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蒐集家、団結する 第三章 六、夢の跡

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「一体何が起きているんだい? 会長さんは何も知らないみたいだけど」
 治が指摘したように、熊野は呆然と室内の光景を眺めていた。それを嘲笑うかのように、日光が明るい声で真相を明かす。
「オーロ――平泉さんと組んでさ、この『楽土園』を壊すつもりでいたんだ。あんたたちにも手伝ってもらってね」
 蒐集品が十万点を迎えて熊野が博物館の「完成」を認めた後、破壊を始める手はずになっていた。「早二野」にはその「完成」へ向けた最後の一押しと時間稼ぎを期待していた。既に逮捕されたという「楽土蒐集会」の構成員たちも、元は熊野に黙って平泉が呼び寄せていた。
「どうせやり直すなら、綺麗に片付けたいだろう? そうすりゃ、クロウの心も折れるってもんさ。平泉さんも、それを望んでいたんだよね?」
 問われた平泉は、何も言わない。そして話に上がった熊野も、追及をしなかった。
「完璧を目指したのが駄目なんだよ、熊野仁成くん。完成したものは、その瞬間から壊れる」
 日光が持つ「破壊」魔法は、完成度が高いほど壊れやすくなるものだ。さらに平泉が使う魔法も合わせて、徹底的に破壊を推し進めようとした。じきに終わりは来ると、日光は宣う。相変わらず、熊野はこれといった反応を示さなかった。
「日光さん、そこにいたんですか?」
 職員たちの行き来していた出入り口から、所沢が駆けてくる。「楽土蒐集会」の長たちを認め、彼女は逮捕を意気込んでいた。だが二人に近寄ろうとした彼女を、素早く走った光が阻む。刑事の足を止めたそれは、きらきらと黄色に輝く薄い壁のように椛には見えた。
「まずはここにある品々を守らなくちゃね。逮捕はその後だ。嗚呼、割れたガラスには気を付けるんだよ」
 所沢の方へ手を伸ばしていた日光が、穏やかに指示を出す。顔に不服を滲ませつつ、所沢は回収の具合を確認すると言って去った。日光が腕を下ろすと、壁もまた綺麗に消えた。これも彼の使う魔法なのだろうか。
「そういえば熊野さん、身代わりの魔法は使わないんですか?」
 姿を消した所沢を見届けてから、真木が口を開く。春日山が死亡する前にあった一悶着を挙げ、熊野は物体に対しても自らに攻撃を寄せ付けることが出来るのではないか尋ねてきた。その答えを先に日光が明かす。
「そりゃ出来ないよ。あいつの魔法は、複数のものを一気に庇えない。それに彼の判断にも委ねられる。――あんた、もう諦めているんだろう?」
 日光に目を向けられた「楽土蒐集会」の会長が、首を縦に振った。まさかの答えに、椛は理由を問うのも忘れて彼を凝視する。あれだけのものを盗んでおいて、結局博物館を諦めるというのか。
「おい、クロウ。あんた、どこまで現実をそのまま受け入れるつもりなんだ!?」
 声を荒げたのは平泉だった。彼は故郷の名で呼んだ会長へ詰め寄り、襟元を強く掴む。
「あんたは、何をしても変わらないのか? 嫌だと思ったら言えよ! 何で大事に作り上げたものを壊したんだって、訴えの一つでもしろよ!」
 声が掠れんばかりに叫ぶ平泉の目元に、涙が滲んでいた。きっと友を動かしたくて、心を変えたくて大胆な手段に出たのだろう。肝心の友は、服にいくら皺が寄っても動じない。ただ、心なしか眉が下がっている。
「これを受け入れなきゃ……キミが悲しむだろう?」
 そう当たり前のように、優しい声で熊野は言った。新しくやり直したくて、平泉は破壊を決めた。ならその意思を尊重すべきだ。そこに自分がどうこうしようとしても仕方がない。何もかも諦めたような熊野に、平泉は何も言い返さなかった。そこに治が疑問を口にする。
「やり直すにしても、どのようにしてまた『楽園』を作るんだい?」
 迷いなく平泉は返す。今までのような強硬手段は認めない。盗みや傷害は行わず、平和的に蒐集を行う。その傍らで新しく、敷地を整えていくのだ。本当に今宣言した通りにしてくれるか、椛は気になって訴える。
「ここにあったものは、ちゃんと持ち主の人に返してよね! みんな困ってるんだから」
「それはあんたたちに託すよ、『早二野』。ぼくはひとまず、このいびつな『楽園』を終わりにする」
 展示品は全て回収し終わったか平泉に問われ、日光が連絡を取る。やがて彼が肯定すると、副会長は大きく靴の踵を踏み鳴らした。
 部屋の奥で、地響きに似た音が響く。向こうから床が割れていく光景が、こちらへ近付いていくのが椛にも見えた。熊野も驚いて周囲に目をやる中、壁が崩れ始める。このままでは、建物自体も崩壊しそうだった。それなのに平泉は、仁王立ちのまま椛たちへ逃げるよう促すだけだ。
「潰されたくないだろう? もたもたするんじゃない」
「平泉、これはいったい……」
 剥がれかける天井を見上げ、白神が問う。副会長は薄く笑い、その真意を告げた。
「ぼくたちの『楽園』を、文字通り無に帰す。そして改めて、一からやり直してもらうことにするよ」
 自分たちが逮捕されてしまえば、博物館らの運営は出来ない。人が立ち入りもしない敷地が残って荒れるくらいなら、いっそ綺麗に片付けてしまいたい。平泉は中途半端を嫌う性分だった。
「だからって、これはやりすぎじゃないの!?」
「そうだよ。結局手段が荒いじゃないか」
 椛と治から立て続けに指摘されても、平泉の表情は変わらない。
「そうかもしれないね。やっぱりぼくは、『楽園』を作る者に相応しくなかったみたいだ」
 足元から不吉な音が上がり、椛は自らの立つ床を見た。亀裂が入っていたそれはたちまち割れ、体が下へ落ちそうになる。間一髪、腕を伸ばした真木が引き上げてくれた。急いで部屋を出、仲間たち三人がついて来ていることを確かめて先を急ぐ。
 廊下の壁紙もすっかり剥がれ、階段の手すりはぐらついて今にも根本から折れそうだった。外へ繋がる自動ドアも粉々になり、そこを抜けて椛たちが館外へ出た時、所沢と日光も姿を現した。他の国蒐構職員は外に控え、破壊される博物館を不安や驚きの声と共に眺めている。
 少しして、熊野が椛たちも出てきた扉の方へ向かうのが見えた。彼の頭上も、音を立てて崩れ落ちていく。このままでは押し潰されかねないのに、熊野は館内に留まったまま、椛たちに背を向けて立ち尽くしていた。願いを込めた博物館と、運命を同じくするつもりなのか。椛が思った時、不意に熊野の体がこちらへ突き飛ばされた。天井の破片が降りしきる中、建物にはまだ一人残っている。
 熊野が立ち上がった直後、一階の天井は大きく崩れた。上の階も次々と落下し、瓦礫と化す。やがて静かになったが、博物館はとっくに見る影もなくなっていた。立派な建造だったそれは、コンクリート片やガラスが山と積み上がる廃墟となった。
 友の名を呼び、熊野はふらついて博物館の跡へ向かっていく。そこへどこかに待機していたと思われる所沢が駆け寄り、彼を止めた。一人で瓦礫を動かすのは難しいと言い、職員たちに救出を頼む。そして先に熊野を逮捕するよう日光の指示を受けると、所沢は慌てて鞄から書類を取り出した。逮捕状を突き付けられても、熊野はうろたえず刑事の言葉を聞いていた。
 熊野に手錠が掛けられるのを見届けた椛は、視線を瓦礫の山へ移した。国際蒐集取締機構の人々が、器具を使って平泉を助け出そうとしている。
「なんか大変そうだね。手伝ってあげようよ!」
「そんなことしても、国蒐構の迷惑になるだけだよ」
 治の言い分も聞かず、椛は走る。背に何かが当たった気がして振り返ると、地面に軍手が落ちていた。それを拾って嵌めている間に、真木も軍手を付けながら瓦礫へ歩いてきた。人手は多い方が良いだろう。椛は男仲間二人も呼んだが、彼らは渋い顔をしていた。
「彼をここで助けたからって、俺が犯した昔の罪を許してくれるはずもないよ」
「おれは手を貸さないぞ。なんで倒すはずだったやつを救わないといけないんだ」
 乗り気でない二人の反応に、椛は胸に熱が込み上げるのを感じた。「楽土蒐集会」は悪い人たちの集まりだ。しかしそこに助けを求める者がいるなら、応えないわけにはいかない。
「困った人のために作ったのが、『早二野』なんだよ! 敵だって誰だって、関係ないよ!」
 白神が目を見開き、椛を見つめた。呆気にでも取られているのか、そのまま数秒経過する。それから何か呟き、彼は作業現場へ進んでいった。遅い足取りで治も加わる。
「富岡さんはそういう人間だったね。全く、人に甘過ぎるよ」
 職員たちに協力してしばらく経って、椛は一階の床だった部分に流血があるのを認めた。それを頼りに平泉を探り当て、頭部から肩に掛けてひどく負傷した彼を見つける。やっと外に出られた男は、もう息をしていなかった。一度熊野によって特殊な術を施され、蘇ることはない。国蒐構職員によって死亡が確認された時、なぜか鼻の奥がつんとするように椛は感じていた。

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