悪徳大臣(略)6
コール公爵夫人と優雅な朝食を終えてから、まだ本調子ではないだろうと私は部屋に戻された。
ジョセフィーヌ嬢の身体は疲れ切っている。
朝食の席で食べ物を口にしただけで疲労を感じた。
ずっと椅子に座っているのが辛かったのを隠していたが、公爵夫人に見抜かれていた。
とりあえず、私が今すべきことは体力を取り戻すこと。
大人しくベッドに入り、天井を見つめていると、石牢に閉じ込められていたときのことを思い出してしまう。
状況はベッドで寝ていて同じだが、目に映るものが違っていた。
私はこれからジョセフィーヌとして生きていく。
家族に先立たれた可愛そうな娘。
それを盾に王宮入りは断れるだろう。
一年経てば、公爵夫妻と田舎に隠居できて、王宮のいざこざからは離れられるはず。
そして、公爵家の別宅で静かに………はて、別宅とはどこだったろう。
思考を巡らせてる内に疑問が生じた。
アーモンド公爵当主として大臣だった私がコール公爵家の領地を把握していないわけはないのだ。
まして、コール公爵夫人の姉妹が風の塔の長だったり、隣国の王母であると言われるまで頭に浮かばない、なんてことはあり得ない。
知ってて当たり前の事実が誰かから言われるまでわからないってことある?
大臣として王宮で立ち回るには、当主として私を引き摺り落としたい親戚たちと戦うには、基本知識ともいうべき事柄。
それがそっくり抜け落ちている。
もともとのジョセフィーヌ嬢が知らないことは“私”も忘れてしまう。
そんなことってあるのか?
考えなきゃいけないことはたくさんあるのに、私のまぶたはもうとじてしまった。
眠い。
すごく眠い。
なんだか知らないけど眠い。
このまま永遠の眠りにつきそうなくらいに。
夢を見た。
『わたくしは過去に囚われていました』
長い髪をたなびかせる女性が“私”に語り掛けてくる。
『苦しみは忘却の彼方』
女性の背後は光満ちていて、眩しさに目を細めた。
『どうぞ、わたくしのことはお気になさらず。御心のままに』
あなたはジョセフィーヌ?
顔の見えない彼女は私の問いかけに微笑んだような気がした。