デカルト=オカルト?

 デカルトの『方法序説』で最も印象的なのは、「我思う故に我あり」ではなく「悪霊」だ。確かなものに思える数式や論理も、悪霊が見せる幻かもしれない、という話である。なかなかオカルトな主張だ。
 しかし、立ち止まって考えてみると、これはつまり「その存在が証明できないからといって、それが存在しないとは限らない」ということだ。こうして見ると、至極まっとうな科学的かつ合理的主張ではないか。
 以上のことをデカルトから学んだ筆者は、幽霊や神、死後の世界などの存在を一切否定しなくなった。もちろん、経験的に「ありそう、なさそう」という主観は否めない。ここに、大陸合理論と経験論がせめぎ合っているのであった。

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