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夏の七日間に何が起こったのか? ―「玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ」感想、考察―

歌人、木下龍也さんと岡野大嗣さんの共著「玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ」、めちゃくちゃおもしろいミステリー短歌集でした!木下さんと岡野さんが二人の男子高校生になりかわり7/1~7/7までの7日間を描いたミステリー短歌集。もうこの設定が大優勝です。おもしろいに決まってると思ったらやっぱり最高におもしろかった。男子高校生二人はそれぞれ鬱屈を抱えていて圧倒的リアルな感情を詠んでいきます。どうしようもなさを持て余してる感じ、死への憧れ、反抗心、家族への複雑な感情、性との向き合いなど。重苦しく不穏な雰囲気がずっと根底にある中でたまにキラキラとした美しい短歌が挟まれる。

体育館の窓が切り取る青空は外で見るより夏だったこと

P11 岡野大嗣

光と影のコントラストも本当に見事でした。お互いが引き立っている。

さて、そんな素晴らしい歌集なのですが、この歌集、短歌のみで解説が一切ない(あとがき等もない)ので圧倒的に情報が足りないんです。
作中で確実に何かが起こっている。しかしその何かが分からない。
レビューとかも軽く見ましたけど「結局何が起こったの?」的な感想を何件も見ました。私も分からない。分からないけど分かりたい。
これからいくつかの解釈や解釈のヒントになりそうなことを書いていきたいと思います。みなさんもぜひ考えてみてください。みなさんの解釈をぜひ聞かせてほしいです。(ほんとのほんと言えば木下さんと岡野さんに正解を教えていただきたいです……)(設定集を……)。

以下、ネタバレしまくっているので未読の方は先に「玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ」を読んでください。よろしくお願いします。そして解釈を聞かせてくださいお願いします(必死)。


読もうかなーどうしようかなーって思ってる方は「ダ・ヴィンチweb」の
思春期って、甘くて、苦くて、死にたくなる。短歌で綴った熱い夏の7日間
こちらの記事を読んでみてくださいな。「玄関~」の魅力が伝わる良い記事です。

増刷記念朗読会『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』

またこちらでご本人の朗読が聴けます。全部朗読してくれています。音で聴くのも良いです。

またこちらのナナロク社 歌集通信 @tanka0701_0707という公式アカウントが毎年7/1~7/7に「玄関~」の短歌を全てツイートされています。これだけだと木下さん作か岡野さん作かは分からないのですが……。上のご本人朗読の動画と一緒に見るのもいいかなと思います。

あとこれは個人的にめちゃくちゃ好きなので紹介したかったツイートです。公式ビジュ!!めちゃくちゃいいーーー!!イラストの彼は木下さんの方の男子高校生だと思っています。岡野さんの方ではなく。



-----ここからネタバレ-----


人物設定、場面設定は存在している

ではここからネタバレしつついろいろ考えて行きたいと思います。
まずそもそも設定ってちゃんと存在してるの?ってとこに触れておかなければならない。
Seel編集部さんの

最新号から岡野大嗣さん・木下龍也さんインタビューの未公開部分をご紹介!①
最新号から岡野大嗣さん・木下龍也さんインタビューの未公開部分をご紹介!②

こちらの二つの記事から引用させていただく。

「同じような空気感」を感じる理由は、『玄関~』全体に「初夏という時季」「どことなく不穏な雰囲気」といった通奏低音があって、それが一首一首の短歌を読むときにもぼんやりと聞こえているからだと思います。「対称的」だと感じる理由は、『玄関~』において僕の書く短歌と木下さんの書く短歌の主体が、ざっくりとですがキャラクター設定されていたからだと思います。見た目や言動や対称的でありながら、心の奥深くに重なる部分もある。そんな二人をイメージしていました。

最新号から岡野大嗣さん・木下龍也さんインタビューの未公開部分をご紹介!①/Seel編集部

男子高校生ふたり、それぞれの人物設定。夏の7日間、1日ごとの場面設定。それらは編集者さんとの打ち合わせのもとであらかじめ決めておきました。

最新号から岡野大嗣さん・木下龍也さんインタビューの未公開部分をご紹介!②/Seel編集部

素晴らしいインタビューをありがとうございますSeel編集部さん……。
人物設定も1日ごとの場面設定もある、そして人物設定は、
見た目や言動が対照的
・心の奥深くに重なる部分がある
というのが分かりました。オタクに刺さる設定ですありがとうございます。

では、次はキャラクターのことを深掘りしていきたいと思います。


二人の家庭環境

最初に書いた通り、この歌集は木下さんと岡野さんがそれぞれ男子高校生になりかわって書かれています。キャラクター名は出てこないので分かりません(この歌集には舞城王太郎さんのスピンオフ小説2篇の冊子がついていてそこに「玄関~」の彼らかもしれない名前が一人だけ出てくるのですがどちらか分からないしそもそもどちらでもないかもしれないのでここでは一旦置いておきます)。これからは便宜上、木下さんの男子高校生を「木下」、岡野さんの男子高校生を「岡野」と名付けて文章を書いていこうと思います。本の中の歌もそれぞれの男子高校生が詠んだていで書いていきます。ご了承くださいませ。(追記:「木下」「岡野」と名付けたのは、

このツイートの谷川俊太郎さんの詩を読んで、玄関~の二人の名前って「木下」「岡野」なんだ!と思ったからです。他のところでは「K」と「O」って言われることが多いみたいなので別の記事では「K」と「O」で書いてるものもありますがこの記事は「木下」と「岡野」でよろしくお願いいたします。)
キーワードを箇条書きにしていきます。


木下の家庭環境

  • 母 フリルの傘 

  • 父にぶたれ蹴られ投げられもした

  • 六畳間

  • マンション

  • シオリという名の猫を飼っている?

  • 母さんに殴られたくて遺影を殴る

岡野の家庭環境

  • 一人っ子

  • 母 二段ベッドの下で寝ている

  • 父 帰る場所は買える 父さんは買いました

  • <父>の字をマッチ棒で作って火をつける

  • あなたへのおすすめにエロ動画 あなたは父

  • ヒューマンビートボックス 父の寝息

  • 四畳一間

  • 老犬

  • 祖父が真夜中にゴムプロペラ飛ばす

  • 許せなくなる自分の名字

  • 孫の顔とか見せなきゃだよね


短歌を引用しつつもう少し考えていきます。

うつむいて何も言わない母さんに殴られたくて遺影を殴る

P133 木下龍也

親父にもぶたれたことないやあった蹴られもしたし投げられもした

P88 木下龍也

木下の言う「遺影」とは誰のでしょうか?私は父親のものなのではないかと思います。父親は亡くなってるのではないかと。「山頂の墓」「きみがまだ生きていたなら」という短歌もあって身近な人が亡くなっていることが分かります。それが父親なのではと。父の存在がはっきり出てくるのは後者の「親父にも」の一首だけです。

シャチハタの回転棚に探すとき許せなくなる自分の名字

P108 岡野大嗣

岡野の方が家族の情報が多く、そのどれもが歪です。一人っ子なのに二段ベッドがあって下に母が寝ているというのも、帰る場所は買える 父さんは買いましたというのもとても歪。特に父に対して複雑な感情があるようです。


二人の死生観

次に二人の死生観について見ていきます。

この世から発つ時間だけ教えられ日々がこわくてたまらなくなる

P54 木下龍也

この短歌はとても重要だと思っていて。木下は自分が死ぬことが分かっているんですね。それに対してこわいと思っている。

どんな死に方がいちばん楽だろう百円ショップの売り場に探す

P109 岡野大嗣

手放しで漕ぐチャリをダンプにすれすれでかわされてこの馬鹿野郎轢き殺したくねえのか

P115 岡野大嗣

MSゴシックで打ち込んだ遺書を校正するタオルケットのタグ撫でながら

P134 岡野大嗣

岡野は死への思いが強いです。家庭環境が悪いということも影響していると思います。ただ岡野は新しいシャツを買ったりもしてるので今すぐ死にたいということはないような気がします。

何らかの理由で死が近くてこわいと思っている木下と死にたいけど生きている岡野。すこしずつキャラクターが見えてきましたね。


二人の関係

二人の関係……ストーリーを解釈する上で二人の関係を解釈することはめちゃくちゃ大事なので難しいところです。まずお互いのことをどう思ってるか知るために「きみ」「あなた」「おまえ」という二人称、それと「僕ら」「僕たち」という一人称が出てくる歌を考えてみます。

平日のイオンモールをきみとゆく嫌いな奴の名を言い合って

P106 岡野大嗣

岡野の方は二人称の歌は上記のイオンモールの歌のみです。「僕ら」「僕たち」が出てくる歌は4首でした。

対して木下の方は二人称が出る歌がとても多いです。

消しゴムにきみの名を書く(ミニチュアの墓石のようだ)ぼくの名も書く

P15 木下龍也

おまえとはできないことをしたくなるおまえの部屋でだらけていると

P37 木下龍也

「きみ」「あなた」「おまえ」どれも出てきます。二人称が出る歌は全部で16首。この二人称の相手は一人じゃないんですね。「きみ」と言っても長髪のきみもいれば亡くなってるきみもいる。ガチなバタフライで沖へゆくきみもいる。上記の引用した2首は相手に恋をしている歌ですね。木下の二人称が出る歌はほとんどが恋の歌です。では恋の相手とは誰なのか。

その前に岡野の「僕ら」「きみ」から考えましょうか。
「僕ら」が出る歌2首は電車で一緒に登校する歌です。普通に考えれば木下とのことですね。ただ木下は電車に乗る歌がないんです。「僕ら」が岡野と木下のことであるという確証がない。そして「きみ」の歌は上記のイオンモールの歌ですね。「きみ」が木下であるかどうかですが、二人ともに服の歌、そして本屋の歌があるので岡野は木下とイオンモールに行ったと考えて良さそうです。

そもそもの話ですが、木下龍也さんは

最初の原稿が出来上がるまでは互いの短歌を見ないというルールがありました。互いの歌を見ながらつくると予定調和的な展開になってしまうためです。

最新号から岡野大嗣さん・木下龍也さんインタビューの未公開部分をご紹介!②/Seel編集部

とインタビューで答えています。返歌のようなものが少なく、綺麗に噛み合ってない感じはこのルールがあったからなんですね。
電車で一緒に登校する歌も木下には電車に乗る歌がないというだけで木下のことじゃないというのは微妙かもしれない。普通に一緒に登校したと考えるのが自然なのでは、と思うのでそう解釈します。木下と岡野は友人である、という解釈です。

次は木下の恋の相手について。これも考えるのが難しい……。「きみ」の歌の中に1首だけ、貧血に倒れる長髪のきみという「女子」の歌があります。女子だと分かるのはこの1首だけで、この貧血に倒れる長髪のきみが恋の相手かというと……うーん……何とも言えないというか……。

(ぼく/きみ)のからだはきっと(きみ/ぼく)に(ふれ/ふれられ)るためだけにある

P127 木下龍也

声に出して読んだら音数ぴったりの美しい歌です。この歌からも分かるように木下の中で恋の相手の「きみ」の存在はものすごく大きいです。この相手が長髪の女子でもいいんですけど、だとすると木下と岡野の繋がりというのがかなり希薄になりますね。まあ友達だけどくらいの距離感。こうなると作中の7/6、7/7に起こった何かの解釈も変わってきます。そもそも何もなかったかもしれない。まあ友達だけどの距離感の二人なら私の考えている解釈……つらい事件を起こすことはないだろうから。事件っぽいことを匂わせてたけどそれは夢や想像の中でのことで実際には何もなかった。これはこれで幸せな解釈かな……。

……分かるかと思いますがこれは本線の解釈ではないです。

私は木下の恋の相手は岡野じゃないかと思います。よく分からない女子に恋してるよりも岡野に恋してる方がストーリーとして断然おもしろいと思います。せっかく二人の歌人が二人の男子高校生になりかわってミステリーな物語書いてるんだから二人の結びつきが強い方がおもしろいに決まってる。とメタなことも考えてみたり……。

木下の恋の相手は岡野と仮定してストーリーを読んでいきます。


7/1(Thu)、7/2(Fri)

7/1(Thu)、この日は雨。二人は一緒に登校しています。

体育館の窓が切り取る青空は外で見るより夏だったこと

P11 岡野大嗣

この日にこの有名な歌があります。雨の日に詠まれた歌と思うと感じ方がまた変わってきますね。音数数えると33音で普通の短歌より2音多いです。最後に「こと」をつけたのはこれが思い出してることだからなのかなと思いました。あんなことこんなことって思い出してる中のひとつ的な意味もあるかな。すごく夏らしい綺麗な短歌です。映像が見えるんですよね。

この日は放課後の二人の行動が大事だと思っています。
木下は放課後走って帰ります。対して岡野は学校に残っています。

置いてかれたんじゃなく好きで残ってる好きで残って見てるあめんぼ

P16 岡野大嗣

あめんぼが可愛らしさ出てて好きですね。用事があるわけではなくぼーっとしてるのが分かります。
二人は学校で喧嘩したのかなと思いました。たぶん些細なことで。それで一緒に下校できなかったと。それかもしかしたらこの日が木下から岡野への告白の日だったかもしれません。言い逃げした木下と帰るに帰れなくて学校に残ってあめんぼ見ながらぼーっと考えている岡野というのもいいかも。

次は7/2(Fri)、この日も雨。「土砂降り」「台風」「雷雨」という言葉が出てきます。
前日に喧嘩してたとして、この日の登校中に二人は仲直りします。もしくは前日に木下から岡野への告白があったとして、登校中に岡野は受け入れたと伝えます。

まだ味があるのにガムを吐かされてくちびるを奪われた風の日

P26 木下龍也

この歌が岡野にあいさつされた直後にある意味ですよね。

おまえとはできないことをしたくなるおまえの部屋でだらけていると

P37 木下龍也

放課後に木下は岡野の部屋に行っていることが分かります。すごく切ない愛情を感じる短歌で好きです。


7/3(Sat)

この日の短歌は全て木下のものです。この日は晴れ。木下はきみ(岡野)と一緒に海へ行き、夜は花火を見ます。理想的な夏デートです。不穏な空気は最初から最後まで一貫してあるのですがこの日は少し幸せだったんじゃないかな。

ガチなバタフライできみが沖へゆくロマンチックを置き去りにして

P49 木下龍也

ふふっと笑っちゃう短歌。笑ってる木下の様子も見えるようです。

またこの日は重要な短歌、

この世から発つ時間だけ教えられ日々がこわくてたまらなくなる

P54 木下龍也

この歌がある日です。木下は自分が死ぬ日を知っている。こわいと思っている。木下はなぜ死ぬ日が分かっているのでしょうか。


木下は病気?

死ぬ日が分かっている、と聞いて一番に思い浮かぶのは余命宣告です。木下は何かしらの不治の病で死ぬことが決まっている?
病気かも?という点で見ると、木下の歌の中にはトローチを舐める歌、錠剤を噛む歌、夏風邪をひいている歌があります。体は強くないかもしれませんが不治の病かというとうーん……。
では誰かに命を狙われているとか?……誰かとは?ちょっとこれは話が変わってきますね……。非現実的になってきました。恨みを買うような何かもなさそうなのでこれは一旦なしにします。
他に、木下多重人格説はどうでしょうか。

ぼくだけに聴こえる声がぼくを殺人者に変えて聴こえなくなる

P10 木下龍也

ぼくであることに失敗したぼくを(だれ?なに?だれ?)が動かしている

P113 木下龍也

多重人格と思って読むとそう読めなくもないですね……。たとえば多重人格の別人格が自分を殺そうとしている、それは木下の体を殺すのではなく木下の人格を消し去ろうとしている……みたいな話になってきます、か?(聞く)突飛ではありますが一応7/7の事件につながりますね……。
不治の病説と一応多重人格説を後の解釈のために取っておきたいと思います。


7/4(Sun)

この日は岡野の短歌のみです。岡野は晴れてる日の夕方に目覚めます。よく寝ましたね。前日の海&花火ではしゃいで疲れたから……だけではないと思うんですよね。7/3の歌で、

目をそらし話をそらしファミレスのこのひとときを弱火で生きる

P56 木下龍也

というのがあります。二人は海に行き花火を見た後ファミレスに行って何かを話したんだと思います。「目をそらし話をそらし」ていたのは岡野なんじゃないかな。木下は自分がもうすぐ死ぬことを話したんだと思います。
だから岡野はいろんなことを考えてなかなか眠れなくて寝付けたのが遅くて翌日の夕方まで眠ってしまった、と解釈します。
この日岡野は一人で海に行きます。何かを決意しに行くかのように。行って帰るまでにいろんな人のことを詠みます。「おまわりさん」「担任」「老婆」「運転手さん」。

目のまえを過ぎゆく人のそれぞれに続きがあることのおそろしさ

P63 岡野大嗣

続きがない人(木下)のことを思ったからこその歌ではないでしょうか。
家に帰ってからは父への複雑な思いがあふれ出します。父は血のつながった父じゃないのかもしれないですね。


7/5(Mon)

本では7/4の次に7/7が来るのですが、ここでは日付順に見ていきます。
この日は晴れ。

玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ

P99 岡野大嗣

タイトルにもなっているこの歌はこの日の歌です。すさまじい歌ですね……。「玄関の覗き穴から差してくる光」と暗い中での一筋の光……希望を想像させておいて「のように生まれた」と直喩であったことを示して最後に「はずだ」。この「はずだ」があることによって切実な響きを帯びます。「はずだ」の後に「それなのに(どうしてこうなってしまったんだろう)」という言葉が続くような……切ない歌です。

この日は岡野の誕生日かもしれない。
平日なのにこの日は学校に行ってる様子がないんです。

平日のイオンモールをきみとゆく嫌いな奴の名を言い合って

P106 岡野大嗣

放課後ではなさそうなんですよね。木下と岡野は学校をサボってイオンモールに行ったようです。服を見て、百円ショップに行って、本屋に行って。

あけてみて、ってはにかんで言われたら野蛮にやぶくべき包装紙

P113 岡野大嗣

岡野は木下からプレゼントをもらいます。岡野は朝一番に「玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ」という歌を詠み、学校をサボって木下とイオンモールで遊び、木下からプレゼントをもらった。以上がこの日が岡野の誕生日であるという根拠です。

本日はミサイルが2分ほど遅れました、お詫び申し上げます。

P111 木下龍也

ひやごはんのラップを剥がす だとしてもここがやられることはないから

P111 岡野大嗣

これはこの歌集ではめずらしく明らかな返歌ですね。木下の歌に対しての「だとしても」。ミサイルは何かの比喩で、何かが遅れたのでしょう。たとえば電車が、とかいつも連絡してる時間が、とか。それに対して岡野はきみの撃つミサイルは僕に被害を与えないだろうと絶対の信頼をしてるわけです。愛ですね。

例によって不穏な空気は常に流れているのでこの日も死についての歌が多いです。こんな日でも岡野は死にたいと思っていますし木下は寂しさを感じています。


7/6(Tue)

晴れ。この日、何か事件が起こる。

うかびあがる容疑者像の輪郭をなぞれば、なんだ、僕そっくりだ

P120 岡野大嗣

誰のことも疑いたくない担任に招かれるまま教頭室へ

P124 岡野大嗣

かなしみへ容赦なく降るフラッシュに「ご注意ください」とテロップは

P131 岡野大嗣

テレビに映るような事件が身近に起こって岡野は犯人じゃないかと疑われている。岡野は教頭室に呼ばれるけど解放されて寄り道して帰っているんですよね。だから実際には容疑者じゃないけど「未来が僕を問いつめる」と感じている。なにかしらに対して罪の意識はある。

容疑者が連行されるタラップを降りてくるビートルズみたいに

P83 岡野大嗣

7/7の歌。この歌からも岡野は容疑者ではないことが分かります。
あとこの日は気になる歌もあって。

こいつ殴られながら目を見開いて遺書の字数を稼いでやがる

P122 木下龍也

それがこの歌。「こいつ」とは誰だろう。木下が殴ってるようにも読めるし誰かが誰かを殴ってるのを木下が見てるようにも読める。
木下も岡野も目撃者だった説を推したいと思います。誰かが誰かを殴ってる現場を目撃したが二人とも何もしなかった。それは翌日7/7にある計画があったから、というのはどうでしょうか。教頭室に呼び出されたのは容疑者像は男子高校生だったとか、近くにいた岡野のことを容疑者と思った人がいて通報されたとか。殴られてるのを二人は止めに入らなかったけどその後に通報して事情聴取されたとかもあるかな。

ついでいうとこの事件は7/1の「隣町の死」が伏線になっているんじゃないかなと思います。翌日7/2に貧血で女子が倒れるけどこれは隣町で事件があったけど犯人捕まってないから注意してくださいの全校集会があってその中でのこととか。7/4に岡野がおまわりさんに話しかけられてるのもこの関係かな。で、犯人は7/7に捕まった。木下と岡野の話の裏で二人とは関係なくそんな事件が起きていたというのはどうでしょうか。


7/7(Wed)

さあ来ましたよ7/7……。77ページに始まる7/7……。表記がもうホラーな7/7……。この日は晴れ→雨→晴れ。
「この量の赤」の歌の表記こっわ……。最初にこの歌が来る意味が難しい。順番的には夜の出来事なので夢と取ることもできる。7/6にトマトケチャップの歌があるけどフェイクで関係はないかな。
そして後に問題の歌が来る。

刃がぼくの皮膚を貫く間際まで世界に向けている半笑い

P89 木下龍也

刺されてるよなぁ……。その割にはその後に日常の短歌が続く……。なぜなのか……。

岡野の方を見ていく。

文字化けとかあるとあれなんで遺書はPDFで保存してます

P84 岡野大嗣

Googleに聞いてもヒット0だったからまだ神にしかバレてない

P92 岡野大嗣

自身の公式ブログを更新した僕はタイトルを「やりました!」と題し

P95 岡野大嗣

遺書を保存して死ぬ覚悟で何かをした。「まだ神にしかバレてない」というところを読むと神以外にバレたら大変なことになる何かをしたと取れる。いくつか説を出していきたい。


岡野が木下を刺した説(木下不治の病説)

素直に読めばこういう結論になるのではないでしょうか。メリバエンドですね。私も最初にこの本を読んだときは岡野が木下を刺したのだと思いました。木下と岡野が共謀して、最後はきみの手で終わらせて、というような。木下不治の病説でも多重人格説でも(一応)成り立ちます。木下は死ぬのが決まっていたけれど一人で死ぬのがこわかった。だからといって岡野と一緒に死にたいわけではない、岡野には生きていてほしかった。愛する人の手で死にたい。だから最後の願いとして岡野に自分を刺すように言った。岡野はそれを受け入れた。愛していたから。という話。
ついでにいうと「串カツ」の歌と「インストール」の歌があるから岡野は木下を殺したあとに少し食べたかもしれない。グロテスクだけど愛なんだよ……。メリバ……。この説の場合だと7/8以降の岡野がどうなるか気になりますね。このことがバレて逮捕、バレなくて罪の意識を抱えて生きる……どちらにしても……。岡野は常に死にたいと思っていたので、このことが死にたさを強めるか、逆に生きる理由ができたことになるか……。うーん、つらい解釈です。


岡野が木下を刺した説(岡野の道連れにしてくれ説)

岡野が木下を刺した説(木下不治の病説)を書きながらうーん……といろいろ考えるところがありました。木下は自分が死ぬのが分かっていたとしたらわざわざ岡野に刺させなくない?木下は岡野を愛してるんだから、そんな罪を犯させなくない?と。
そもそも論。そもそもの前提が間違っているのではないだろうか。木下が死ぬことが決まっていると思ったのはこの歌があったからだ。

この世から発つ時間だけ教えられ日々がこわくてたまらなくなる

P54 木下龍也

もしかして「自分(木下)が」この世から発つのではない……?
たとえば「岡野がこの世から発つ時間」「岡野から教えられ」たとしたらどうだろう。景色がめっちゃ変わりますね!今思いつきで書いてて鳥肌立ちました。今まで散々木下が死ぬ前提で書いてきたのであれですが、岡野が7/7に死ぬという前提で全体を読んでみるとこれはこれでしっくりきますね。

それが愛だとわかったらとまどうな堂々と受け取ればいいのだ

P90 木下龍也

木下は岡野が死ぬことを聞いて自分も一緒に死ぬことにする。愛です。愛する人の手で死にたいということで岡野に自分を刺させたのかもしれないし、それは悪いからと自分自身で刺したのかもしれない。この日に木下は死に、岡野はブログで罪を告白する。その後に岡野も死ぬ。メリバです。めちゃくちゃしんどい愛の話。


木下手術説

しんどい説が続いたので全然ちがう解釈もしてみたいと思います。「刃がぼくの皮膚を貫く」というのは手術のことだった説。
病気なり怪我なりで木下は手術する。刃が皮膚を貫くし血も出る。しかし、これなら、これなら木下が死なずに済む!手術は成功。「Googleに聞いてもヒット0だった」のは一人の手術の成功がいちいちGoogleに載らないから。遺書を保存して、木下が手術失敗で死んだら岡野も死ぬつもりだったかもしれないけど成功したので二人とも死なない!よっしゃ!ハッピーエンド!

もう……この解釈で良くない……?不穏なのは全部フェイクでさ……。物語はハッピーエンドがいいよ……。

岡野のインストールの歌をもっと重要視するのならば木下手術で、岡野がドナー説も一応あり得ますか。現実的には数日前から入院したりなんやかんやあるので無理ですがここはフィクションということで割り切って。岡野の一部のおかげで木下が生きられる説。これもハッピーエンドですね。ほんとの意味でひとつになれたわけです。七夕の日に。

しあわせになりたくないと書きましょう願ったことは叶わないから

P83 木下龍也

7/7なので七夕、短冊の歌ですね。木下は「しあわせになりたい」と思っているわけです。しあわせに生きていってくれよ……。

77ページ、7/7の表記が7がお互いに寄り添うように傾いている、というのは考えすぎですか……。間の斜線が天の川みたいですね……。

7と7を裂く斜線の天の川越えた僕らの夏はこれから

とへたな短歌を詠んで二人の未来に希望を見出したいと思います。


他人説

そもそも論その2。木下と岡野は他人だった説。

木下龍也さんもおっしゃってますけど二人は深い仲のようにも会ったことすらないようにも思えるところがこの本のおもしろいところです。二人が深い仲でつらい解釈になるくらいならそもそも他人で全く交わらずにそれぞれ生きている、とかもアリなのかもしれませんね……。不穏な空気を出しつつも何も起こらなかった世界線もアリ……。(この木下さんのツリー、「玄関~」の解釈する上でとてもヒントになりました。ぜひ読んでみてください。)


二人の天使

この本の一番最初の歌と一番最後の歌には天使が出てきます。これはお互いのことなんじゃないかなと思っています。木下の言う天使は岡野、岡野の言う天使は木下。メリバエンドでもハッピーエンドでも一番最後の天使の歌は刺さりますね……。幸せな記憶……。ぐっときます。誕生日解釈だと7/5の出来事としても読めるかな。(余談ですが初読でこの歌この本の最後の歌だったんかい!?ってなりましたね。有名な、そして幸せな歌だったから……。この本のラストで読むとちょっとイメージ変わりますね)


おわりに

ふわっふわの解釈ですみません。マシュマロみたいにふわっふわしてますね。思考もあっちいったりこっちいったりで……。すみません。最初に書いた通り、このnoteはこの作品で何が起こったか分からないけど分かりたいという思いで解釈をいくつか出してみて、みなさんどう思います?と問いかけるものです。答えはみなさんの心の中に……。あ、心の中だけに留めず私に教えてくださるとめちゃうれしいですよろしくお願いします。
このnote書くにあたって本を何周もしましたけど、いやーほんとに素晴らしい本!作者である木下龍也さん、岡野大嗣さんにあらためて感謝したい!素晴らしい短歌、素晴らしい本を生み出してくださってありがとうございます!!触れてなかったけど装丁もめちゃくちゃおしゃれ!カバーがレースカーテンに見える。すごい……。美しい……。
これからもこの本を読んで考えていきたいと思います。来年の7月、日付通りに読むのが今から楽しみだ……!

長い文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


ちなみにこの本の誕生日(奥付日)の2018年1月7日って木下さんと岡野さんの真ん中バースデーなんですって。ひええ……こだわりがすごい……。

せっかく作ったので自作資料載せて終わりにします。

重要そうなところ抜き出したやつ
木下の二人称の歌
家庭環境と病気説
ざっくりチャート


追記
よろしければこの記事の続編の記事もどうぞー。

現時点(22年12月)での「玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ」の解釈

『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』を日付通りに読んで思ったこと


『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』について書いた記事のまとめのマガジンはこちら。

『玄関~』についての記事まとめ


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