言語の起源

人は言葉の起源に興味を持って生きてきたようで,言葉の始まりについてはいろいろな神話があります.一番有名なのは,新約聖書のヨハネによる福音書の「始めに言葉ありき」の冒頭の文書で,これは聞いたことがあるのではないかと思います.その後,神によって一つの言葉を与えられた人間達は力を合わせて天まで届く塔を作ろうとしましたが,神は地上に降りてきて人を様々な場所に散らばらせ,異なる言葉を与えて協力して塔を作れないようにしたというバベルの塔の話です.このことからも分かるように,昔から人間同士はお互いに意思疎通が難しいほど異なる言語を使用している状況が続いてきたようです.推測に過ぎませんが,地球上の全ての人間がまったく同じ言語を話していた時期はなかったでしょう.それでは,神話ではなく,生物学,考古学的な観点から言語の起源について考えていくことにしましょう.

進化と変化

進化という言葉は「発展,発達,改善する」という意味合いで使用されることが多いようです.みなさんも,「進化した」,「進化しなければならない」と言われると,現在よりも改善するという意味で進化という言葉が使われていると考えてしまうかもしれません.

しかしながら,生物学における進化とは,ある種の変化がたまたま存在している環境において有利に働いたという意味合いものでしかありません.つまり,ある変化が生存に役立つか否かという問題は後付けのものでしかなく,ある状況で役に立った変化は,別の状況では役に立たないということもありえます.また,ある種の変化は生存に有利でも不利でもなく,たんに受け継がれていくという可能性もあります.ですから,進化は必ずしも「よくなる」という意味を含意するわけではないということには注意が必要です.なお,進化論の提唱者としてチャールズ・ダーウィンが有名ですが,ダーウィン自身は進化という言葉を使用せず,変化を伴う由来という言い回しを使用していたというのは有名な話です.

さて,まずは進化と歴史の話について考えていきましょう.進化は生物学上の変化で,歴史は文化上の変化であると考えて問題ありません.進化は遺伝的情報を含む,長い期間のかかる変化で,歴史は遺伝的情報は関係なく,比較的短い時間ですむ変化のことをいいます.メイナード・スミスという生物学者が使用した事例で考えていきましょう.地球上では約4億年前に水上に生息する脊椎動物が存在し,200万年前に最初の人類が石器を作り,1万年前頃に新石器時代になり,動物や植物を家畜化したものと考えられています.これを,2時間の映画にまとめてみたとすると,道具を作った人間は最後の1分しか登場する時間がないという計算になります.さらに,これに加えて2時間の人間に関連する映画を作ったとすると,動植物を家畜化したのは最後の30秒しか出番がなく,蒸気機関から原子力の発明に至る時間は1秒しかないということになります.

石器の作成や蒸気機関,原子力の発明が文化における変化,つまり文化進化であるとすると,それに比べて普通の進化,つまり生物進化を比べてみると,これだけの時間の差があるということがよくわかります.つまり,人間がどれほど文化を発展させようとも,それに伴う遺伝的変化を待つにはとてつもなく長い時間が必要であるということになるわけです.

それでは,進化はなぜ起こるのでしょうか.言うまでもなく,生物の設計図はDNAに埋め込まれており,それぞれの部品はアデニン (A),グアニン (G),チミン (T),シトシン (C)の4種類からなる塩基配列で形成されています.これが,子孫に受け継がれる際にコピーミス,すなわち突然変異につながることがあるのです.もちろん,突然変異による影響は小さいので,いきなり全然違う形質を持った子孫が産まれるということはありません.少しずつ,少しずつ親世代とは異なる子孫が産まれることになります.そして,周囲と比べて少し違う個体が環境にうまく適応して生き延びて成長し,交配相手を見つけて子孫を残すことができるようになると,ある種の形質はその子孫に受け継がれていくことになります.こういったプロセスは自然選択による進化と呼ばれ,ダーウィニズムの基本的な考え方であると言えます.

突然変異は意識して起こせるものではありませんから,もし特殊な形質を持つ個体が産まれ,その形質が生存に不利に働くこともあります.その場合,成長する前や交配相手を見つける前に死んでしまうことになりますから,そういった不利な形質は結果として受け継がれなくなることもあります.また,生存に特別有利でも不利でもないような形質はなんとなく受け継がれ,使われないまま残るということもあります.たとえば,現在の人間は親知らずや盲腸を必要とはしていませんが,これらがあることによって生存上困るということは(虫歯になったり,急性虫垂炎になったりする場合を除きます)あまりないので,いつまでも何となく受け継がれてしまうという形質もあります.つまり,進化とは生存に有利な方向に変化することもあれば,不利になることも,そのどちらでもないことがあるプロセスであると言うことができるのです.生物がある目的を持って,自分の形質を変化させることはできないわけです.空を飛びたいと思った人間が数多くいたのにも関わらず,いつまでも空を自由に飛び回れる人間が存在しないのはそのためです.

そして,自然選択のプロセスはとても時間のかかるものですから,進化にはとても長い時間が必要とされるわけです.これに対して,文化などの変化は学習して一世代で変わることができるものですから,急速に変わることが可能になるわけです.学校や塾などの伝える組織を形成すれば,その変化の速度をさらに速めて,広げることもできます.つまり,目的を持って変化することは可能であると言うことができ,これが進化とは異なる部分であると言うことができます.

進化と変化

  • 進化は遺伝的情報を含むとても長い年月がかかる変化.必ずしもよい方向に変わるわけではない.

  • 変化は,文化的伝承を伴うことがあり,時間がかからないこともある.


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