行く! 行きたい!」
「良かった。咲恵ちゃんいつも先に帰っちゃうから、誘えないかと思った」
即答したものの、私には先約があったので、それが終わったら合流することになった。
「絶対に合流するから!」
とりあえず今日は、それを楽しみに頑張ろう。
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