感謝ってなんだろう 1

人に何かしてもらったら,「ありがとう」って言おうね.

幼稚園に行き来していると,よく耳にする言葉です.子供たちは,年少のうちから「ありがとう」と実にかわいい声で感謝の気持ちを述べてくれます.子供たちに「ありがとう」と言われると,心のマジックポイントが補給されたような気分になれます.

人に感謝されるのは気持ちがいいものです.感謝の意を示してくれる人には,もっといいことをしようという気分にすらなってしまいます.心理学では,好意の互恵性という現象が知られています.自分へ高い評価をしてくれた人に対して,より好意を持つ傾向にあるという人間の心理傾向のことです.このように,感謝という行為にはお互いの気持ちを高め,社会的相互関係を向上させる働きがあるわけです.

「ありがとう」という言葉は,元々「有難し」と書かれており,「めったにない」という意味が語源であったと言われています.ありがたいと思えるような体験は,それほどあるわけではないからこそ大事にされてきたというわけですね.

なお,感謝を表明する際に使用する言葉として,「有難し」という概念は世界中のどこにでも通用するものではありません.英語でThis is a rare event.(これはまれなことです)と言ってみても,必ずしも相手に対して感謝しているという気持ちを伝えることができるわけではありません.よく知られているように,Thank you.という言い回しが感謝の言葉として使用される英語です.Thank you.の他に,イギリスでは,Cheers!やTa!といった言い方をすることがありますが,「有難し」に近い言い方で感謝の意を伝えることはあまりありません.これはなぜなのでしょうか.なぜ,感謝という気持ちを表す言葉には,言語毎に決まった言い方が存在するのでしょうか.

また,英語を勉強していると,I'm sorry.が必ずしも感謝の意味で使用できるわけではないということを聞かされます.その逆も同じで,日本語を勉強している外国人は「すみません」と言っておけば,謝罪の他にも感謝の意を伝えることができるという事実がよく知られています.謝罪は「自分が悪いことをしました」という表明で謝る意図で使用される言語行為ですし,感謝は「相手の行為を嬉しく思う」という気持ちの表明で使用される言語行為ですので,まったく違う行為のような気もします.しかしながら,謝という文字について考えれば分かる通り,謝罪にも感謝にも同じ謝という文字が使用されています.実は,中国の春秋戦国時代の書物にも謝の文字を使って謝罪と感謝の意味で使用されている用例があるのです.この概念はそのまま日本にも持ち込まれた可能性がありますし,中国語で感謝の意を伝える謝謝(シェイシェイ)にはこのまま謝の字が使用されています.謝罪と感謝という言語行為は同じものなのでしょうか.

つまり,感謝という言語行為にはその表し方に色々な方法があり,その人が使用する言語によってどのように感謝の意を伝えるのかが変わってくるということが言えるわけです.世界で一様に感謝の意を伝える方法が同じではないということは,感謝という気持ちの伝え方が必ずしも画一的ではないという推測にもつながってきます.実は世界の中には,人に感謝を伝える言葉がないような共同体も存在しています.このような社会において感謝という行為には,どのような意味があるのでしょうか.もしくは感謝という行為には全く意味がないことなのでしょうか.また,同じ共同体の中にあっても,自閉スペクトラム症などのある人たちにとっては,感謝の気持ちを持ったり,それを他人に伝えたりするということを理解することがとても難しいということがあったりします.

というわけで,感謝という行為はそもそもどういった行為なのかということを考え,感謝の表明の仕方にはどのような方法があるのかというバリエーションについて列挙し,感謝という概念は世界中どこにでもあるのかということについて考え,感謝という行為がもたらす結果について考えることにはとても意義があるように思えます.

というわけで,次回は感謝という言語行為についてもう少し掘り下げて考えていきたいと思います.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?