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tel(l) if... vol.14 口を閉じておいでよ

登場人物

千葉咲恵(ちば・さきえ) 主人公。進学コースの女子生徒。伊勢先生のことが好き。

伊勢(いせ) 特進コースの社会科教師。咲恵の勉強を見ている。

麹谷卓実(こうじや・たくみ) 特進コースの男子生徒。


体育館の裏に行くと、卓実のほかに、もうひとりいた。これは告白されているな、と直感でわかった。

相手は、私がリハーサルで見たあのボーカルの女の子だった。
私は平静を装って、すぐにその場を離れた。
でも、やっぱり不自然だったと思う。
だって、普通、用事がなければ、こんなところには来ないから。

もしかしたら、私の悪い予感は見当違いで、卓実は告白を受けて、付き合うことになるかもしれない。私の想像するようなことはないのかもしれない。

でも、どうしよう。何も言わずに逃げてきてしまった。
このままでは、卓実との約束も、文芸部のみんなとの約束も中途半端になってしまう。

文芸部の子が逐次、打ち上げの様子をメッセージで教えてくれていた。
今はとりあえずファストフード店で夕食としているらしい。早く私も合流したい。

五分後に戻ろう。それでまだ話し中なら、卓実にメッセージを送ろう。
文芸部のみんなのおかげで、私はギリギリ頑張れていた。

体育館の裏に戻ると、卓実はまだいた。
女の子はいなくなっていた。
彼はそばにあった石のブロックに腰を下ろしていた。ライブ後ということもあり、いつもより疲れているようだ。
「大丈夫? 飲み物でも買って来ようか?」
私は思わずそう聞いた。

それから、卓実のすぐ近くに座った。
「要らない。大丈夫」
明らかに元気がないし、言い方に少しトゲがあった。表情から何か窺おうとしても、うつむきがちでよく見えない。
「やっぱり、保健室に……」

そう言って私が立ち上がろうとすると、卓実は私の腕を取った。
何がどうなってそうなったのか、次の瞬間には、座ったまま、背中から抱きしめられていた。たぶん、右肩のあたりに卓実の顔がある。
彼の腕が、私のお腹のあたりにあり、私は思わず背中を丸めた。

私はあえて、なんでもないというふうで話を続ける。そのうち放してくれると思ったからだ

「打ち上げ始まっちゃうよ」
「いい。行かない」
いつもより低い声が聞こえて、それは頭に直接話しかけているように響く。
なぜだか、私みたいなことを言っている。あんなに盛り上がったライブの後に、そんなにつらそうな声をしているのはおかしい。

「みんな卓実のことを待ってるんじゃない? つらいなら、伊勢先生に相談してみようよ。話聞いてもらったら楽になるよ。たぶんまだ職員室に」
「静かにして」
卓実は右手で私の口を塞いだ。肌の感触も、腕から伝わる骨格も、私のものとはぜんぜん違う。

痛かったのははじめの一瞬だけで、それはいくらでも振りほどくことが出来る力加減だった。呼吸ができないほどではない。
しばらくして私が静かになったとわかると、彼は手をどけてくれた。

事情はよくわからないけれど、彼の場合、打ち上げに行ったほうがいい。きっと後悔する。
もとから賑やかなことが好きな性格だ。

風が通り抜けると、自分が思ったよりも汗ばんでいることがわかった。
加えて、彼の身体にはまだライブの熱気が残っているようだった。背中越しでそれがわかる。
他のことは何もわからなかった。

私は身を捩って離れたい意志を示す。ようやく、腕の力が緩んだと思うと、私はつい振り向いてしまった。
そのままキスされた。

「なんで避けないの?」
そっちからしてきたくせに、彼は尋ねた。
「すると思わなかった……」
私は呆気にとられていた。
まさか、こんな角度で、こんなに早く出来てしまうものだなんて、私がわかるはずないのだから。

向こうもまさか成功してしまうとは、思っていなかったようだ。ある意味、失敗ということだろうか。

「小説に書いていいよ」
卓実は私を解放すると、立ち上がって携帯電話を見ていた。きっと、クラスメイトからたくさん連絡が来ていたのだろう。
私もゆっくり立ち上がった。本当は膝から崩れ落ちそうだった。

私は文芸部の子に用事が終わったことを連絡した。
三人で校門まで迎えに来てくれることになった。

近くの河川敷で花火をする流れになり、他のメンバーはホームセンターで、バケツと手持ち花火を買ったそうだ。

夕飯は食べられなかったけれど、花火には無事に合流することができた。
別にお腹は空いていなかった。
卓実のせいで、いろいろな感覚が鈍くなっていたのだ。

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