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蒐集家、団結する 第三章 四、悔いと希望と

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 上手い具合に同行者たちともばらけ、ざっと館内を見て回れたかと思ったところで治は椛に再会した。上へ立ち入れないようになっている階段近くにあった最後の展示室から姿を現し、彼女は大きな溜息をついている。こちらと同じく、収穫はなかったようだ。
「『楽土会』を倒すとあれだけ言っておいてこの様じゃ、今後が危ぶまれるねぇ」
「治くんだって、誰も見つけられなかったじゃん!」
 いちいち大げさに反応してくる椛を見ていると、愉快にも感じてくる。噛み付く彼女に思わず笑いを漏らし、切り替えて次へ進む。真木と白神がどこにいるかは分からないが、ひとまず初めに入った展示室を目指すことにした。二人して階段を下り、一階に着くなり窓の光景が治に捉えられた。茶色い制服を着た国際蒐集取締機構の職員が、外のあちらこちらにいる。それを指摘すると、呑気に鼻歌を歌っていた椛が一気に顔色を変えた。
「もしかしてあたしたち、逮捕されちゃうの?」
「そうだよ?」
 冗談で肯定すると、椛はより動揺を見せた。今にも外の職員に気付かれてもおかしくない大声で騒ぎ、手足をばたつかせている。滑稽な様子は面白おかしくもあったが、同時に治は苦いものを覚えていた。彼女は、自分と共にこの場にいるべきではないのだから。
「ほら、だから蒐集家になんてならない方が良かっただろう? そうやって逮捕に怯えることになるんだから」
 苫小牧の店でも、蒐集業界の恐ろしさは散々言い聞かせた。だから活動をやめてくれるかと思えばそれは叶わず、むしろ団体まで作り上げてしまった。止められなかった自分も悪い。そもそも、蒐集家のことを教えなければ良かった。その悔いは、しばらく考えていた椛の言葉でより強まる。
「ううん、あたしはこれからも蒐集家をやっていきたいよ。ほかにできることなんてないし」
 仕事は何をやっても駄目だった。母の店を再開したものの、全然客が来ない。蒐集家として動くのは生きがいだと彼女は笑う。それが治には、癪に触ってならなかった。
「良いかい、富岡さん。蒐集家は一つの職業でもなければ、英雄でもないんだ。憧れるなんて、あってはならない。君は間違いを犯しているよ」
 忠告として放った言葉も、向こうには届いていないのか。彼女は逆に、ぽかんとした面持ちで問うてきた。
「じゃあ治くんは、なんで蒐集家をやってるの? そんなにひどいこと言ってるのに」
 答えたくなかった。むしろ喉の塞がるような感覚が、自然と声を出すことを阻んでいた。じっと返事を待つこの女とは、治はもう十年も前に出会っている。
 あれは高校一年の時、二十代ほどの男が民家からものを盗んでいる様をたまたま学校帰りに見つけてしまった。後に平泉だと分かった男を追い、彼の持っていたナイフを奪った。それを取り返そうとする手から逃れようとしているうちに、刃先が彼の右目を傷付けていた。自らの動きはそれだけに留まらず、ついには刃が敵の胸を抉っていた。柔らかいような気味の悪い感触は、今でも覚えている。自分の行動に驚きながら、倒れる彼が落としたペンダントを拾って逃げた。
 しばらくあの辺りに行くことも躊躇っていたが、乱闘から数日後にようやく持ち主の家を訪れた。一階が雑貨屋になっており、住んでいる場所と思しき部屋は二階に存在していた。そこのベランダからこっそり忍び込もうとして、室内で泣いていた少女と視線が合ってしまった。即座に表情を明るくして窓を開ける彼女へ、なるべく顔を見せずにペンダントを渡す。
「あなたは誰? どこで見つけてくれたの?」
 恐らく中学生くらいだったのだろう。無邪気に笑い掛ける彼女に、自分は一言だけ答えた。
「ただの蒐集家だよ」
 ベランダから下りて家を遠ざかる間、少女の声がずっと耳に届いていた。
「ありがとう、優しい『天使』さん! あたし、モミジっていうの! 覚えといてね、あたしぜったい、あなたに恩返しするから!」
 今から見れば、あの善意が彼女を蒐集業界――己の欲が交錯する闇の世界へ落としてしまったのだ。一度活動をやめた治は、蒐集家となった女を止めるために戻ってきた。どうしても、やめさせなければならないと思った。そして少しの間話して説得させるだけだったはずが、長引いて団体に入るまでとなって現在に至る。本当はこの業界になど、二度と関わりたくなかったのに。
 正面の椛から目を背け、治は歩きだす。かねてより決めていたことをはっきりと告げて。
「俺はやりたいことをやったら、すぐに蒐集業界をやめるよ。早く終わると良いんだけど」
「ちょっと待ってよ! やめるって、『早二野』はどうするの!?」
 駆け寄ってくる後ろの足音よりも速く、治はその場を離れる。窓の外には変わらず、自分たちを狙っているだろう職員の姿がちらついていた。


 急に早歩きになった治は、一体どうしたのだろう。慌てて彼を追い、椛は「楽土蒐集会」を倒した後のことを考える。治が「早二野」をやめたらと思うと、当然寂しくなる。せっかく仲良くなれたのに、ここで別れたくない。
 遠く後方で戸の開く音がし、椛たちは振り返った。階段のそばに扉があり、そこから金色の影が入ってくる。治が椛の横を通り過ぎ、手にしていた刀を握り直した。
「平泉、前に会った時も俺を覚えていたのかい?」
「忘れるはずがないよ。でも、報復するつもりはない」
 こちらへ近付いてくる男は、迷いなく眼帯を外した。右目には傷と縫合の痕が痛々しく残っている。熊野の持つ力によって、平泉は一度だけの蘇生を許された。そして彼は、何も蒐集できず命さえ奪われたことを恥じた。最初に傷付けられた時点で、抵抗を諦めて撤退すれば良かった。己の愚かさを認め、右目を潰してけじめとした。そう明かした平泉は、視線を椛に向けてくる。
「『偽善家』、あんたは本当にぼくたちを――『楽土蒐集会』を壊す気?」
 即座に肯定すると、平泉は頼みがあると言って手を伸ばしてきた。協力を持ち掛けるつもりか、だがそうなるとどうすれば良いか困ってしまう。こちらが何もしないまま、向こうの手が首から下がるペンダントに近付いていた時、そう遠くない場所で銃声が聞こえた。異常事態を察し、椛は周りの者たちも無視して駆けだす。
 音のした方向を探って辿り着いた展示室そばには、一人の女が倒れていた。千早を身にまとい、流血して仰向けになっているのは、春日山だったか。既に息絶えていた彼女を白神と真木、脇腹を押さえて立つ熊野が囲んでいた。
 真木によると、春日山を殺害したのは白神らしい。その彼は表情を変えず、手負いらしい熊野を見つめていた。そしてジャケットの裏地に取り付けてある予備の弾丸を装填し、新たに現れた男の声に顔を上げた。
「待て、あんたも彼を恨んでいるのか?」
 椛の横に立つ平泉へ、白神は装填の手を止めぬまま答えた。会長のことは、あくまで「楽土蒐集会」壊滅のために狙っている。といっても不満な点はあった。家の誇りを奪おうとした団体の長であるだけでなく、そもそも一組織のリーダーとしてもそうだった。
「構成員の中では何度も会長から下ろせって意見が上がっていた。どうしようもないやつだな」
「奇遇だ。ぼくもそう思っていたんだ」
 会長の友だと聞いていた男の発言に、椛は耳を疑った。意見も言わず、ただ周りを受け入れていた熊野が馬鹿らしかった。昔から変わらないことに呆れを覚えた。本人が目の前にいるのに、平泉はひたすらに彼を悪く評している。対して言われている方の顔には、悲しい影が浮かんでいるように見えた。
「……仲間なのに、どうしてそんなにひどいこと言うの?」
 いつの間にか、椛は問いを口走っていた。今まで一緒に、同じ目標へ向かって頑張ってきただろうに、それを崩すのか。そこに新たな声が耳を打つ。
「別に構わなくて良いじゃないか、富岡さん。二人は君がずっと否定してきた悪い人たちだよ?」
 発砲音があってからついて来ていたのだろう治が、目元を緩ませている。自分が介入するのは、悪い人と思って敵視していた者を助けることになるのか。どう言い返せば良いか分からないでいると、複数の靴音が一気に迫ってきた。椛の振り返った先で、所沢が立ち尽くしている。
 しばらく空間を眺めていた刑事は、まず春日山にいったんしゃがんで手を合わせた。そして他の職員たちに遺体の回収を求め、「楽土蒐集会」の二人へ言い切る。
「敷地内に集められていた会員たちは、全て逮捕しました。もちろん、あなた方も見過ごしません」
 見当たらないと思っていた「楽土蒐集会」の者は、別の場所にいたのか。巻かれた包帯を気にする熊野も、椛と同じように戸惑いを顔に浮かべていた。一方の平泉は、何も驚いたように見えない。そして春日山は誰が手に掛けたのか所沢が尋ねた時、椛は背中から押されたた衝撃につんのめった。同時に首から紐の感覚が消える。すかさず体勢を起こし、平泉が奪ったペンダントを熊野に投げ渡して走っていくのを認めた。熊野も傷のあることを無視するように副会長へ続いていく。
 ここで置いていかれるわけにはいかない。椛はすかさず二人を追い、廊下を経て彼らの行く階段を上っていった。仲間たちがついて来る足音と、所沢が何か言う言葉も聞こえる。それに構わず、椛はただ先を行く者を意識していた。

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