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蒐集家、団結する 第三章 三、無縫者の最期

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 不気味なほど静かな館内を、白神は駆けていく。展示室をいくつ抜けても、人影は見当たらない。ここには誰もいないのか、そんな不吉な予感を振り切って足は一切止めない。部屋の中をほぼまっすぐ進み、やがて玄関のものと同じ透明な扉前に辿り着いた。左右の窓からは光が見え、外が近いと分かる。すぐ横にある階段へ白神が意識を向けた時、別の方向で重い音がした。
 来館者のために備え付けられただろう前の扉とは違い、その裏口らしきものは地味な印象だった。壁の灰色に紛れそうな戸は向こうから押し開けられ、白神がずっと探していた姿が入ってきた。すかさずその対象へ、持っていた拳銃を向ける。
「まぁ待ちなよ、『勝負師』君。ここに来てまで、君にはやりたいことがあるんだろう? まずはそれを、しっかりと聞かせてもらおうじゃないか」
 春日山を含む「楽土蒐集会」の誰にも、警戒して本来の望みを明かしてこなかった。だが今は隠す必要もない。はっきりと、この組織への恭順から支配、そして今は破壊が目的だと明かす。途端に春日山は目を瞬かせた。
「家族の仇を殺すことじゃなかったの?」
「そういうのは、あまり興味がなかったんだ。ある意味では『楽土会』破壊も、仇討ちの一つかもしれないが。……まぁ、今は気が変わったな」
 まっすぐ、銃口の先を敵に合わせる。そこに相手が待ったを掛けた。
「僕にもやりたいことがあるんだ。まず一緒に会長さんを探さないかい? 彼に会ったら、僕を殺しても良いから」
 家族を皆殺しにし、自分を裏切った人物を見据える。罪悪感などないかのように、彼女はのうのうと思うままに生きている。それが許せない気持ちがありながら、白神はもう一つの可能性に考えを巡らせた。今ここで春日山に協力して熊野を見つけたら、二人を同時に始末できる。いずれ平泉も倒せば、自分の敵も組織の重役も一気に片付けられ、「楽土蒐集会」の崩壊は確実になる。白神は頷き、一時の同行を受け入れた。
 左側にある階段前を過ぎ、向かいの展示室に入る。薄暗い部屋には、ケースの後ろから差す光を受ける美術品が厳かに佇む。その中に何点か見覚えのある品を認め、不意に白神は足を止めたくなった。無性に苦々しい気持ちを抑え、敵の長を探す。もし自分が現場にいれば、代々受け継がれた名物を守れただろうか。いや、家族ともども殺されていたかもしれない。しかしそれはそれで良かったのではないか――。
「ここもだいぶ、完成に近付いてきたね」
 春日山の言葉に、白神の足取りは緩む。まるで何度か、この現場を見てきたような口ぶりだった。実際、彼女はこの一ヵ月で三回ほど、ここを訪れていた。そして最後に行った日、熊野に相談を受けた。
 春日山が懐から出したものを、白神に見せる。熊野に貰ったという、丸い薄茶色の実が糸で三つ繋がったものだ。それが何を意味するのか、白神が理解しかねている間に春日山は続ける。
「あの人にも呆れるもんだよ。自分の願いに正直かと思っていたら、そもそも自分の心が分かってないみたいなんだ。どうかしちゃってるよ。世話にはなったけどさ」
 三つの実を擦り合わせ、春日山は会長について語る。長く蒐集家として一人で活動することを好んだ彼女が「楽土蒐集会」へ留まり続けたのは、熊野が自由にさせてくれたためだった。昨年末に向こうから蒐集の実力を買われて勧誘された時は気に入らなかったが、興味のあるものを好きに集めて良いという熊野の言葉には好感を持った。先日も、彼は恐らく自分の今後を悟ってこの「お守り」をくれた。貰ったからといって、さほど頼りたくもないが。そう呟いて、春日山は急に白神を見返った。
「それで君のやりたいことはまず、『楽土会』を壊すことだろう? それは今日叶うとして、明日からどうするんだい?」
 息の詰まるような感覚が、白神を襲った。今まで「楽土蒐集会」を軸として動いてきた。だがそれがなくなった後で何をしようか全く考えていなかったと、白神は思い当たる。「早二野」の将来も分からない。下手をすれば目的を果たしたので解散する可能性もある。蒐集家としても人としても、自分はどう生きていけば良いのだろうか。
 知らないうちに、白神は動けなくなっていた。視線の先で春日山も立ち止まり、煙管を吹かす。
「まぁ、そこはゆっくり考えなよ。明日のことは明日からってね」
 ゆっくりと煙を吐き出していた春日山が、遠く先へ手を振った。白神がその相手を探すと、こちらの廊下へ続く部屋の出入り口辺りに熊野がいた。これでひとまず、狙いは揃った。少し後ずさり、春日山が向こうへ気を取られている隙に引き金を一気に引く。銃声が轟く中、焦点を定めていたはずの女は倒れなかった。代わりに奥の方から、鈍い音がする。そちらへ視線を移して現状に気付き、白神は思わず自らの武器を確認した。
 間違いなく春日山へ向けて撃ったはずだ。しかしなぜか、先ほどまで彼女に手を振り返していたはずの熊野が、脇腹から流血してしゃがみ込んでいる。いつの間にか彼の近くにいた真木が手当てを施しているのも気にならない。なぜ熊野が負傷しているのか、疑問でしかない。
 春日山もその様を見て呆然としていたが、やがて慌てて掌の中を見た。綺麗な球体だった実は、微塵に砕けている。起き上がれるようになった会長のもとへ春日山が走りだす。そして白神もまた、静かにその後を追った。
「よかった。ちゃんと効いたんだね、それ」
 真木に支えられている熊野は、春日山の手中を見て微笑んだ。彼の持つ「身代わり」魔法は、近くにいる人や物体の攻撃を自らが代わりに受けるというものだった。熊野との距離がある程度近くなければ効果を発揮しないが、その欠点を彼が渡したお守りは解消することが出来た。たとえどこかで春日山が危険な目に遭っても、助かるように。
「でも壊れちゃったら、また別のがいるんだ。待ってね、もう一つあげるよ」
「いや、会長さん。悪いけど、遠慮しとくよ」
 肩に掛けていた鞄を探る熊野を、春日山は引き留める。どうせ自分が死ぬことは決まっているのだから、これ以上命を延ばさないでほしい。その訴えを熊野はじっと聞き、ややあってから受け入れた。鞄に入れていた手が、何も持たずに外へ出る。
「……良いんですか、熊野さん。あなたは、春日山さんを助けたいんじゃないんですか?」
 熊野の隣にいた真木が、ぼそりと問う。長めの前髪を有する顔は俯かれ、白神から彼女の表情は見えない。長いこと、熊野は沈黙していた。どちらの女が言うことを優先するか、迷っているようだった。最終的に、彼はゆっくりと口を開く。
「春日山さんの意思を尊重するのは、悪いこと?」
 今度は真木が、何も言えない番だった。ただ首を振り、軽く目を閉じている。
「ここは彼女が望む死を選ばせてやりたいんだ。……ごめんね、キミの大切な意見を無碍にして。ボクは誰にでも優しくありたいって思ってたのに」
「全く、君は女将みたいなことを言うなぁ。人に気を使い過ぎると、苦しむだけだよ?」
 壊れたお守りを投げ捨て、春日山は白神へ向き直る。そしてやりたいことをやれと手招きしてくる。堂々とする彼女を、白神は訝しげに見つめた。本当に行って良いのか、相手は正気なのか疑いが湧いてくる。
「ここで躊躇ってどうするんだ。このために生きてきたんだろう? そうだ、最後に覚えておきなよ。何にも振り回されないで、自分の望みを第一にする時代は来ているんだ。『勝負師』君、今がその時じゃないのかい?」
 死を願う女は、勝手な熱を吹いて笑っていた。それを目に焼き付け、白神は数発の発砲音を響かせた。銃口の先で、うっすらと煙が立ち上る。
春日山は床に仰向けとなり、腹部から血を流していた。それでも意識はあるらしく、途切れ途切れに白神を呼ぶ。
 ブーツの音を立てて、白神は春日山に迫る。彼女の胸下辺りへ照準を合わせ、ふと浮かんだことを零す。
「今ので思ったんだが……おまえ、おれに殺されたいってのが、結局おれのためにもなってないか? 自分のためだけに生きたいなんて言ってたおまえらしくもないぞ」
 一発撃たれた春日山の身が、わずかに跳ねた。目を見開き、血の垂れる口を開けたまま彼女は固まる。
「そんな馬鹿な。僕が人のためになんて……」
 だが言った矢先ですぐ思い直したのか、春日山は頬を緩めた。
「そうか、私は……」
 体を起こしかけていた女が、床に倒れる。流血する様は痛々しいのに、その死に顔は安らかで、何かに満足しているようでもあった。そんな彼女へ、白神は低く吐き捨てる。自分を優先すると言っておきながら、最後だけ誰かのために動くなど、おかしな話だ。信条は死ぬまで貫け。呟きを終えて白神は顔を伏せ、拳銃を持つ腕を下ろした。

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