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ideaboard® 開発ストーリー連載 #4_知的財産戦略編 |デザイナーの新たな収益モデルを考える

この連載では、中西金属工業株式会社(以下、NKC)が、2019年に発売した新しいホワイトボード『ideaboard®(アイデアボード®)』の開発に関わったプロジェクトメンバーから広く話を聞き、ideaboardが世に生み出されるまでのストーリーを記録します。
〈過去の記事〉
ideaboard® 開発ストーリー連載 #1_発想編 | アイデアの種を育て続ける 
ideaboard® 開発ストーリー連載 #2_デザイン開発編 | プロトタイピングと仮説の更新
ideaboard® 開発ストーリー連載 #3_デザイン開発編 | デザイン事務所 f/p design との協業

第4回目となる今回は、引き続き、NKC 社長付 戦略デザイン事業開発室 KAIMEN 室長の長﨑 陸さんに、プロダクト開発の序盤から取り組んだ知的財産に関する戦略についてお聞きします。

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長﨑 陸 / Riku Nagasaki
中西金属工業株式会社 社長付 戦略デザイン事業開発室 KAIMEN
NKC BUSINESS DESIGN CENTER

1.デザイナーが生み出す”知的財産”の可能性

ーideaboardでは、早い段階から商標や意匠権の取得について検討をすすめていたそうですね。そこにはどのような背景がありますか?

今のデザイン業界の料金体系は建築業界の単価設定をベースにしていた経緯があるので、基本的には時間単価、時間の切り売りでしかないんですよね。デザイナーの経験やグレードによってその単価は変わってくるんですけど。

一方でお客様からすると、デザイナーって、建築士や弁護士みたいな士業ではない。だから提示されるデザイン費用ややアウトプットの質に対してそもそもの不信感がある。図画工作の延長のように捉えていたり、ポスターなら自分でも作れるように思ったり。

結果としてデザイナーは、お客様が感じるその不信感を払拭し、デザイン費用も納得させるために、頑張りや姿勢で見せるしかないような不幸なケースに出会うことがある。”やった感” みたいなことですね。この状況は、時間の切り売り以外で収益を得るビジネスモデルをデザイナーが持っていないから仕方ないんです。

だから僕は、他のデザイナーも含めて、デザイナーという人種が時間の切り売り以外で収益を得られる何かを発明したい。そんな話を、弁理士の友人によくしていました。デザイナーを、意匠や構造などの知的財産を生み出すスペシャリストとして捉えるとどうなるのか、という思考実験です。

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ー具体的にはどのようなビジネスモデルを?

ideaboardに関しては、デザイナーが自分たちで考えて、発見して、発明した商品なので、ある意味ほとんどの工程をデザイナー主導で進めている。それならそこで生まれた活動や、アウトプット自体をしっかりと知財化していくことが、新たな収益モデルを考える上での第一歩になるのではないかと思いました。

新商品って、一定期間その商品をすごく愛してあげて、そこにのめり込まないと生まれないし、たとえ生まれても長く愛し続けないと広がっていかない。でもその後60年、70年ずっと愛して面倒を見続けるのかっていうと、実際にはそれは現実的ではないじゃないですか。
そう考えると、将来的にはある段階で、成長した商品や事業自体を他所に譲渡しないといけない時があるかもしれない。そのときに、デザイナーが商品に関して何らかの知財を保有していれば、その知財に対して相手と契約を交わすことができる。知財をベースに、事業を渡しやすくなる。

これまでの多くのデザイナーは、ただ形をつくって、その先に続く将来のビジネスのことはあまり考えて来なかった。次世代のデザイナーは、収益を得る新しい方法として、事業売却なども見据えた知的財産権を持っておくことが重要だと考えたんです。

2.意匠権を取れるかどうかでデザインも変える

ーideaboardで知財関連について動き始めたのはどのようなタイミングでしたか?

知財や権利に関する検討って、モノが出来上がってから、弁理士の協力を仰ぐケースが多いんですよ。それはどんな業界でも一緒。ユーザービリティや見た目、美しさに変わりがなくても、「この形がもう少し出っ張っていたら…。逆にもう少しへっこんでいたら、意匠権が取れたのに。」ということはよくある話なんです。

だからideaboardでは、形を考えている段階から、友人が所属するレクシア特許法律事務所に入ってもらって、知財、特に意匠権に関わる部分を一緒に固めながら進めていきました。ideaboardの開発プロセスは、デザイナーと弁理士が開発のごく序盤から手を結んで作り上げていく、という意味でもおもしろいプロジェクトだったと思います。

ーレクシア特許法律事務所の弁理士さんたちに入ってもらって、実際の商品開発で変わっていったところはありますか?

例えばideaboardは、周囲の断面を見たとき、白いボード部分と周囲の黒いウレタンとの間に段差がないんです。一般的なオフィス家具、例えばオフィステーブルとかも、人が当たったときに痛くないように周囲にカバーがついていたり、大体少し盛り上がっいたりするじゃないですか。ideaboardは、もちろん若干の誤差はあるんですけど、設計図上は面一なんですよね。

ideaboardの意匠権として守っているのは、このボードとウレタンの断面が面一であることと、あとは角だけを切り取ったときに丸みがあること。この2つが守られていると、ideaboardは正方形でも、丸でもいいんですよ。

Ideaboard商品

意匠権は複雑な形にすればするほど取得しやすく、その分権利としては守りにくい。逆になるべくシンプルで普遍的な形を守って作れるならば、それは非常に強く守りやすいんです。

他に侵害される可能性を全部網羅して何から何まで取っておくこともできますが、申請には一件数十万円かかるので現実的ではない。なるべく最小の費用で、最高の防御力を保つためにどんな形にすればよいかを考えていきました。

3.人の気持ちに近く、生活に溶け込んでいく商品名を

ーideaboardという名前に込められた想いを聞かせてください。

結構すぐに出てきた言葉です。思い返しても、ネーミングについて考え込んだような記憶はない。最初から、”アイディアのまな板” のように捉えていたので、じゃあそのままideaboardでいこうと。字面もきれいですし。

僕の性分なんですけど、”デファクトスタンダード”が好きなんですよ。
デファクトスタンダートって、バンドエイド、セロテープとか、ポストイットのように商品名がいきなり一般名称のようになっているもののこと。ポストイットは、3Mの商品名で、一般名称は付箋紙ですね。でも百均で売っている付箋紙のことも、みんなポストイットと呼んでいる。自分たちもせっかく新しいものを作るんだったら、商品名はそれくらい人の気持ちに近く、生活にこびり付くようなものにしたいと初めから考えていました。

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実は、社内コードネームでは、”タコ板”という名前をつけてたんです(笑)。タコみたいにくっつくから。くっつくという要素は、こだわりたかった点なのでコードネームにも表れてますね。

ーネーミングの商標権の取得についてなにか戦略はありましたか?

商標に関しては、戦略という戦略はあまりなくて。ただ商標を担当してくださったレクシアの宗助さんが工夫されたところは、ideaboardをどの分類で申請するのか?というところだと思います。家具なのか、建材なのか、文房具なのか。複数の分類にまたがった申請を行うと、多く費用を支払う必要があったり、類似商標と競合する可能性が高まるので、宗助さんと話しながら最終的にはオフィスファニチャーとして申請しました。オフィスユースはメインとして想定してましたし。もちろんオフィス以外のところで、例えば幼稚園で使ってもらっても嬉しいですけどね。

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ーロゴマークを作ることだったり、登録についての検討はありましたか?

ロゴマークとしての図案はつくっていないですね。今、ブランドの価値はマークに紐づいた記号性ではなくて、人が語る言葉とか文章の中のテキストに宿ると思うんです。みんなの気持ちの受け皿としてマークをつけるということが、僕自身しっくりこないところがあって。だからideaboardでは、ロゴマークはあえて作らない方向でいこうという事になりました。

こう振り返ってみると、権利関係に関しては、レクシアの皆さんがまだ開発余地のある段階で面白がって知識を被せてきてくれたので、とてもいいセッションができたと思います。

次回 ideaboard 開発ストーリー連載_#5 へ続く
(取材・文 / (株)NINI 西濱 萌根,  撮影 / 其田 有輝也)

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