「したい/ したくない」だけで判断していくと人生に色がなくなる
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「したい/ したくない」だけで判断していくと人生に色がなくなる

みなさん、こんにちは。

それにしても、今日は暑いですね。


さて、今回は判断基準が「やりたいかどうか」しかない人について話したいと思います。こういう人結構多いと思います。

【心の「やりたい」に目を向けて一生懸命突き進もう☆彡】的なキラキラしたものでなくても、普通の仕事で上司からあれこれお願いされて、それらがしたくないことだからモチベーション上がらないみたいなことも含まれますかね。

こういう発想の土台は「自分のことは自分が一番良く分かっている」ということです。でも、本当にそうですかね?

途上国の子どもが言う夢が大体同じなのは選択肢がないから

協力隊でザンビアに行った時も、インターンでカンボジアへ行った時も、恥ずかしながらテンプレート的な質問「君の夢って何?」を道で遊んでいる子どもたちに聞いてました。本当にたくさんに聞きました。あれ、なんなんですかね。夢を堂々と言う子どもたちを見て、「途上国の子どもたちには夢があって、日本の子どもたちとは違う」ということの根拠探しをしているとしか思えないんですけどね(性格悪いですね)。そうすると、驚くほど同じような答えが返ってくる。教師、医者、パイロットだけでもう7、8割程度が収まります。それを「ああ、みんな教師になりたいんだな」とか「こんなに多くの人が医者になりたいんだ、人気だな」とか解釈するのは間違えていると思います。彼らは情報量が圧倒的に少ないので、夢にできる職業に偏りが生じているだけなのです。

彼らが職業として「したい」ことは、わずか3つ程度に集約されてしまう。それでも、彼らはそれらの「したい」ことは自分で選び取ったものだと信じている。

あなたが「したいこと」はめちゃくちゃ狭い

程度の差こそあれ、やるかやらないかの判断基準を「したいかどうか」だけで設定している人も先の途上国の子どもの状況と同じです。自分の狭い価値観の中で「したい」だけのことです。それがものすごく偏狭であることに気が付いていない。だから、大手を振って自分が「やりたい」道を突き進んでいくわけです。それが、もしかすると思わされているものかもしれないことや、間違えているかもしれないこと、偏りがあるかもしれないことを勘定に入れていない。そして、厄介なことに「自分の信じる道を突き進んでいる私」が格好いいと思っている。

「小学校から私の夢は教師です」の嘘

私は大学時代、小学校の教員養成の学部だったので、学生時代の周りの友達は小学校の教員志望者がほとんどでした。結局、8割くらいが今も教員してます。

今思い返しても、すごい違和感なんですが、「俺は小学校の時に出会った先生みたいな先生になるために、この大学、学部に入学した」とか「小学生だった頃から夢が小学校の先生だった」とか言う友人がいるんですよね。それが100人に2,3人とかだったら、まあそういう一途な人もいるんだなと思うんですけど、半分くらいがそういう人なので驚きました。他にも「やりたい」ことないんだろうかな この人たちは と思ってました。でも、よくよく話を聞いてみると、あるんですよね、先生以外に興味のある職業って。でもそういうのに蓋をしてできるだけ見ないようにしている。どうして、そんなことになるのかというと、「夢は一途であればあるほど美しい」と信じているのです。小学校から他の選択肢には目もくれずに、一心不乱に最短距離で夢を追っている自分に酔っている。大学生になったら、バイトをしたり、別の大学の人と付き合ったり、サークルでよその学部の人と出会ったりして、これまで接点がなかったような人たちとの出会いがあります。でも、そこでの刺激をシャットアウトして、自分の「やりたい」から抜け出さない。別に、それが悪いことだとは言いません。大人が「やりたいことって何?」って聞きすぎなんだと思います。そういえば、ずっと「やりたいこと」を問われ続けてきてると思います。社会人になっても同じです。マネジメントから「で、何がやりたいの?」って聞かれるわけですし。「やりたいこと」がないことは悪いことだと刷り込まれ続けている。だから、やりたいことがなくなったら怖くてたまらないので、「やりたいこと」にしがみついてしまう。しがみついているのだけども、それだと格好がつかないので、一貫性に価値を付与する形で「夢は一途である方が良い」ということにしておいて、アイデンティティを担保する。

彩豊かな人生へ

自分の「やりたい」から抜け出さないと、世界は白か黒しかありません。目の前に登場する様々なシチュエーションに対して、「したい」か「したくない」かで選択していくだけです。そこには彩はありません。「やりたくないけど、やらねばならないこと」「やりたいけど、誰かに任せること」様々な判断基準をもって、多様な水準で物事をとらえることが出来る方がよっぽど豊かな人生になると思います。

最後に(ドラえもん「どくさいスイッチ」)

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(出典)https://blog.goo.ne.jp/frontlogic/e/99f5d1de6fa212fbad6bbdc5e0e537d6

最後に、ドラえもんの道具で「どくさいスイッチ」という秘密道具の話を紹介したいと思います。消えて欲しい人の名前を言って押すとその人の存在がなくなるという道具で独裁者を教育するための道具なのですが、のび太君はこれを使ってどんどん自分にとって都合の悪い人を消していきます。

最終的には誰もいなくなった世界でたった一人きりになるのですが、これはのび太君の「やりたいこと」がすべて実現した世界です。そして、やりたかったことがすべて実現した世界で、のび太君は絶望するのです。「やりたいこと」だけをやるのは一見するとすごく幸せなことに見えるのですが、その実、僕はあまり幸せにならないのではないのかなと思っています。

それでは、アディオス!


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やまなかゆうた

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