Ichirodow

味噌の国タケノコ大学所属の言語学者.専門は認知科学としての言語学.たこ焼き大学出身,英…

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味噌の国タケノコ大学所属の言語学者.専門は認知科学としての言語学.たこ焼き大学出身,英国白薔薇大学博士.

最近の記事

言語科学への招待 (i)

生得的な能力 特別な障害がない限り,人間は5歳になる頃には母語が使えるようになります(早い子供たちもたくさんいます).1歳前後で二足歩行ができるようになったり,歯が生えるようになってきてミルクや母乳以外の物を食べられるようになったりする性質と同じで,多少の個人差はありますが,それほど大きな違いはありません. これらは,全ての人間が備えている性質です.生まれながらにして皆が備えている能力ですから,生得的な能力という言い方をしてもいいかもしれません.生得的な能力には段階性があ

    • 感謝ってなんだろう 1

      人に何かしてもらったら,「ありがとう」って言おうね. 幼稚園に行き来していると,よく耳にする言葉です.子供たちは,年少のうちから「ありがとう」と実にかわいい声で感謝の気持ちを述べてくれます.子供たちに「ありがとう」と言われると,心のマジックポイントが補給されたような気分になれます. 人に感謝されるのは気持ちがいいものです.感謝の意を示してくれる人には,もっといいことをしようという気分にすらなってしまいます.心理学では,好意の互恵性という現象が知られています.自分へ高い評価

      • 気持ちが伝わる語用論入門:英語と日本語の恋愛事情編

        「つきあう」を訳してみる DeepLに「僕とつきあってください」を英語訳してもらうと,Please go out with me.という返信が返ってきた.正直,逐語訳という感じで,日本語が持っている意義は十分に伝えきれていない感じである.ふ,人工ニューラルネットワークの力もまだまだのようだな...(2023年11月1日現在) などとえらそうに言っているが,正直,自分も「これだ!」と思う訳文にはできない.これにはいろいろと理由がある. 「つきあう」を辞書で引いてみると,g

        • 言語沼から底なし沼へ

          ゆる言語学ラジオから登場した『言語沼』という本がかなり好評のようです. 言語沼この本では,言語研究を通して得られたキャッチーな事実がおもしろおかしく書かれています.それで,スゲー!とか,納得!という反応の他にも,本当に?という疑問の声を持った人もいるかもしれません.この本には言語学という沼にはめるだけの力があると思っているのですが,言語研究者としてはそこは底なし沼であるということを見せてみたいと思います. 音象徴現代言語学では,言語の語彙の大半には音声(ないしはサイン)が

        言語科学への招待 (i)

          why to不定詞は文法的である

          はじめに疑問詞にto不定詞句が後続する形(WH to doと表します)があります.日本の学校英文法では準動詞句は句であって節ではないと言われますから,節を後続させる疑問詞にto不定詞句が続くのは変な感じがします.(というわけで,慣用表現なので覚えなさいという戦略がとられます)しかし,欧米の英文法書ではto不定詞句は非定形節という扱いを受けますから,疑問詞にto不定詞が続いても問題はありません.用例としては以下のようなものがあります. (Huddleston et al. 20

          why to不定詞は文法的である

          ヒトはいつから言葉を使うようになったの?

          これについてもよくわかっていませんが,状況証拠などから推定することになります.まずは,ホモ・サピエンスにとても近いホモ属であるホモ・ネアンデルターレンシスから話を進めていくことにしましょう. ネアンデルタール人の言語ネアンデルタール人が言語を使用していたかどうかについての有力な根拠としては,解剖学的な証拠があります.音声言語を使用すると,舌の筋肉が発達するので舌下神経が発達した形跡が見られるようになります.舌下神経自体はとても敏感なものなので,遺体の一部や化石としては残りに

          ヒトはいつから言葉を使うようになったの?

          ヒトってどんな生物?

          一人の人間は弱い現在,地球上で一番繁栄している生物は我々,人間だと思われます.地球上のどの大陸,場合によっては海上にも住んでおり,国連人口基金によれば2021年の世界人口は78億7500万人だということです. これだけ繁栄しているわけですから,当然,人間は「強い」生物のように思われるのですが,実際のところ,人間の一人一人はまったく強くありません.たとえば,鳥を一羽だけ捕まえて,生息圏に放してもおそらくそのまま生きていくことはできるでしょう.人間に近いチンパンジーに関しても同

          ヒトってどんな生物?

          言語の起源

          人は言葉の起源に興味を持って生きてきたようで,言葉の始まりについてはいろいろな神話があります.一番有名なのは,新約聖書のヨハネによる福音書の「始めに言葉ありき」の冒頭の文書で,これは聞いたことがあるのではないかと思います.その後,神によって一つの言葉を与えられた人間達は力を合わせて天まで届く塔を作ろうとしましたが,神は地上に降りてきて人を様々な場所に散らばらせ,異なる言葉を与えて協力して塔を作れないようにしたというバベルの塔の話です.このことからも分かるように,昔から人間同士

          言語の起源

          デレク・ジーターの思い出

          学部生で交換留学をしていた時のこと.アメリカの大学にも慣れ,Spring Quarterは取りたい授業が少なめということもあって,ローカルメディアでインターンをしてみた.シアトル・マリナーズ関連の記事も扱っていたからだ. 野球経験があり,かつMLBにも通じていたことから,セーフィコ・フィールド(当時)であるニューヨーク・ヤンキースとの試合に取材に行けることになった(実はその前にも,オークランド・アスレチックスの試合に取材に行っている).メディアパスをもらい,記者に配布される

          デレク・ジーターの思い出

          Auggie Wren's Christmas Storyの注釈・解説

          オーギー・レンのクリスマスストーリーの英語で読む際の注釈・解説です.https://www.nytimes.com/1990/12/25/opinion/auggie-wrens-christmas-story.html 以下,パラグラフ毎に. come off「うまくやる」as well as he’d like to (come off well)「(彼が)や りたいほど上手に」he’s = he has, other than that 「それ以外は」the who

          Auggie Wren's Christmas Storyの注釈・解説

          言語は同等に複雑か?(Newmeyer at Abralin 2020より)

          「言語は全て同等に複雑か」という問題について考える.まず,言語学で一般的に共有されている見解は以下の通りである. (1) 言語学上の一般的な見解: a. 言語の複雑さは形態統語的,言語使用などの面において個別に異なるが,全体の複雑さはほぼ全ての言語において同じ (Well, 1954) b.「原始的な」言語はない.言語は全て同等に複雑で,世界の有り様を同等に表現できる. c. 全ての言語は全体の複雑さにおいてほぼ同等である. 世間一般の理解はこんなところになるだろう

          言語は同等に複雑か?(Newmeyer at Abralin 2020より)