蒐集家、久遠に出会う 第三章 七、永遠に生きる
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刑部姫の意図を、椛はなかなか呑み込むことが出来なかった。部品をそのまま使うということは、刑部姫自体はどうなるのか。呆然としている間に、真木が久遠を問い詰める。
「二条さんを椛のもとへ行くよう勧めたのは、あなたですね? それに国蒐構とも関わりを持っていたとは、どういうことですか?」
「そうですね、最初の疑問については――わたしは、『父』の語る久遠論に、納得できなかったことが所以でした」
姫路が視線を向けるのも気にせず、刑部姫は彼への反論を述べる。人と久遠が同じようなものになると創造主は言っていたが、それはあり得ない。人が歩み寄ろうとしても、久遠――少なくとも刑部姫自身には、そのつもりなどない。ただ機械の体を生かした役目を果たすだけだ。
「人間と久遠には、どうしても違いがある。わたしはそれを、二条元家に思い知らされました。あの人が亡くなる前に」
病の床にいた二条は、久遠である刑部姫には隠していた心を明かしてくれた。人間に対しては出来なかったことを、人間でない存在に実行した。そこから刑部姫の方針は固まる。久遠は久遠らしく生きれば良いのだと。
故に二条元家として生まれた久遠が、生前のふりをして動くことがどうにも我慢できなかった。あの久遠にも、人間とは違う存在として動いていてほしい。刑部姫の話す椛のことに興味も持ったようなので、そこへ向かうよう促した。
「それと、国蒐構のことでしたか。富岡さんと縁のある人なら面白い方なんだろうなと思って、突っ掛かってみただけです。捜査を手伝う気など、さらさらありませんでした」
乾いた音を立てて、刑部姫が軽く腕を振る。刑事は協力者だと思っていたらしい存在をじっと見つめた後、目を大きく見開いて足を鳴らした。
「つまり、私たちは遊ばれていたということですか!? あなた、久遠を頼れば良いなどと言っていたじゃないですか!」
「確かに久遠は、人間のために作られたものです。あなたが頼りになったと言ってくださるなら、少しは本懐を果たせたことになりましょうか。久遠として、これほど望ましいことはないですね」
そう言い終えると同時に、刑部姫は地面に両膝を突く。直後、袴の中で何かの綺麗に割れるような音がしたかと思えば、久遠の脚が不自然に曲がっているのを椛は捉えた。何をしたのか問う姫路に、刑部姫は座ったまま微笑む。
「衝撃で部品が外れるよう、調節しておきました。彦根さんが久遠を壊すことも見越していましたので。結構苦労しましたよ」
再利用に支障のない状態を保てるようには心掛けている。二条の部品として改めて使うにも問題はないだろう。ここまで迷いもなく話している久遠に、椛は恐る恐る尋ねた。
「刑部ちゃん、もし部品とかいうのになったら……刑部ちゃんは、どうなっちゃうの?」
「わたしと同じ顔形の久遠など、いくらでも作れますよ。しかしその刑部姫は、もうあなたが知っているものではないでしょうね」
つまり、今話している久遠とは会えなくなるのか。胸に冷たい風が入り込む心地が、椛を襲う。そこに姫路が介入してきた。
「いや、記憶保持部分はあるだろう? 今まで会った人や出来事を保存しているそこを再利用すれば――」
「お断りです。わたしは十分に、『久遠生』を満喫しましたから」
刑部姫は言い切って、髪の中に手を入れる。別の久遠が持っていた情報など、作り直される二条にとっては邪魔だろう。本来なら永遠に生きるべき久遠には許されない所業かもしれないが、緊急事態ではそうするより他ない。
「……なるほどな。確かにすぐ二条の久遠を直すには、それが手っ取り早い。だが、そんなに急ぐことか?」
刑部姫の話を受け入れていた白神が、姫路と彦根へ首を巡らす。即座に彦根が応じた。
「せめて一度でも良いから、二条さんには――あの久遠には、謝らせてほしい。今日の思いが、薄くならないうちに」
謝罪が終われば、後は久遠を生前の二条とは切り離して扱うことにする。願いと決意を告げた彦根は、次いで姫路に頭を下げた。大事だったはずの久遠を壊してしまうことへ申し訳なさを伝える彼に、刑部姫が言う。
「別にあなたが気にすることではありませんよ。わたしが望んでやるのですから。……『父』には、寂しい思いをさせてしまうかもしれませんがね」
ふと久遠は作り手をちらりと見る。心の内に反感を持っていたなど微塵も感じさせず、ただ親を慈しむような目をしていた。姫路はしばし俯き、何とか明るさを保ちながら話す。
「ここで壊れたとしても、あなたは二条の中で生きる。……そういうことに、なるんだろう? 刑部」
「そのように言ってくれるのは、とても嬉しいです」
笑みを深める久遠は、右側の髪を掻き上げた。その指が触れる先に、赤いものが見える。人間の脳に値する場所に、これまでの記憶を収めた部品はあるのだったか。わずかに出っ張っているような赤が深く押されそうになって、椛は咄嗟に声を掛けていた。
「刑部ちゃん、いろいろありがとう! 家のことをやってくれたのもそうだし、久遠について教えてくれたことも! おかげで、また一つ賢くなったよ! まぁ、あたしのことだからすぐ忘れるかもしれないけど!」
刑部姫は目を細めて頷き、赤いボタンを押した。途端に久遠の頭部は跡形もなく吹き飛び、金属の欠片が周囲に散らばる。黄色のカチューシャも破損し、ひびや欠けの入ったものが地面を転がった。姫路がその一つを手に取るとじっと見つめ、上着の裏に仕舞い込んだ。
「……姫路。久遠の修復、わたしにも手伝わせてくれないか?」
背後から提案してきた彦根に、姫路は振り向く。生前の人間をかたどった久遠をどうするかという問題を広める際に製作手順を示しておかないと、より疑いが深くなる。そう話す彦根の顔に、姫路への怒りや呆れは見られなかった。すぐ答えない姫路へ、今度は林が駆け寄る。
「それならぜひ、研究所の方にも戻ってくれませんか? 再建の見通しは立っていませんが、一緒に久遠を作るというのならいずれは!」
姫路はかつての仲間たちを順番に見た後、溜息と共に感謝を告げた。そして二条の修理を彦根が手伝うのはともかく、研究所への復帰は保留にすると明かす。一度は厳しい批判を受けて追われた身だと、自らを下げて。
「こういう時こそ慎重にやらないと、また騒ぎになるからね」
「その慎重さを、二条さんの久遠を作る時にも生かしてほしかったな」
呟いた彦根に姫路が何か言いかけ、やがて二人して笑い合う。何やかんやで、事態は丸く収まったようだ。微笑ましい研究所職員たちの様子に、椛は胸を撫で下ろす。そして視線を、損傷の激しい二体の久遠へそっと投げる。壊れてしまったものもあったが、それを無駄にせず姫路たちはやっていくのだろう。
「それにしてもこの騒ぎ、果たしてわたし達が関わる必要があったんでしょうか?」
「本当に何だったんだろうねぇ? 富岡さんが勝手に振り回しただけみたいだけど」
「久遠を知れたのはよかった。……けど、どうも時間を無駄に使った気がする」
いつの間にか椛の周りで、仲間たちの疑問や愚痴が溢れている。さらにそれへ被せるように、存在をほぼ忘れていた女刑事の声がした。
「やるべきことは果たしましたか? なら、約束通り確保しましょうか」
所沢と共に、彼女と同じ茶色の制服を来た職員たちが、椛たちを囲もうとしている。ここで逮捕されるとは思ってもいなかった椛に、治がからかいでは済まされないことを言う。
「ここで大人しく国蒐構に身を差し出した方が君のためなんじゃない? 富岡さん」
「そんなこと、できないよ! あたしはまだまだ、困った人たちを助けたいんだから!」
そこで椛は思い出し、白神も返してほしいものがあって困っているのではないか尋ねた。ここで申し出ることか疑う相手へ急かし、観念した白神が訴える。
「『楽土蒐集会』からそっちへ持ち出されたものをすべて返してほしいんだが。おまえらはそうしてくれるか?」
「それなら、情報課に掛け合ってみます。あなたの実家にあった品も、保管されていると思うので」
あっさり了承した所沢に、白神は本当に返すのか念を押す。蒐集家とはいえ被害者だからと割り切っていた刑事は、すぐに態度を厳しいものへ変えて手錠を取り出した。
「とはいえ、あなたがその品を見られるかは分かりませんけどね。逃げてこのまま罪を重ねていけば、罰則が重くなるだけですよ?」
銀色が街灯で鋭く光り、椛の心臓が跳ねた。あれに捕まればひとたまりもない。迷わず椛は仲間を呼んで走りだし、研究所職員たちの佇む場を離れた。車を手配すれば良かったと悔やむ所沢の足音が迫る前に、より距離を取ろうとして急ぐ。
「なんだか、楽しそうな人たちですね」
遠くで林の無邪気な声が、夜の闇に溶けていった。
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