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振り幅の広い短編集

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1ページ完結の短編をまとめました。
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2020年4月の記事一覧

次に別れるときは「またな」って言うよ #原稿用紙二枚分の感覚

次に別れるときは「またな」って言うよ #原稿用紙二枚分の感覚

くすんだ緑色のフェンスの前に、千代紙の花で飾り付けられた看板が立っている。「卒業おめでとう」と手書きされた文字は、少し歪んで右に逸れていた。

後輩が書いたんだよ、と遥香が話す。そうなんだ、と返事をして、僕は着古した学ランの横で左手をぶらぶらさせていた。

学校裏の細道に並ぶ桜の木は、まだ満開になりきらないのに、はらりはらりと花弁を手離していた。くすんだカルピス色の空に、渦を巻いた風が薄紅

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【短編】幸せは夜とコンビニご飯の間に。

【短編】幸せは夜とコンビニご飯の間に。

「遅くなっちゃったし、今日はコンビニご飯にしよっか」

彼がそう言って上着を着ていた。季節は春、しかし外は肌を刺すような寒さで、買ったばかりの春コートは活躍する場を失いつつあった。

わたしも彼にならって上着を羽織り、スマホ1つだけ持って家を出る。

今は電子決済サービス戦国時代、カードがたんまり入ったお財布を持ち歩かなくても買い物ができる。便利な時代だ。

彼と繋いだのとは反対の手をポケットに突

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【短編】女達の戦い、時々ブロッコリー #同じテーマで小説を書こう

【短編】女達の戦い、時々ブロッコリー #同じテーマで小説を書こう

僕の彼女は、スーパーモデルだ。

しがない一般人が何を言う、気でも狂ったのかと思われるかもしれないが、本当のことだから仕方がない。それに僕はスーパーモデルと付き合ったのではなく、彼女がスーパーモデルになったという順番なので、誤解のないように。

しかし彼女が世界に羽ばたくまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。先々に立ちはだかる羨望、嫉妬、足の引っ張り合い。そして行く手を阻む、ブロッコリー。

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【短編】売れない画家の青

【短編】売れない画家の青

両の手に鮮やかな原色の絵の具をぶちまけた姿は、さながらエイリアンのようだと時折思う。特に指先から甲にまで流れ落ちた彩度の高い緑は、地球外生命体の血液のようで気色が悪かった。絵を描いていると精神的にも不安定になりやすいので、幾度も鬱々とした気分を繰り返す。なんとも因果な職業だ。

それでも生業に選んだのは、幼い頃の記憶が今でも色濃く残っているせいだろう。共働きの両親が休日出勤のときは大抵祖母の家でお

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