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蒐集家、団結する 第三章 七、それぞれの善

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 後の作業を国蒐構の人々に任せ、椛たちはその場を離れる。歩きながら、博物館だけでなく「楽土園」内のあらゆるものが破壊されていると気付く。池の周囲にあった小規模な建物も崩れ、花畑に至っては一本一本の茎が折れていたり、花が枯れていたりと無残な有様だった。池に掛かっている橋の残骸も、湖に浮き沈みしている。わずかな間に起きた変化に呆然としているのは、椛たちだけではなかった。
 こちらからもすっかり見えるようになった博物館の裏に並ぶ警察車両へ、所沢が「楽土蒐集会」会長を連れて行く。その間、熊野は絶えず辺りを見やり、大人しく女刑事に続いていた。そこに平泉の救出に当たっていた職員が駆け寄り、所沢に報告する。軽く応対してから一人手を合わせる彼女に、熊野が言った。
「……ボクからも、祈りの言葉を唱えてやってもいいですか?」
 ここから動かず済ませるなら、と所沢は許す。熊野は頷き、深く息を吸ってから聞いたことのない言葉を唱え始めた。椛は意味こそ理解できなかったが、熊野が友の死を悲しんでいるとはっきり分かった。彼は途中で声を詰まらせ、手錠の掛かったまま目元を押さえようとする。
 詠唱を終えると、熊野はまっすぐに椛たちの方へ顔を転じた。所沢も邪魔をせず、彼の行動を見届けようとしている。
「友を助けてくれて、ありがとう。キミたちのほうが、ずっと優しかったんだね」
 目元を腫らしたまま、「楽土蒐集会」の会長は笑っている。距離のある彼へ届くように、椛は声を振り絞った。
「そりゃ、そうだよ! もう人のものは盗んじゃだめだからね!」
 胸を張る椛へ、熊野は頷いてから所沢と歩き始めた。遠ざかっていく「楽土蒐集会」会長に恨みをぶつけなくて良いのか、治に尋ねられた白神が慌てて拳銃を取り出す。それをしばらく熊野に向けていた白神だったが、やがてゆっくりと下ろした。
「あの調子じゃ、もう長にはなれないだろう。組織も壊滅だ、やることは終わった」
 治が微笑んで頷く。熊野は車両に乗せられ、窓のカーテンに姿を消す。所沢と日光を置いて、並んでいた車両は次々と発車し「楽園」を離れていった。残された所沢は、上司へ今回の事件への協力を感謝した後、鋭く釘を刺していた。
「『楽土会』にも手を貸していたことは、見過ごしませんからね。悪に力添えしていたとなれば、国蒐構の品位が問われますので」
 そして刑事は椛たちを目で捉え、こちらへ歩いてくる。まさかこの場で逮捕するつもりかと椛が慄いた時、日光が蒐集家たちの前に移った。
「まぁ落ち着きな、所沢さん。逮捕状は持ってきてる? そもそも蒐集家って、本当に悪い人なのかねぇ?」
 何気ないような老人の問いに、所沢は足を止める。彼女は「敵」を庇う男を見つめ、次第に顔を怒りに歪めていった。眉間に深く皺を寄せ、敷地全体へ響かんばかりに訴える。
「蒐集家なんて、悪人に決まっているじゃないですか!」
 自分が利益を得るためだけに、多数の被害者を出している。周りの心情など考えもしない。あろうことか徒党を組み、社会を混乱に陥れて秩序を乱す。警察では対処し切れないほどのことを今も行っている。悪人の擁護し難い行いを語る所沢には、ぴりぴりとしたものが漂っていた。そしてその目に、涙が溜まりつつもある。蒐集家によって犠牲になった人を思うように。
「異世界との交流を進めるだとか文化を守るだとか言って、結局好き勝手やっているじゃないですか。そんな蒐集家を許すなんて、とても――」
「じゃあ、熊野たちはどうなんだい?」
 部下の語りを遮り、日光は真顔で問う。所沢は変わらず悪人だと言いかけて、ふと表情を引きつらせた。
「平和のため、ライニアに住む人々のために時間を掛けて、蒐集の中で心を傷付けてまで『楽園』を築こうとした彼らは、悪人なんて言い切れるかねぇ? 何も知らないライニアの人には、良い人って見えたはずだよ。まぁ盗品を展示してるってばれたら、反応も変わるかもしれないけど」
 所沢の頬を涙が伝う。彼女の考えを、椛に読み取ることは出来なかった。急にこちらを向いた日光の言葉に引き付けられる。
「『早二野』も同じだよ。『楽土会』を倒して、盗まれたものを蒐集する正義を持っている。ある意味では悪人であり、善人なんだよ」
 さすがに悪人呼ばわりは、椛も簡単に許したくなかった。だが自分の行動を認めてくれる人がいるとはありがたい。彼に何と言おうか迷っていると、無線機の呼び出し音が鳴った。肩に付けられていた機械を外して通話を始めた日光が、怪訝な声で応答する。一分足らずでやり取りを終え、老刑事は告げた。国蒐構が回収した品と、実際に博物館に保管されていたものとの数が合わない。ちょうど十万点あったはずの品々が、揃っていない。その意味にすぐさま気付いたのは、白神だった。
「つまりおれの実家にあった名物も、国蒐構が集めた中に入ってないかもしれないのか? 回収中かその前に、誰かが持ち去ったとか」
 日光の肯定を聞くなり、白神の目が輝いた。その顔には、今まで椛が見てきたどんなものよりも覇気があった。
「次にやることが決まった。実家から『楽土会』に奪われたものを取り戻す。無論、『早二野』の活動も続けるさ」
 はっきり言い切った彼が、こちらに目を向ける。これからどうすると問われている気がして、椛は宣言した。
「よし、あたしたちは『楽土会』だけじゃなくて、ほかの泥棒に盗まれたものがある人も助けてあげよう! 蒐集家を続けて、いつか『天使』みたいになるんだ!」
「……『天使』?」
 首を傾げる所沢へ、椛はざっくり説明する。黙って聞いていた女刑事は、その「天使」が本当に蒐集家か疑ってきた。
「蒐集家を名乗って、本当は別の何かを――」
「言ってたもん! ちゃんと蒐集家だって、言ってたもん!」
 あの言葉は、確かに記憶を留めている。それを必死で伝えると、女刑事は息をついた。
「……なるほど。その『天使』しかり、盗品を取り返そうとするあなたたちしかり、蒐集家っていうのも、一筋縄でいかないのかもね。今回は『早二野』のおかげで『楽土蒐集会』の破壊が出来たのも事実だし。でも」
 いつの間にか笑みを浮かべていた所沢が、まっすぐこちらを指差して「早二野」を呼んだ。
「こっちも負けていられない。あなたたちが社会を乱したら、今度こそ容赦なく御用ですからね。覚悟は出来ている?」
 自信に溢れた刑事の気迫に、椛は少し恐ろしさを覚える。彼女に捕まらないよう、今後は気を付けなければ。やがて所沢は、日光に促されて待機していた車両へ向かっていった。そして日光も彼女に続くかと思いきや、蒐集家たちへ振り返る。敵意を向けるどころか、親しい友を見るような柔らかい眼差しでいる。
「刑事さん、俺たちを逮捕しないで良いの?」
 治の問いに、日光はゆっくりと首を振る。その職にあるとは思えないほどの「敵」に向けた優しさが、刑事から滲み出ていた。
「何、おれは成り行きでここまで来ちゃったからね。本当はきみたちとも敵になりたくなかったんだよ。ただ、異世界と勝手に関わるななんて決めた奴らが悪いんだ。おれたちにも仕事を押し付けてさ……」
 不意に灰色の空を見上げた日光は、しばらく目を強く瞑っていた。涙を堪えるように見えたそれはやがて、今までと同じく左右が不釣り合いに開かれる。
「国蒐構の者としちゃ言っちゃいけないことかもしれないけど……これからも頑張ってくれや、若い蒐集家の皆さんよ。きみたちは、おれたちの住む世界で最も自由なんだ。どうか好きに異世界を知って、いつかは堅苦しい原則を壊しておくれよ」
 そう言ってこちらへひらひらと手を振り、老人は所沢が乗ったものと同じ車両へ入り込んでいった。

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