紙村えい

400字小説などの短編小説に挑戦しています。「少し不思議」を文章にしたい……。 Twi…

紙村えい

400字小説などの短編小説に挑戦しています。「少し不思議」を文章にしたい……。 Twitter:https://twitter.com/Kamimura_Ei

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    上村えいの400字小説 一覧です。

  • -- 400字連載小説 -- トマ人の海

    各回400字の連載小説「トマ人の海」をまとめています。

最近の記事

箱テレワーク男の冒険(1):俺は「箱テレワーク男」だ

テレワークを始めるようになってから風を感じることがなくなった。通勤がなくなり、自由になる時間は増えた。しかし家での仕事で同僚との会話がなくなった。ムカつくことも多かった同僚だけど、あれはあれで気分を晴らすのに役立っていたんだな。ススムはiPadの画面を見つめながら思った。 時間は増えたが自分の時間はなくなった。ずっと仕事をしている。24時間チャットで連絡が来る。24時間働けますか、なんて前世紀は言ったらしいけど、いまは24時間働くことがツールによってできてしまう。ススムは2

    • 前世がルンバだったと言われたわたし

      「今日、入社の石原さん? システム部の谷中です。これ、石原さんのパソコンね。必要な設定はしてあるから、分からないことがあれば聞きに来て」 転職して新しい会社に入社した初日、システム部の方からパソコンを渡されました。前の会社では共有のパソコンしかなかったので、とても嬉しかったです。IT企業に転職したという気分が高まりました。これからは「インストール」とかそれっぽい英語を使っちゃうぞ! 初日はパソコンのセッティングとチームの皆さんとの顔合わせと聞いていました。といってもパソコ

      • Web会議の開始42秒前にログインすると

        アキラの会社でリモートワークが始まって半年が過ぎた。 これまで会議室にみんなで集まってやっていた会議は、Web会議のソフトを使ってやるようになった。 最初はうまくつながらなかったり、音がハウリングしたり、映ってはいけないものが映ったりしたWeb会議も、さすがに半年も経つと慣れた。 むしろ会議室を移動することがなくなったり、議題と関係のない無駄な話がなくなったりして、アキラは時間を有効活用できるようになったと感じていた。Web会議を気に入っていた。 ◇ 会議開始の何分

        • ぬか床は激怒した

          アキラの家には怒らせてはいけないものが2つある。1つはぬか床だ。 きゅうり、なす、チーズ。ぬか漬けはおいしい。塩をまぶしてぬか床に入れておくだけでこんなおいしい漬物ができるなんて魔法のようだ。ぬか床は魔法の箱だ。 しかし、あえて言おう。ぬか床様の機嫌を保つのは簡単ではない。定期的にかき混ぜて空気を入れてやり、気温や湿度を見ながら水を抜いたり、塩を入れたり、お世話が欠かせない。 アキラは2週間、ぬか床を放置してしまったことがあった。ぬか床は激怒した。ねっとりと野菜を包み込

        箱テレワーク男の冒険(1):俺は「箱テレワーク男」だ

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          キミヒコ。これも愛だ、愛

          はい、授業を始めます。なんだ、今日はキミヒコひとりか。他のみんなは?  30人はいただろう? ん、風邪で欠席か。軟弱だな。今はこんなことも言えないが、オレのときは風邪ぐらいでは誰も休まなかったぞ。キミヒコは偉いな。小学生の鏡だ。 キミヒコ、健康なのはいいが、教室では兜を脱ぎなさい。子供の日にもらったのか? おじいさんに? それはまあいいが取りなさい。ここは教室だ。これから授業をするのに兜をかぶっている生徒がいたらおかしいだろう。ほら、早く取らないか。……取れと言っているだろ

          キミヒコ。これも愛だ、愛

          ごめんね、世界

          ごめんね、世界。今日で世界は終わるんだよ。わたしの責任だね。悪いと思うけど、許してほしい思いもあるんだよ。 世界もこれまで頑張ってきたと思うんだけど、わたしも一生懸命だったんだ。 おばあちゃんがわたしに話してくれたのは5歳の頃だった。 「うなこ、トイレではトイレットペーパーで折り鶴を折るんだよ。決して忘れてはいけないよ。忘れてトイレを出てしまうと世界が終わるよ。お前のせいで世界が終わるんだよ」 え、世界が終わるの? 5歳だったけど、突拍子もないことだとたまげたよ。でも

          ごめんね、世界

          おにぎり/八宝菜/餃子

          「ゆうじくん、昨日の夕飯は何だったの?」 会社の先輩、たかしさんは顔を合わせると必ず、前日の夕飯メニューを聞いてくる。 「昨日は遅くなっちゃって、おにぎりしか食べませんでした」 「そうなんだ。最近忙しそうだもんね」 メニューに対する意見や返答はない。明るい声で「そうなんだ」が定番。 翌日も同じだった。 「ゆうじくん、ところで昨日の夕飯は? ひとりで食べたの?」 「またですか。昨日は家族と食べましたよ。八宝菜でした」 「そうなんだ。お母さんの手作り、いいねー」 「たか

          おにぎり/八宝菜/餃子

          世の中の仕組みはすべてわかっているんだ

          -- ショートストーリー-- 中学生の時、世の中の仕組みをすべて知りたいと思っていた。社会で起きていることにはあまねく因果関係があると中二の頭で考えていたのだ。 例えば僕がこの前の数学の小テストができなかったのは、両親が喧嘩をして落ち着いて勉強できなかったからだし、両親が喧嘩をしたのは父の会社のボーナスが出なかったからだ。ボーナスが出なかったのは会社の業績が不調(このあたりから怪しくなる)で、それは円高? というのが関係しているらしい。なぜ、円高かというと……試験前日、そ

          世の中の仕組みはすべてわかっているんだ

          浮いていますが何か?

          -- 400字小説 -- 「よわよわカメラウーマン」(林ナツミ)さんの写真を見た時、あ、これ私って思った。日常の中でふわっと女性が浮いている。何かが起きそう。18年前に生まれてから私には大きなことは起きていないけど、浮遊しているのは同じ。私、浮いているの。 変なことを言ったりして周りから浮いているんじゃなくて、地に足がついていないの。小さなころから足の裏が汚れることがなかった。靴のソールが磨り減るって意味が分からなかった。 みんなも同じだと思っていたんだけど、中学2年の

          浮いていますが何か?

          n叉路で会いましょう

          -- 400字小説 -- 「駅の北口を左に進むと交差点があります。そこを右折すると坂になっています。その先のn叉路まで来てください」 初めのお稽古の日、先生に教室までの道筋を教えていただきました。n叉路とは何でしょうか。先生は「来れば分かります」しか言ってくれません。 交差点を曲がると坂になっています。その先がn叉路。道が6つに分かれています。六叉路のようです。先生からの指示は「北向きの道から数えて右に3つ目を進んでください」です。 ちょうど正午です。人気はありません

          n叉路で会いましょう

          フォークさんの夢想

          -- 400字小説 -- 食洗機の中で話しました。「ナイフさん、今日はありがとう。私、曲げられるところでした」「フォークさん、当然のことをしたまでだよ」 夕飯の時、ナイフさんと私(フォーク)は、坊やに使ってもらっていました。坊やは癇癪を起こすことがあり、今日もそうでした。「食べない!」。私をテーブルに打ち付けだしたのです。1回、2回。気を失いそうでした。 その時ナイフさんがテーブルの下に自ら落ちました。その音で坊やの様子に気づいたママが「お腹いっぱいなの?」と抱き寄せま

          フォークさんの夢想

          突っ張り棚のテンションで

          -- 400字小説 -- 「釘が打てなくて、ごめんなさいね。これ使う?」。アツシに突っ張り棚を渡した。久しぶりで口調が分からない。 「いいんすよ、安く借りてるんだし、贅沢は言えないっす」。タメ口。 西日に照らされながらアツシは壁をさすって調べている。すらっとした指。「大家さんには従いますよ」 「大家さんってやめてくれる? おばあちゃんが部屋を貸しただけで、わたしとアツシは単なる幼馴染でしょ」。大学でアツシは上京。わたしは東京で働いている。 「ま、それはいいとして」。

          突っ張り棚のテンションで

          トマ人の海(4):ヤチヨの手紙

          -- 400字連載小説 -- 前回:「白い旗」はこちら 連載一覧はこちらをご覧ください 手紙だった。 「町で疫病が発生した。じいさん、ばあさんが肺を患って死んでいき、40代、50代のおやじたちも倒れた。いまは若い衆しか動けない」 オキと変わらない若い女がやってきた理由が分かった。手紙には「ヤチヨ」と名前が書いてあり、「若い衆も疫病の菌を持っている。近づけない」とも記されていた。末尾には「あと少しで全員、お陀仏だ。助けてくれ」とあった。ヤチヨは手紙が届いたことを見届けると

          トマ人の海(4):ヤチヨの手紙

          顔文字を使う最後の人

          -- 400字小説 --  「昭和の表現」「白黒」。オレはSNSにあふれる顔文字への批判を眺めながら「絶対に顔文字をやめないぞ\(^o^)/」と投稿した。それに対して、また、絵文字信者から「場所取りすぎ、ギガの無駄」と心無いレスがあった。  顔文字が廃れるとは思わなかった。オレがSNSを始めた数十年前、ネットのやりとりといえば顔文字だった。しかし、カラフルで表現できるものの多い絵文字が次第に主流になり、顔文字は旧時代の遺物に成り下がった。  決定的だったのは標準化の名の

          顔文字を使う最後の人

          眠れない話ではなく、どちらかというとすぐに寝てしまう話

          -- 400字小説 -- 寝ている自分を客観的に見つめるのは難しい。怒っている時、泣いている時、どれだけ感情的になっていても、ふと我に返ることがある。しかし、睡眠は別だ。今日も何も考えずに寝てしまうだろう。オレはベッドに入った。 大の字を少し控えめにした情けない大の字程度に手足を広げる。薄手のタオルケット1枚。ゆっくりと目を閉じる。まだ、顔に力が入っている。ふにゃと擬音を頭の中で発して脱力をする。 手足もまだ硬さが残っている。マットレスに一体化していない。足の先から意識

          眠れない話ではなく、どちらかというとすぐに寝てしまう話

          トマ人の海(3):白い旗

          -- 400字連載小説 -- 前回:「石炭」はこちら 連載一覧はこちらをご覧ください オキが川に浮かぶ小さな舟を見たのは1週間後の夕方だった。こんな時間なので漁ではない。舟の上では人が白い旗を懸命に振っている。向こう側の人だろうか。オキは心がざわついた。向こうで何かが起きたのかもしれない。オキはこのあとに起きることを予感し、どうすればいいのか分からなくなっていた。 オキは川辺まで走っていった。大人たちが集まっていた。小さな舟にはオキと同じくらいの年格好の女が乗っていた。旗

          トマ人の海(3):白い旗