Hunter Mikio

ネイティブ・アメリカンの一員として認められたいと本気で夢見ている男の修行の記録。 狩猟…

Hunter Mikio

ネイティブ・アメリカンの一員として認められたいと本気で夢見ている男の修行の記録。 狩猟(主にエゾシカやヒグマの単独忍び銃猟)を通じ、命と向き合う日々を綴る。 黒田未来雄 1972年 東京生まれ

最近の記事

変容する山

「あなたが知っている山を教えてください」   と聞かれたら、どう答えるだろう。 富士山、高尾山、比叡山、阿蘇山。 山の名前を答えるのではないだろうか。 大いなる大地の隆起である山。 その属性の第一番目は、なんと言っても名前だと思われる。 個々によって思い浮かべる山容や情景は違えども、 人はまず、名前によって山を個体識別する。   では二番目に重要な情報は何かというと、 やはり標高ではないだろうか。 富士山といえば日本最高峰。 標高が3,776メートルであることを誦じている人も

    • 不良牧師

          まだ、熱い鼓動を、温かな余韻を、体の芯に感じている。 9月27日、名古屋レジェンドホール。 「不良牧師」として知られるアーサー・ホーランドさんの誕生日イベントで ご本人と対談させていただいた。   キリストのことを「魂のロッカー」と呼び、 自らも全身にタトゥを入れ、ハーレーを乗り回す。 およそ一般的な牧師のイメージからはかけ離れている。   重さ40キロにもなる十字架を担いで 日本を縦断したり、アメリカを横断したりしてきたが、 今度はエルサレムから日本までを歩くとい

      • ある作家の死

            ポケットの携帯電話が、大音量で鳴り出したのは 台所の壁にコンセント用の穴を開け終わった時だった。   北海道移住に向け、築50年の家のリフォームを続けているが 作業は思うように捗っていない。 引越しまでは、もう1ヶ月を切っている。 忙しいので無視しようかとも思ったが、 念の為と思って着信を確認すると、 90歳の父、黒田隆が入所している 東京の特別養護老人ホーム(特養)の ケアマネージャーさんからだった。   彼からは、前の週にも電話をいただ

        • Review 2022-23

          そのバーを見つけたのは、まだ猟期が始まる前。 東京に引越して半年程が経ったある夜の遅くに、 犬の散歩をしている時のことだった。 暗い路地に、ぼんやりとした温かい灯りが 浮き上がって見える。 エントランスにはピンク色のブタの置物が鎮座し、 その首から 「ワンちゃんは人間より歓迎です」 と書かれた看板がぶら下がっていた。 大きなガラス越しに、店内を覗き込む。 オーナーの女性と、バーテンダーは若い男性。 私と犬の存在に気付き、 にこやかに手を振りながら迎えて

        変容する山

          ナマケモノという名の賢者

            ナマケモノ、という生きものがいる。 動きは極めてゆっくりだ。 天敵に見つかったら最後、逃げることはできない。 1日数グラムの葉を食べるだけの日々。 あまりにノロマなので、 全身にコケが生えはじめ、 哺乳類であるにもかかわらず、 徐々に緑色になってゆく。 一見、ナマケモノには何の生産性もない。 そんな動物の名を、自らに冠した思想家がいる。 “ナマケモノ教授”を名乗る辻信一先生だ。 “スローライフ”という生き方を日本に紹介し、 南米アンデスに伝わる、短くも深い

          ナマケモノという名の賢者

          オーロラの温もり

            その老女は、毎日のようにキースの家にやってくる。 目つきは鋭く、少ししかめ面をしていることが多い。 おいそれと話しかけることができない空気を纏っている。 名前はベッシー。 キースの奥さんのドナは、 彼女に食事を振る舞い、 ビールも自由に飲ませている。 ベッシーは毎日、 当然のようにそのもてなしを受けている。 ベッシーはキースの母親の従兄弟だ。 年齢は76歳。 ひ孫が女の子だけで5人いて、 もうすぐやしゃごも生まれるそうだ。 クリンギット名はグーツ・ドゥティーン。

          オーロラの温もり

          Days on the trapline

            2月頭の北緯60°。 厳冬のユーコンでは全てが凍りつく。 この時期は、銃猟には適していない。 猟師は皆、最上級の冬毛を纏った動物たちを 罠で捕える。   罠猟には、トラップラインと呼ばれるルートが必要だ。 ルート上にいくつもの罠を仕掛け、 それをスノーモービルなどで見回る。 トラップラインはそれぞれの猟師に付与されていて、 他人のそれに罠を仕掛けることは許されない。   キースもいくつかのトラップラインを持っていて、 一番近いものは、家の裏庭に

          Days on the trapline

          ある若者の死

          「アーロンが死んだ」 知り合いからの速報に、凍りついた。 メールが来たのは、久しぶりのカナダ訪問のため、 自宅を出ようとしていた僅か4時間前のことだった。 アーロンは35歳。 私の師匠であるキースの息子だ。 10代の頃から知っていて、一緒にトーテムポールを彫ったり、 バーベキューをしたり、たくさんの思い出がある。 その後すぐ、 「実は刺し殺された」という追加情報が入ってきた。 私は混乱に陥った。 もはや私の第二の故郷である、ユーコン。 毎年のように訪れ

          ある若者の死

          長き夜の果てに

          三つの、新しい出会いがあった。 永年憧れていた楽曲と楽器、そして新しい演奏家だ。 人生を共に過ごしていきたい曲、というものがある。 喜びの時、悲しみの時、 その時々の気持ちに応じ、励まし、慰めてくれる。 ありのままの自分を受け入れ浄化してくれる、 まるで心地良い自然の情景のような存在。 バッハの「ゴルトベルク変奏曲」は、 私にとって、間違いなくそうした音楽だ。 バッハはこの曲を、不眠症に悩む伯爵から、 眠れぬ夜のために穏やかで しかも気分をいくらかでも引

          長き夜の果てに

          虫めずる彦君

          虫彦、というあだ名を 彼につけたのは、いつのことだったろう。 先週、彼と山に入り鹿を追った。 これは虫彦が ほんの少しだけ、鹿彦になった日の記録だ。 平井文彦。 昆虫を中心に、超スローモーション映像を撮影するカメラマンだ。 蝶の飛翔、 カブトムシを投げ飛ばすノコギリクワガタ、 ミツバチを襲撃するオオスズメバチ。 文彦が駆使するハイスピードカメラは、 いわば時間の顕微鏡。 顕微鏡が物質を拡大することで 人間の視覚では捉えきれない構造を詳らかにするように

          虫めずる彦君

          ベートーヴェンと少年ミキオ

                2022年12月31日。 一年を締め括る大晦日に、かねてより興味をそそられていた、 「ベートーヴェン全交響曲演奏会」を聞きに行った。   演奏は13時に始まる。 ベートーヴェンの生前に最も売れたという 「ウェリントンの勝利」を前座的に演奏した後、 ベートーヴェンが残した9つの交響曲全てを 1番から順に演奏してゆく。 かの有名な第9が終わるのは23時30分で コンサートは実に10時間以上にわたる。 指揮者は一人、オーケストラのメンバーも

          ベートーヴェンと少年ミキオ

          人生最大の買物 〜後編〜

          チーフ・シアトルのスピーチを、ご存じだろうか。 === ワシントンの大首長が 土地を買いたいといってきた。 どうしたら 空が買えるというのだろう? そして 大地を。 わたしには わからない。 風の匂いや 水のきらめきを あなたはいったい どうやって買おうというのだろう? わたしは この大地の一部で 大地は わたし自身なのだ。 だから 白い人よ どうか この大地と空気を 神聖なままに しておいてほしい。 草原の花々が甘く染めた 風の香りを かぐ場

          人生最大の買物 〜後編〜

          人生最大の買物 〜前編〜

          金を稼ぎ、何かを買う。 日々の食品、飲料水。電気にガスに水道。 バッグに時計。 車と、それを走らせる為のガソリン。 人生とは、金銭をありとあらゆる物品に変換してゆく、 際限のない繰り返しとも言える。 そして“人生最大の買物は何だったか?”と聞かれたら、 大概の人が“家”と答えるだろう。 私自身も、答えは同じで、 10年ほど前に東京の副都心に 新築のマンションを購入した。 ローンはまだ、たんまりと20年以上残っている。 完済する頃にはもう老人で、 最後

          人生最大の買物 〜前編〜

          一周忌

          今日は、2022年10月16日。 三頭の親子熊が旅立った日、別の言い方をすれば、 無理矢理に私がこの世から消し去った日から、 一年が経ったのだ。 部屋に祭壇を作った。 宝物にしている、三頭分の毛皮と、 母熊の頭骨を飾る。 ヒグマと同様に、丁度一年近く前に採った ヤマブドウで仕込んだワインをお供えする。 皮には元々、天然酵母がついているということで 皮ごと潰したブドウを絞り、果汁に少量の砂糖を加え、 一年ほど放置してみたが、見事にワインの味に仕上がっていた

          CLEAN MEAT

          「クリーン・ミート」という単語を 聞いたことはあるだろうか。 恥ずかしながら、私も最近知ったばかりである。 その名の通り、雑菌が皆無の清潔な肉であり、 動物倫理問題も綺麗に解決した肉らしい。 当初は「試験管ミート」と呼ばれていた。 つまりは家畜を殺すのではなく、 家畜から採取した組織を培養して作られた肉で、 その工程は「細胞農業」と呼ばれている。 消費者は肉を食べたいだけなのに、 肉以外の部分、つまり内臓や骨、角や蹄まで育てるのは コスト的に見て大変非効率である、という観点

          孤独

          私は独り、山を歩く。 獣を追い、奥へ奥へ。 雪は深く、背負った荷物は重い。 一歩を踏み出す度に 膝上まで足が埋まる。 急斜面を横伝いで渡ってゆく。 雪崩が起きたら一貫の終わりだ。 稜線は険しく、足場は脆い。 突風が吹くたびに肝を冷やす。 滑落して谷底で動けなくなっている 自分の姿が目に浮かぶ。 夜明けと共に歩き始め、 もう何時間経っただろう。 こんな山奥で遭難しても、 誰も気付いてはくれない。 なんと寂しいことか。 なんと孤独なことか。 なぜ私は こんな狩猟