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書籍レビュー『砂の果実 80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々』売野雅勇(2016)記憶に深く刻まれるワード

コピーライターから作詞家へ

高校時代にラッツ&スター、
中谷美紀の楽曲を聴いていた
私にとっては、
非常に興味深い本でした。

私がこの組み合わせで
音楽を聴いていたのは、
高校1年生の頃です。

時は‘90年代の終わり、

巷では GRAY だ、浜崎あゆみだ、
と騒いでいる頃の話で、

そんな組み合わせで音楽を
聴いている人は皆無でしたね(^^;

この両方のアーティストに、
歌詞を提供していたのが、
本書の著者、売野雅勇氏です。

私の聴いていた楽曲の
作詞家が同じだったのは、
たまたまで、

当時の私は、
この名前を見て、
「いろんな人に歌詞を
 書いている人なんだなぁ」
と思った程度でした。

しかし、この認識は、
ちょっと間違っています。

たしかに、売野氏は、
たくさんのアーティストの作詞を
手掛けましたが、
誰にでもというわけではありません。

たまたま、私が聴いていた
楽曲の中に売野氏が作詞を
手掛けたものが
多かっただけなんです。

著者は’70年代から、
広告代理店に勤め、
コピーライターとして
活動していました。

かつては完全なる裏方稼業だった
コピーライターですが、

’80年代に入ってからは、
時代の最先端を
象徴するような職業に
生まれ変わりました。

その代表的なクリエイターの一人が、
現在は『ほぼ日』などでも
活躍されている糸井重里氏です。

糸井氏が沢田研二の
『TOKIO』(’79)の歌詞を
手掛けたことで、

コピーライターが歌詞を手掛ける
という新たな道が生まれました。

そんな中で、その流れで、
著者にも作詞の仕事が
舞い込んできたのですね。

’80年代にラッツ&スター、
中森明菜、チェッカーズに
歌詞を提供

本書では、著者の
作詞家としての歩みが
綴られています。

著者の作詞家デビューは、
シャネルズ(のちのラッツ&スター)
『星くずのダンス・ホール』(’81)
でした。

それまでの歌謡曲にはなかった、
独特なセンスで綴られる歌詞が
若い層を中心に支持を集めたのです。

その後にデビューする
中森明菜、チェッカーズにも
多くの歌詞を提供し、

’80年代を象徴する作詞家の
一人になっていきます。

そして、著者がもっとも
自分の作家性が出た作品
というのが、

本書のタイトルにもなっている
『砂の果実』をはじめとする

’90年代に発表された
女優・中谷美紀の楽曲群です。

当時の中谷美紀の音楽活動は、
音楽家・坂本龍一が
プロデュースしていました。

著者が中谷美紀の
楽曲制作に起用されるのは、

坂本龍一プロデュースの
ダウンタウンによるユニット
「ゲイシャガールズ」の
『少年』(’95)

坂本龍一のソロ楽曲
『美貌の青空』(’95)

といった楽曲への
歌詞提供を経てのことでした。

つまり、世界の坂本も
著者の歌詞を
気に入っていたんですね。

記憶に深く刻まれるワード

本書を読んだ
他の読者の感想を見ると、
この本の読みやすさについて
述べている方が多い印象です。

長年、言葉を主体に
仕事をされてきた方とあって、
たしかに読みやすい文体ですね。

個人的に感じたのは、
この本には国内の景気が良かった
’80~’90年代の
日本の産業の香りが濃厚に
詰まっているということです。

とりわけ、著者の記憶力の
高さには舌を巻いてしまいます。

この方自身が
オシャレな方なのでしょうけど、

何十年も前に会った人の印象、
特に、服装やお部屋の
インテリアについて、

詳細に覚えており、
事細かに綴られています。

私も割と古いことを
覚えている方ですが、
ファッションやインテリアには
うといもので、

そういう記憶は
ほとんどありません。

やはり、オシャレな方は、
日頃の観察力と記憶力も
尋常じゃないのだなぁ
と思った次第です。

特定の楽曲の歌詞についても、
どのような着想があって
書かれていたという話もあって、

非常に興味深く
読ませてもらいました。

高校生の頃に聴いていた
中谷美紀の楽曲の歌詞に

「ゴダールのマリアを
 レイトショーで観てた」
(『STRANGE PARADISE』)

というのがあって、
強烈に記憶に残っていたのですが、

当然、当時の私は、
ジャン=リュック・ゴダール監督を
知りません。

しかし、そういう未知のワードを
焼き付けてくれた一つが、
著者の手掛けた歌詞だったのだなぁ
と改めて思い出しました。

他の楽曲の歌詞でも、
映画や美術から
着想を得た歌詞が多いのも
著者の歌詞の特徴の一つです。

そして、先ほど挙げた
「ゴダールのマリア」
のようなオシャレな固有名詞を
絡めるのも売野作品の個性でしょう。

『め組の人』の
「めッ!」とか、

『涙のリクエスト』の
「銀のロケット」とか、

ちょっと聴いただけでも
記憶に刻まれる
フックのあるワードも
忘れられませんね。


【作品情報】
発行年:2016年
著者:売野雅勇
出版社:朝日新聞出版

【著者について】
’51年、栃木県生まれ。
作詞家。
コピーライターを経て、
’81年、ラッツ&スター
『星くずのダンス・ホール』で
作詞家デビュー。
’82年、作詞を手掛けた
中森明菜『少女A』が大ヒット。
以降、多数のヒット曲の
作詞を手掛ける。

【著者が作詞を手掛けた楽曲】

【80年代邦楽を扱った本】


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