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箱テレワーク男の冒険(1):俺は「箱テレワーク男」だ

テレワークを始めるようになってから風を感じることがなくなった。通勤がなくなり、自由になる時間は増えた。しかし家での仕事で同僚との会話がなくなった。ムカつくことも多かった同僚だけど、あれはあれで気分を晴らすのに役立っていたんだな。ススムはiPadの画面を見つめながら思った。

時間は増えたが自分の時間はなくなった。ずっと仕事をしている。24時間チャットで連絡が来る。24時間働けますか、なんて前世紀は言ったらしいけど、いまは24時間働くことがツールによってできてしまう。ススムは24時間働くのは全然、苦じゃなかった。これまでも残業時間は部署トップで、しばしば会社から注意をされていた。メールが届けは5分以内に確認し、15分以内に返したい男だった。チャットなら秒で返答する。仕事をするしかないじゃないか。俺から仕事をとったら何も残らない。

いつでもどこでも仕事をしたいススムは自宅に転がっていたAmazonのダンボールを見ていた。これの内側にiPadを貼り付けて、かぶれば、自宅で寝ているときはもちろん、外でも仕事ができるんじゃないか。歩きながらでも。究極のウェアラブルPC(古い)じゃないか。

iPadをダンボールの内側に貼り付けて静かに頭からかぶってみた。暗闇の中でチャットの通知アイコンが光る。外からの音が遮断されて、自分が自分と向き合っている気がした。すごい没入感だ。この世界には俺と俺と仕事しかない。ワイヤレスキーボードを持てばメールも打つことができる。ダンボールにスリットの切り込みを入れた。外も見える。

初めてダンボールをかぶったままで定食屋に行ったときはおかみさんにぎょっとされた。顔は見えなくても、声と服装でススムと分かってくれたようだが、「どうしたの! 頭を怪我でもしたの?」と心配された。ススムは「いつでも仕事をしたいなと思って。便利なんですよ」と理由とも言えないようなことをモゴモゴ言った。ミックスフライ定食のエビフライが1個から2個に増えていた。ダンボールをかぶったまま食べた。

俺は「箱テレワーク男」だ。街でそう噂されているようだが気にしなかった。警察には何度も職務質問されたが、仕事であること、これが最高に効率的であることを説明し、理解を得た(とススムは思った)。「おまわりさんだって、仕事のために制服を着ているじゃないですか。俺にとってはこれが制服なんですよ」。俺は箱テレワーク男だ。いい仕事をしたいんだ。

そんなススムにトラブルが襲いかかった。

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