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グラント先生【短編小説】#学校#教育#先生

グラント先生
 ある中学校に、グラントという先生がいました。グラント先生は1年C組の担任でした。1年生の先生をまとめる役も背負っていました。彼女はとてもきびしい先生でした。生徒が一分、いや一秒でも朝の会におくれたり、給食当番がちょっとおしゃべりしたり、音楽の授業で大きな声で歌わなかったりすると、全員の前でしかりつけました。しかられた生徒は、作文を書かされ、二度と「悪い」ことをしないように反省しなければならないのです。
 しかし、C組にひとり、けっして作文を書こうとしない女の子がいました。名前はメイといいます。その子は毎日のように遅刻してきますが、いつも平気な顔をしています。今日も、彼女は朝の会のとちゅうでのこのこやってきました。グラント先生は「またあなたですか!」と言ったりして、目くじらを立てました。
 「だって、あたし、悪くないもの」
 メイは、おきまりのせりふを吐きました。いくにんかの生徒がくすくす笑いました。グラント先生はこめかみに血管を浮き立たせ、
 「いいえ。悪いです。なぜならあなたは、みんなにめいわくをかけているのよ。なんでそんなあたりまえのこともわからないの?」
 と言いました。メイが生徒のほうを見ても、めいわくそうな顔をしている人はひとりもいませんでした。それからメイは冷たい目でグラント先生を見て、席につきました。
 「なんとか言いなさいよ、メイさん」
 それでもメイがむしし続けると、先生は、あとでわたしのところに来なさいと言いました。
 
 帰りの会の前に、メイは呼び出され、黒板の前で、もちろんみんなが見ている中でグラント先生に叱られました。しかしメイは、そんなことにはなれていました。彼女は黒板の横に貼ってあるプリントを横目で見ていました。そこには、
 「今週の標語:自立した行動をこころがけましょう」
 とありました。
 「グラント先生」
 メイはとつぜん口を開きました。
 「なんです?話のとちゅうに」
 「先生があたしを怒るのは、あたしが自立してないと思っているからですか?」
 「ええ、あなた一人では規則を守れないしね。自立なんかしているように思えないわ。わたしがこうして注意してやらないと」
 「規則ってなんのためにあるんですか?あたし規則は嫌いだし、それを守れって口すっぱく言ってくるグラント先生も嫌いです」
 生徒があきれたように笑いました。グラント先生は眉をつりあげました。メイはつづけます。
 「それにあたしをしかって、一度でも反省したことがありますか?ぜんぜんしてないじゃないですか。しかったって、意味ないじゃない」
 「そんなのあなただけよ。ふつうの子はちゃんと先生の言うことをきくわ。そして誰にも言われなくても規則を守るようになる。注意されなくたってね」
 「ふつうの子ってだれ?たとえば」
 「不毛なぎろんはやめましょう。だいたいあなたはね……」
 メイはもう聞いてはいませんでした。帰りの会が終わると、友達のジェニーがいっしょに帰ろうと言いました。
 二人は学校を出ました。青い空に雲がぽこぽこ浮かんで、流れていました。
 「また怒られてたね」
 ジェニーはこまったようにほほえんで言いました。メイはつぶやきました。
 「ねえ、ふつうってなんだと思う?」
 「うーん、ふつう、かあ」
 ジェニーはかおをしかめました。なんてむずかしい話だろう。しばらくしてジェニーは言いました。
 「わたしは自分のことふつうだと思う」
 「なんで?」
 メイはたずねました。
 「だって、わたしなら先生にしかられたとき、言うことをきいちゃうもん。反省文だって書くよ」
 「ジェニーはまじめなんだね、ほんと。でも、おんなじ人間なのに、なんであんな、ただのおばさんの言うことをきかなくちゃいけないの!?おかしいよ!」
 ジェニーはしーっと言って、ひとさしゆびをくちびるに当てました。それから、はっとして、
 「わたしはあなたみたいに、大きな声でおかしいって言えないし、そもそも思いもしないわ。こういうところが、ふつうってことなのかも」
 と言いました。メイは、どうしてあたしはふつうになれないんだろうと思いました。

 次の日もメイは遅刻して来ました。しかし、教室に入ってもジェニーのすがたがありません。グラント先生と生徒がこちらをいっせいに見ました。
 「まあた、あなた!いいかげんに…」
 「グラント先生、ジェニーは?」
 「ジェニーさんも遅刻のようよ。まったく、中学生になったという自覚があるのかしら」
 「ジェニーは、遅刻なんてするような子じゃない。先生、ジェニーはしからないであげて」
 ジェニーはほんとうにまじめでいいこなのです。しかられたことなど一度もありません。
 「そういうわけにはいきません。だってきまりをやぶったのですから、ちゃんと注意してあげないと」
 「なにが、注意してあげないと、だよ」と言いたくなるのを、メイはのみこみました。そんなこと言ったら、ますますしかられるだけだからです。正直、これ以上しかられることはめんどうくさかったのです。
 一時間目が始まりました。メイはジェニーのことが心配でしかたありません。
 (ジェニーはいったいどうしたのかしら。きっとじじょうがあったにちがいない)
 休み時間になると、ジェニーがあわてたようすで教室のうしろのドアからころがりこんできました。
 「ジェニー!」
 メイはジェニーに飛びつこうとしました。しかし、ジェニーの背後でいやな気配を感じ、あとずさりました。グラント先生です。
 「はいはい、みんな、席について!」
 グラント先生は手をたたいて、生徒みんなに言いました。生徒はがたがたと席にもどっていきました。
 グラント先生はジェニーだけを黒板の前に立たせて、向き合いました。ジェニーは震えています。メイはグラント先生の行動にあきれて「うそでしょ」と言いました。
 「はい、今からちこくしたジェニーさんに、みんなの前で反省のことばを言ってもらいます。では、まずちこくした理由からどうぞ」
 グラント先生の声は鉄のかたまりのようにひややかでした。
 「えっと、その、その……わたし、ただ、夜おそくまで勉強していて、ねぼうしちゃっただけなんです、あの」
 ジェニーは泣き出してしまいました。メイは、ジェニーがごめんなさいと言わないでと願っていました。ジェニーはめいわくなんてかけてない。なにも悪くないんだから!
 「泣いてないで、はっきりしゃべりなさいよ」
 ジェニーはがたがた震えて、顔がまっさおでした。そしてついに、
 「ごめ……」
 と、言いかけました。メイはがまんできませんでした。いすがひっくり返るほどのいきおいで立ち上がって、黒板の前までつかつか歩いていって、先生をつきとばしました。先生はよろめき、黒板にぶつかりました。
 「なにするの!?メイさ…」
 「おまえがぜんぶ悪いんだッ!ジェニーを見てよ。こんなに震えて、かわいそうだと思わないの?あやまってよ、ジェニーに!これが、あんたらの言う、教育のすがたなの?」
 「メ、メイちゃん……わたしは平気」
 「学校なんか、だいきらいだ!」
 メイは教室をとびだしました。ジェニーはおどろきのあまり、震えがおさまって、顔色はこんどは赤くなっていました。

 それから、グラント先生はしばらく生徒を教室でしかることをやめました。反省文もなくなりました。メイが学校に来なくなったのを、自分のせいだと思っていたのでしょう。メイは、ジェニーがいくら家のベルをならして呼んでも、返事をしませんでした。
 そんなある日、ジェニーは思いつきました。グラント先生がいっしょにあやまりにいけば、メイはもどってくるのではないか。グラント先生に言うと、いい考えねと言ってくれました。ねんのためグラント先生は手紙を書きました。ふたりは放課後、メイの家に歩いていきました。
 メイの家のドアを開けたのはメイのははおやでした。
 「メイちゃんは?」
 ジェニーがききました。
 「今は寝てるわ。ごめんなさいね」
 「そうですか、ざんねんです」グラント先生は言いました。「これ、渡しておいてくれるかしら」
 「あら、手紙?」
 「ええ、グラントからと言ってくださると」
 「グラント先生?あなた」
 メイの母親はグラント先生という名をきくと、先生を少しにらみつけました。
 「もうしわけないことをしました。むすめさんがまた学校に来れるよう願っています」
 「ずいぶん、ひとごとみたいに言うのね。まあいいわ」
 母親は手紙を受け取るとドアをばたんと閉めてしまいました。ふたりは目をみあわせ、ためいきをつきました。
 「これで、よかったのかしら」
 
 メイがベッドに横になりながら天井を見つめていると、メイの部屋のドアをこんこんとたたく音がしたので、メイは「はーい」と言いました。メイの母親が部屋に入って、ベッドに座りました。
 「手紙?」
 メイは目をみひらきました。
 「ええ、グラント先生からよ」
 「グラント先生が?」
 「今、読んでくれる?わたしも気になるわ」
 メイは手紙のふうとうを開け、読み始めました。
 「メイさんへ。このまえ、あなたにつきとばされ、学校に来なくなったときから、わたしは自分の考えをあらためなければならないのではとはじめて気づきました。つまり、悪いと思っていたことが、たいしたことないのだということ、また、たいしたことないと思っていたことが、いがいと大切なことであると知ったのです。こどものほうが先に気づいているなんて、おとなって信用できないものですね。わたしは、まずジェニーさんに、恥をかかせてしまったことを、こころのそこからあやまりました。彼女はせんさいで、まじめで、ぶきようです。そんなジェニーさんを、あんなふうにみんなの前に立たせてしゃべらせるというのは、まるでごうもんですね。わたしは最低です。それから、他の組の先生たちに、生徒をしかることをやめるように伝えました。校長先生には、メイさんのことを伝え、生徒をしばる規律をゆるめてはどうかとだんぱんし、ゆるしを得ているところです。もっとも大切な生徒がいなくなっては、口が悪いですが、規律もくそもありません。だから、戻ってきてください。ジェニーさんとわたし、それからクラスのみんなは英雄のあなたのことを心待ちにしています。グラントより」
 
 次の日、教室はにぎやかでした。一時間目にメイが、ドアを大きな音をたてて開けて、教室に入ってきました。生徒はみな振り向きました。メイはどなりました。
 「おくれました」
 グラント先生が教室の前に立って、メイを見て、ほほえみ、うなずきました。その顔を見て、メイのこころには、ふしぎと、あやまる気持ちがわいてきました。
 「みなさん、おくれてごめんなさい!あと、グラント先生、こないだはつきとばしてごめんなさい!」
 生徒は「気にしないで」と言って、笑いました。グラント先生も笑っていました。

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