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【2000字のドラマ】この、どうしようもない三角関係。

まるさわの場合

社会人になるまでに、あと何回こうやって飲めるだろう。
レモンサワーの入ったジョッキを傾けて、その縁ごしに向かい側を眺めながら、そんなことを考えた。

視線の先には、2人の男性。
私たち3人は、小学校からの幼なじみだ。中学も同じ、高校も一緒。
大学になって初めて進路が分かれたが、それでも時々こうして集まっている。
今回は私の就職祝い。菱川は大学院に進み、浪人した三角は1学年下なので、私だけ一足先にモラトリアムから放り出される。

その前に、そろそろ彼氏ほしいな。
唐突にそんなことを思った。

私は今のところ、というかこの数年、恋人がいない。
菱川みたいなのが彼氏だったら、と半ば酔いがまわり始めた頭でぼんやり考える。
うん、楽しそう。

成績よし、スポーツよし、目もぱっちりしててイケメンの域に入るのではないかと思う。私は塩顔が好みなんだけど。
今はどうかわからないが、それなりに彼女も作ったと聞いた。
私は私で好きな人もできたし、食事に誘われたこともあったけど、どの人とも付き合うまでには至らなかった。

で、上手くいかなかったときに思い浮かぶのは、なぜかいつも菱川の顔だった。まあ、「私は塩顔が好き」なんて言って、ごまかそうとするくらいには惹かれてるのかもしれない。
でも、幼なじみのレッテルもあって、いまさらどうこうしたい気分にもなれないし、そもそも脈がありそうにない。

私のこと、異性として見てるのかすら怪しいな。
正面に座って楽しげに話している菱川の顔を見て、一人苦笑いした。

「俺、追加で注文するけど、なんかいる?」
三角が私の方を向いて、メニュー表を手に取った。
「あー、じゃあ焼き鳥、もう1本頼もうかな」
三角はよく気が利く。硬派だし、女子に好かれそうな気もするが、そういえば恋人の影を見たことがない。
いやいや、他人の心配より、自分のこと考えなきゃ。
また苦笑いを浮かべて、レモンサワーを飲み干した。
溶けた氷が、カランと音を立てた。

ひしかわの場合

「俺、追加で注文するけど、なんかいる?」
あ、話題逸れちゃった。せっかく三角を独り占めできてたのにな。
丸澤の方にメニューを広げる横顔を見ながら、ちょっと不貞腐れてビールを飲んだ。
こんなんでヘソ曲げるなよ、と自分にツッコミたいところだが、そうなるのも仕方がない。
だって、三角、丸澤のこと好きなんだから。
んでもって俺、三角のこと好きなんだから。

この気持ちに気づいたのは、割と最近。自分で言うのは気が引けるのだが、俺は大抵のことは、そつなくこなせるタイプだ。
だから、まあ普通にモテるし、普通に告白もされた。
何人か女の子と付き合ってみたけど、終わりはいつも一緒。
「私のこと、本当に好きなのかわからない」
で、気づいた。俺、恋愛対象違うんじゃね?

そこから、三角のことが好きだと自覚するまで、そう時間はかからなかった。
真面目だし、包容力あるし、優しい。何年一緒にいても変わらない優しさ
に、惹かれない方が無理だ。

俺、知ってんだよ。三角が女子に告白されてること。それ全部断ってること。だって、三角はあいつが好きなんだよな、俺の正面に座る丸澤が。

いつも「飲み会しよ~」って連絡送ってくるのは丸澤で、俺は「三角が行くなら行く」って返す。
三角は丸澤と2人になりたいんだろうけど、やっぱり優しいから「3人で行こう」と返す。勇気がないの間違いかな。
怖いんだと思う。この3人の関係が崩れるのが。だから、俺も後押ししないし、妨害もしない。
ずるいよな、わかってるよ。俺も臆病なだけ。
自分の気持ちは言えないし、言うつもりもない。
だから、このぬるい関係に浸かって、少しでも他のやつらからマウント取ろうとあがいてるだけ。

てか、丸澤も気づいてやれよ。「彼氏ほしい」って騒ぐわりに全然周り見えてないんだから。それ聞くときの三角の顔、見てらんねぇよ。
はは、ダサ。全員、臆病と鈍感のオンパレードだな。
苦笑いして、ビールを飲み干した。
ジョッキから水滴が、パタリと膝に落ちた。

みすみの場合

「あー、じゃあ焼き鳥、もう1本頼もうかな」
はす向かいに座る、酔いがまわって赤くなった顔を見て、すぐに視線をそらした。
自然に声、かけられたよな?
丸澤といると、調子が狂う。

俺は、丸澤が好きだ。もう何年片思いしているかわからない。
俺がまったく手応えのない闘いをしている間に、俺のことを好いてくれる子も何人か現れた。
でも、全部丁重にお断りした。丸澤じゃないと意味ないから。

でも、丸澤は俺じゃなくてもいいみたい。
彼氏ほしいって食事に行ったりして、「やっぱ違った~」なんて言いながら、へらりと笑って今日みたいに酒を飲む。
「みんなさ、ロングの巻き髪の女の子が好きって言うの。ベタだよねぇ。そんなの変わり映えしなくてつまんないじゃん!」
そう言って、いつもショートにしている丸澤。
俺はさ、ショートの女の子好きだよ。
なんて言えたことないけど。

断られるのが怖くて、遊びの誘いもできない。
だから、送られてくる飲み会の連絡に甘んじて乗っかる。その繰り返し。
でも、なんで菱川まで「三角が行くなら行く」なんて言うんだろう。
まあ、ありがたいけどさ。そのおかげで俺の席ができるんだから。

丸澤は、一足先に社会人になる。社会に出たら、それこそ誰に取られるかわからない。そうなる前に行動しなきゃ。
頭ではわかってるんだけどね。

4月になったら、このぬるい関係も変わっていくのだろうか。
俺はまだ、変える勇気が出ない。
ほんと、どうしようもない臆病者だよな。
苦笑いして、芋焼酎を飲み干した。
垂れた一滴が、スッとグラスの上を滑った。

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