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前世がルンバだったと言われたわたし

「今日、入社の石原さん? システム部の谷中です。これ、石原さんのパソコンね。必要な設定はしてあるから、分からないことがあれば聞きに来て」

転職して新しい会社に入社した初日、システム部の方からパソコンを渡されました。前の会社では共有のパソコンしかなかったので、とても嬉しかったです。IT企業に転職したという気分が高まりました。これからは「インストール」とかそれっぽい英語を使っちゃうぞ!

初日はパソコンのセッティングとチームの皆さんとの顔合わせと聞いていました。といってもパソコンの用意はシステム部の谷中さんがすでにやってくれてあるので、特にやることはありません。必要なソフトが動くことを確認しました。それよりも渡されたノートパソコンの処理が速くて、画面もきれいで驚きました。谷中さんが「多分チームの中でも最新のモデルだよ。いっぱい働いてね」と言っていたことを思い出しました。

パソコン自体は自宅でも使っていたので特に操作に迷うことはありませんでしたが、キーボードに見慣れないキーがありました。カーソルキーのすぐ横に「\ /」というキーがあるのです。こんなキーあったっけな? と思いましたが、パソコンは日進月歩で進化をしているといいます。キーボードも変わるのでしょう。

お昼にはチームの皆さんにランチに誘ってもらい、イタリアンのお店でパスタを食べました。みんな穏やかな方ばかりでこの先、働くのが楽しみになりました。午後には関係部署に入社挨拶のメールを送りました。大きな会社なので直接挨拶をするのではなく、メールの方がいいとアドバイスを受けたからです。

「本日入社しました石原です。企画チームで販促などを担当します。もともとこの会社の製品が好きで、ここで働くのが夢でした。どうぞよろしくお願いします。」

どこにも波風を立てないように気を使い、普通のメールを書きました。それなりの長さになったのでカーソルキーで上に戻って読み直します。入社は最初の印象が大切。誤字はないようにしたいと思いました。

「もともとこの会社の製品が好きで(なんちゃって)、ここで働くのが夢でした(いやまじで)。」

ゾーッと背筋に冷たいものが走りました。わたし、こんなこと書いていない! 未送信なことを確認して読み直します。しかし、確かに「なんちゃって」「いやまじで」と記述されています。どうして……。こんなメールがチームや関係部署の皆さんに送られたら、入社初日からわたしのイメージは台無しです。「会社を馬鹿にしているのか!」と温厚な皆さんに怒鳴られる自分の姿が浮かびました。

どうしてこんな言葉が入ったのかはさておき、メールを急いで修正します。先ほどと同じようにスクロールキーで戻って読み直します。今度は大丈夫。と思ったのですが、さらにスクロールキーを触っているとまた目に入りました。

「社会人3年目でまだまだ未熟者です(もちろん謙遜)。どうかご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします(わたしもムチをふるっちゃおかな)。」

わたしのイメージ激落ちくん!  大変です。こんなメールが送られたら、大変です。誰ですか? 憧れの会社に入社したわたしを陥れようとしているのは。キーボードを叩く指が震えてきました。冷や汗をかいているわたしを隣のチームメンバーが不思議そうに見つめています。ごめんなさい、ムチはふるいません!

メールを修正していて気づきました。スクロールキーの横にある「\ /」キー。このキーに触れてしまうことがあり、そうするとあの忌まわしい言葉がメールに挿入されてしまうようなのです。こわごわと「「\ /」を押してみました。

「どうぞよろしくお願いします(わたしのことは、石原裕次郎記念館と呼ぶように)。」

なんて悪意のある技術! しかし、技術関係のニュースはチェックしていますがそんな技術が発明されたなんて聞いたことがありません。まさか、システム部の谷中さんが? しかし、彼はわたしを笑いものにしてもメリットはありません。前世からの復讐? とか思いましたが、先日の占いではわたしの前世はルンバだったそうで(それはそれでどうかと思いますが)、人の悪意を買うとは思えません。ルンバと鳩は平和の象徴です。

怖くてキーボードが打てなくなりました。しかし、挨拶のメールは送る必要があります。挨拶をしないなんてそれこそ非常識です。そうだ、音声認識がある。わたしはパソコンに向かって話し始めました。

「本日、入社の石原です。憧れの御社に、いや違った、会社に入社できて、とても、じゃなくて大変嬉しいです。まだまだ、もずく、いや未熟なわたしですが、どうぞよろしくです。ペコリ」

チームメンバーがさらに不思議そうな顔でこちらを見ています。

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