小説と手記
2024/01/06
年が明けてから気持ちの良い天気が続いている。
と、私自身が感じているのは何かの勘違いかも知れない。
というのも、3日の夕方ごろにパニックを起こし、それから、過集中状態と薬の混沌の中で、今日まで過ごした結果、正直、二日間、ひたすら映画を見ていたという事以外、かなり記憶が曖昧というか、一つ一つ、覚えているようで、それぞれの時間の感覚が麻痺しているような、そんな状態が続いていたから。
今日はある程度、気分が安定し、特別に幸福なわけでも、かと言って、特別に不幸な訳でもなく、年末から続けてきた「企ての日常」に戻ってきた。
とはいえ、この「日常」もまだ「仮初」ではあるのだけれど。
理想を追求する時、ある時点では人生は仮設だらけになる。
工事現場の足場のようなもので、建物の形をとっているが、建物ではない。
今の生活も生活の形をとっているが、まだ永続的に続く回転する生活ではない。
ただし、仮設がなければ本設もない。
物事とはそういう側面も持っている。
手記
私は本当の話を書こうと思う。
本当の事というのは、何か、強烈な独白や隠された真実や目的の事ではなく、「フィクションではない」という意味において、「本当の事」を書こうという意味である。
というのも、今年2024年の生活のスタートは「小説家」として幕を開ける事になったからである。
今、私は複数の短編と二篇の長編を描こうと思っている。
本当でない事を小説の中で書くので、本当の事を書く場所も必要であろう、と考えて、私は「手記」=[essay]という枠組みを設けておきたい。
妄想と現実の間を自由に行き来できる作家生活は上手くいけば、私にとって、とても希望に溢れるものであるように思える。
小説
小説に関しては人生で初めての長編を残しておこうと思っている。
長編とはいえ、せいぜい300ページ程度の物語である。
一つは『集合写真』もう一つは『馬乃骨倶楽部』というタイトルで描こうと思っている。
他にもいくつかの短編を書く事になるだろうと思う。
私の性格的なモノを考えると、恐らく、長編は一気に描き上げざるを得ないだろうから、充分に環境を整えて挑む。
手記[V-log essay]
もう一つの手記の形についても考えがある。
これは既に実行されかかっているYouTubeコンテンツのプログラムである。
生活の記録に言葉を書き加えて映像作品とする。
音楽制作も絡めながら、私はそれは作りたいと願っている。
もっと自分の本心を描く為に可能性を広げる為に焦らず、だけど、確実に今年は「描く事」に取り組んでいきたい。
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