悪徳大臣(略)12
「えっと私、ここでお話し相手になるのでしょうか」
正妃の離宮に留まることになった私ジョセフィーヌ。
門の外待機の陛下と公爵は追い返され、公爵夫人と二人、豪華な客室に案内された。
それまでは人目があるから、と遠慮して話せなかったが、公爵夫人の真意を知りたくて質問した。
「ジョセフィーヌ。お話し相手は考えなくて良いのよ。しばらくこちらで静養なさい」
静養。
たしかにジョセフィーヌ嬢の身体は疲れ切っている。
食事をした後、急に眠くなってしまい、倒れたりしているし。
若い娘に、見知らぬおっさんの魂が入り込んで身体に負担がかかっているのかもしれぬ。
ここへ来るのに持ってきた旅支度が多かった。
若い女性の準備がわからなかったが、部屋中に置かれた荷物は滞在が長くなりそうだとは悟った。
ジョセフィーヌ嬢の趣味だったと思われる刺繍セットと途中まで仕上げた布まであったからだ。
私は細かい手仕事などできないので、刺繍など暇つぶしにもやらないのだけれど、公爵夫人はここに私を長く逗留させるつもりで持ってきたらしい。
「ジョセフィーヌ、正妃様にはあなたの身の上はお伝えしてあります。正妃様もあなたには同情しています。ここで身体を休めながら、ユリウスのことは忘れなさい」
公爵夫人は噛んで含めるような口調。
同情?
ユリウス……?
だれだ、それ?
私の頭の中はその名前を駆け巡ったが、全然覚えがない。
「ジョセフィーヌ」
呆然としているのを、公爵夫人は否定と受け取ったようだ。
椅子の背にかけられた半分刺繍がされた白い布に手を伸ばした。
「あなたがまだこれに刺繍を続けているのは知っています。ですが、どれだけ待とうとユリウスは帰ってこないのです」
自分の意志とは別に、私の目から涙が溢れ出した。
胸が、唇が、どうしようもないくらいに震えた。
ユリウス。
その名前を思うだけで、悲しみが打ち寄せた。
えっと、ユリウスって誰?
だれなんだよーーー!
ジョセフィーヌ嬢の中にいる私は、疑問だらけで流れ出る涙の量にドン引きだった。