悪徳大臣(略)3
ここで視界が白くなり、身体から力が抜けた。
「ジョセフィーヌ!」
公爵夫妻の叫び声が頭の中で反響したが、遠い世界のことのようで、あまり実感がない。
それはそうだろう。
ずっと悪徳大臣アーモンド公爵家当主として生きてきて、楽しみと言ったら屋敷の宝物庫で小銭を数えながら、ちびちび飲むワインぐらいだった。
それなりに私腹を肥やしてきた我が家だったが、祖父のところに王家の血を引く姫が輿入れした際にありったけの財産を使ってしまった。我が家の家訓は“質素”だった。
しかし王家の血をひく姫にそれをさせるわけにはいかず、その際にほぼ全財産使い果たした。
祖母は私が幼いときに亡くなってしまったが、守銭奴で意地汚いと陰口を叩かれていた祖父と祖母は仲睦まじく、幸せそうに見えた。
しかし、おかげで貧乏になった我が家。
私が公爵家の跡継ぎだった時も袖の擦り切れた服を着せられ、冷え切って粗末な食事しかしていなかった。
父は見栄はりで使用人たちには手厚く、妻子には冷たかった。
伯爵家から嫁いだ母は早々に愛想を尽かし、家を出て、私を助けてくれたのは執事やメイドたちだった。
成長期なのに食事がメイドたちより少なくて、彼女たちがこっそりくれた差し入れで飢えをしのいでいたものだ。
私が父の跡を継ぎ、ほんの少し贅沢をするようになったのが、親戚たちは許せなかったようだ。
祖母が王家から嫁いだ時には祖父はありったけの財産を費やして、祖母に貢ぎまくった。
金に渋い我が家に嫁入りさせたい貴族たちはおらず、こちらも妻帯するのが面倒だったので、三十過ぎても独身でいた。
十歳も年下の妻は親戚たちから勧められて結婚したが、手を出す前に腹に子供がいるとわかり、その相手が神殿長だったので、金と引き換えに彼女は名義上私の妻を続けることとなったのだが。
「なんと不幸な男よ」
突然、真後ろから声がして振り向いた。
そこには背中に羽が生え、頭から角を伸ばした“それ”がいた。
公爵夫妻に見守られていたはずが、私は真っ白い世界に“それ”と二人だけでいた。
「そなたは何者だ?」
“それ”はうっすらと笑みを浮かべて、私の質問に答えることはなかった。