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パン屋日記 #2 飛べないカラス

パン屋の前のベンチに、
一匹のカラスがいました。

けがをしているのでしょうか
飛ぼうとしては落ち、
飛ぼうとしては落ちを繰り返しています。

わたしが外に出て近づくと、
声を出さずにカァーと

口をめいっぱい、縦に開いて威嚇します。

カァー
コラァー

とカラスに威嚇され続けながら困っていると、

自転車で通りかかったお兄さんが、

「M町に保護センターがありますよ」

と教えてくれました。

「僕も今日、スズメのヒナを拾ったんです」

そう言って、パンまで買って帰ってくれました。

またある時は、パートの林さんが

「iccaちゃん。あのおばあちゃん、
 タクシーがつかまらないみたいなの」

と言いに来ました。

パン屋の前におばあちゃんが一人
柱に寄りかかるようにして立っています。

どうやらタクシーに乗りたいようなのですが、
なかなかつかまりません。

「にこにこタクシーでよければ
 うちで呼びますよ。
 そうお声がけしてきてください」

林さんは、
おばあちゃんのところへ向かいました。

「タクシー、呼びましょうか?」

『え?』

「タ・ク・シー、呼・び・ま・しょ・う・かー?」

『ええ?』

いつまでたっても戻ってこないので
様子を見に行くと、

林さんがおばあちゃんの隣で
腰に手を当て、道路に目を凝らしています。

「タクシー呼びましょうか、
 って言ったんだけど……」

林さんは言いました。

「それはお金がかかる? と聞かれて。
 かかりませんよ、と言ったんだけど
 うまく伝わらなくて、
 もう、一緒に待つことにした」

そうして林さんは、辛抱強く道路に目を凝らし
タクシーをつかまえておばあちゃんを乗せ、
手を振ってお見送りしたのでした。

飛べないカラスを見守ること。

おばあちゃんのタクシーをつかまえること。

それはパン屋の仕事かと問われれば

そうそう、そういうこともまた

町のパン屋さんの仕事なのだと思います。

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