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通りゃんせ

気温の低い一日だった。朝から風が強く、コートを着て家を出るべきだったと後悔しながら道を行く。

親友の結婚式に参列するため、電車に乗り新宿を目指す。

実は春に引っ越しをした。新宿から二駅のところに住んでいる。

ものの10分で新宿に着く。

電車を降り、ホームから改札までの階段を登りながら、はたと思った。これって過去の自分からすれば、かなり凄いことなんじゃなかろうか。

東京の端っこで生まれ育った僕にとって、新宿やら渋谷といった所謂”都心”は縁のない土地だった。

もちろん行ったことはあった。電車で30分以上かけて。何度も乗り継いで。

ただ、行く度に胸が苦しくなるのだ。

人との距離が近い。車はビュンビュン走っている。至る所から音がする。

「あー。僕の居場所はここにはないな」

そんなことを考えながら街を歩き、溜息を吐くのが常。

だから行く前から入念に下調べをして、目的地までの最短ルートを調べ上げて、着いたらさっさと用事を済ませて家に帰っていた。

都心から離れれば離れるほど心は落ち着いたし、胸の苦しみは消えた。

大人になって、実家から独り立ちして、目的もなく街に繰り出した。

気付けば新宿も渋谷も、高円寺も下北沢も、表参道だって、以前ほど僕を拒まなくなっていた。

友達と合流し、タクシーに乗る。式場へ向かって走り出す。

「新宿まで10分で来れるってさ」

「うん」

「凄くね?」

「凄い」

「な」

「大人って感じ」

「だろ」

「うん」

「タクシーってさ」

「うん」

「いいよね」

「分かる。いいよねタクシー」

「まずタクシーに乗るって選択肢が頭にある時点でさ」

「うん」

「大人になったよね」

「分かる。大人になったよね」

「俺昨日不動産のサイトでマンション見てたもん」

「分かる。最近マンションとか見る」

「買っちゃう? マンション」

「いや、マジで現実的な問題になってきたよ。マンション購入」

寒いからタクシーに乗ったり、マンションの話をしたり、結婚式に呼ばれたり。

都心に相応しい言動ができている。だからきっと都心側も僕らを拒まない。

いや、元々拒まれていたわけではないのだと思う。

郊外の呪いだった。いや、”呪縛”だ。

「お前田舎もんのくせに都心で遊んでんなよ」

「さっさと用事済ませて帰ってこい」

「芋くさいお前が行っていい街じゃない」

そんなようなことを、地元から言われている気がしたのだ。

一歩外に出て都心に近付いてみたら、当然のことながら場所や物に溢れていて、郊外より断然生活しやすかった。

結果都心からの拒絶感も郊外の呪縛も、全部僕の頭で作り上げた幻想でしかなかったのだ。

挙式から披露宴、二次会と楽しい時間を過ごし、お開きとなった。

帰り道、同級生の女の子と歩いていた。

「そういえばさ、私来週A子の結婚式行くよ」

「そうなんだ。話すチャンスあったらおめでとうって伝えといて」

「伝えとく伝えとく」

A子とは、僕が人生で最も引きずった元彼女のことである。

最近結婚したとの報告を友人から聞かされ、ひどく動揺したものの、何か大きな区切りをつけられた気もしてスッキリしていた。

「何かさ、私この前A子と話してて面白いことがあってさ」

「うん」

「A子、家にあんたの名前のぬいぐるみ置いてるらしくて、姪っ子がそれで遊ぶんだって」

「ちょっと待って。そのぬいぐるみって、犬のやつ?」

「えー、分かんないけど多分それ」

「まだ持ってたんだ」

交際当初、彼女に犬のぬいぐるみをプレゼントした。彼女は喜び、そのぬいぐるみに僕の名前をつけた。

「姪っ子があんたの名前連呼するんだってさ。その時だけ旦那と気まずいらしいよ。本当面白いよね」

「捨てるか、もしくは改名してくれって伝えといて」

早朝あれだけ吹いていた風は落ち着きを取り戻し、秋らしく心地の良い気温が夜の街を包み込んでいた。

疲労と強烈な眠気に襲われた僕は電車で帰ることを断念し、タクシーを拾った。

みんな、着実に階段を登っている。逃げ出したくなるような、しち面倒臭いあれこれに折り合いをつけながら。

ふかふかの後部座席に体を預け、視線を外界へと移す。

21時の車窓から見える東京の夜景は、深酒に耽った27歳の目には些か眩しすぎた。

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