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悪徳大臣だったけど生まれ変わったら農業でもやりたいです

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2021年8月の記事一覧

悪徳大臣(略)12

「えっと私、ここでお話し相手になるのでしょうか」

正妃の離宮に留まることになった私ジョセフィーヌ。

門の外待機の陛下と公爵は追い返され、公爵夫人と二人、豪華な客室に案内された。

それまでは人目があるから、と遠慮して話せなかったが、公爵夫人の真意を知りたくて質問した。

「ジョセフィーヌ。お話し相手は考えなくて良いのよ。しばらくこちらで静養なさい」

静養。

たしかにジョセフィーヌ嬢の身体は

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悪徳大臣(略)11

王宮につくのかと思えば、正妃のお住まいになる場所は山奥だった。

切り立った崖と渓谷に囲まれた、孤高の離宮。

「わたくしたちの養女ジョセフィーヌにございます。ミーナスタコラサッサ様」

別の馬車でついてきていたはずの、王と公爵は門から入れてもらえず、外で待機。

私と公爵夫人だけが中に入れてもらえたのは龍の血筋のせいらしかった。

「お久しゅう、おばさま」

豪華な椅子に腰掛けて扇子で顔を隠した

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悪徳大臣(略)10

ガタゴト、ガタゴト。

公爵家の馬車といえども、山道を行けば揺れる。

「ジョセフィーヌ、緊張しなくてもよろしくてよ」

隣に座る公爵夫人が私の手を握りしめた。

「大丈夫ですわ」

口元をハンカチで覆いながら、私は答えた。
ハンカチで隠してないと、怒りのあまり震えている唇が見えてしまうからだ。

一週間前、陛下が色々理由をつけて公爵家を訪ね、具合が悪いから失礼します、と体よく断ったのに、私との食

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悪徳大臣(略)9

王と正妃との仲違いは種族の違いというよりプライドとプライドのぶつかり合い。

最初の対面でのボタンの掛け違いだ。

龍族といっても正妃は人型。

龍化するのは一族の長のみなので、正妃の姿形は人間と変わらないのだが、王がそのことをからかったのだ。

『貴女にも尻尾はあるのかい?鱗の生えた尻尾が』

多分、まだ若かった王に照れがあったせいでの軽口だった、と思うのだが、同じく若かった正妃は激怒した。

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悪徳大臣(略)8

体調を崩している。

もう一度言おう。

“私”ジョセフィーヌは体調を崩している。

何故か?

王の側妃候補に名前が上げられていることを知り、悲観した娘がこの世から消えて無くなろうとしたけれど、一命をとりとめた。

身も心もボロボロなのに、養親の公爵夫妻に心配をかけた、と作り笑顔でどうにか暮らしているのだ。

なぜにジョセフィーヌ嬢は王の側妃候補になりたくなかったのか。

それは簡単だ。

王と

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悪徳大臣(略)7

元の“私”の記憶はいつか消えてしまう。

その可能性に思いついて、“私”は考えた。

悪徳大臣アーモンド公爵。

王宮の裏の裏の裏を知っている男。

それって、今後田舎に隠匿して穏やかに暮らすジョセフィーヌ嬢の人生に必要なものか?

否。

引退する公爵夫妻と静かに生活するには知らないでいいものだろう、と“私”は結論づけた。

“私”が身内に陥れられたのも政敵の弱みだけではなく、身内の彼らの不正も

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悪徳大臣(略)6

コール公爵夫人と優雅な朝食を終えてから、まだ本調子ではないだろうと私は部屋に戻された。

ジョセフィーヌ嬢の身体は疲れ切っている。
朝食の席で食べ物を口にしただけで疲労を感じた。
ずっと椅子に座っているのが辛かったのを隠していたが、公爵夫人に見抜かれていた。

とりあえず、私が今すべきことは体力を取り戻すこと。 

大人しくベッドに入り、天井を見つめていると、石牢に閉じ込められていたときのことを思

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悪徳大臣(略)5

「おはようございます」

健やかな朝だ。

牢屋みたいに陽がささないジットリ感はなく、ふかふかのベッドで目覚めた私は足取りも軽やかに屋敷の一階に降りていった。

「大丈夫なの?ジョセフィーヌ」

昨夜は突然失神してそのまま寝落ちしてしまったので、公爵夫人は大変心配そうにハンカチを握りしめていた。

「大丈夫です」

元気いっぱいに答えようとしたが、握りこぶしを口元に当てて私は震えてみせた。

睡眠

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悪役大臣(略)4

わけのわからない“それ”とにらみ合うこと、数分。

「しかたない」

向こうが折れてきた。

「あなたの祖母が我等の得になることをした。我等は恩を受けたら返さねばならぬ」

祖母というなら話は理解できた。

王家の血をひく我が祖母は聖女のごとき澄んだ心の持ち主だったそうだ。

人助けは数しれず。

あの金に細かい祖父が祖母に頼まれて財産を寄付していたのだ。

人だけではなく、捨て犬捨て猫も保護して

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悪徳大臣(略)3

ここで視界が白くなり、身体から力が抜けた。

「ジョセフィーヌ!」

公爵夫妻の叫び声が頭の中で反響したが、遠い世界のことのようで、あまり実感がない。

それはそうだろう。

ずっと悪徳大臣アーモンド公爵家当主として生きてきて、楽しみと言ったら屋敷の宝物庫で小銭を数えながら、ちびちび飲むワインぐらいだった。

それなりに私腹を肥やしてきた我が家だったが、祖父のところに王家の血を引く姫が輿入れした際

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悪徳大臣(略)2

目を覚まして、“私”は唐突に理解した。

「大丈夫かい?ジョセフィーヌ」

心配そうに“私”の顔を覗き込む二人。

白ひげで垂れ目のコール公爵。

そして、しわだらけだが柔和な表情の夫人。

コール公爵は私が失脚した後に大臣の後釜に座った男。

有能ではなく、したたかでもなく、我が公爵家とは違い、育ちの良さ故に野心もなく、血筋だけはピカイチという理由で選ばれた。

ジョセフィーヌ。

“私”の頭の

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悪徳大臣だったけど生まれ変わったら農業でもやりたいです。1

うららかな午後だった。

心情としてはそうなのだが、実際私を取り巻く環境はし烈だ。

病床で見上げて目に映るのは石の天井。

きこえるのはネズミの鳴き声。

先祖代々引き継いだ大臣の役を反逆罪で取り上げられ、牢屋に押し込められてからほぼ一年。

若く美しい妻は命乞いをして神殿長の愛人となり、親戚たちは神殿に逃げ込み、私とのつながりを断ち切った。

そもそも王暗殺を企てたのは妻と親戚たちだったのだ。

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