Hunter Mikio

ネイティブ・アメリカンの一員として認められたいと本気で夢見ている男の修行の記録。 狩猟…

Hunter Mikio

ネイティブ・アメリカンの一員として認められたいと本気で夢見ている男の修行の記録。 狩猟(主にエゾシカやヒグマの単独忍び銃猟)を通じ、命と向き合う日々を綴る。 黒田未来雄 1972年 東京生まれ

最近の記事

Review 2023-24

24年と4か月。 ひとところで、よく働いたものだ。 2023年8月、長年勤めたテレビ局を辞めた。 同時に、生まれ育った東京を離れ、北海道に移住した。 狩猟採集活動を軸に置き、 執筆や講演をしながら暮らす。 2冊目の本を出版できる当てはないし、 どのメディアにも連載など持てていない。 これまでの会社員生活と違って固定収入は存在せず、 不安定極まりないが、 だからと言って一度しかない人生の短さを思うと これから最も大切なのは お金ではなく時間だ

    • 求めよ さらば与えられん

      ここ数日の、 不思議な偶然の連鎖について記しておきたい。 狩猟や駆除で捕獲した獲物の有効活用といえば やはりジビエだろう。 野山を駆け巡る野生動物の肉は滋養に富み、 とても美味しい。 しかし肉以外にも活用できる部位はある。 鹿で言えば角や毛皮だ。 角は雄にしかない。 立派なものは人気があり、 いい値段で売られているのを目にすることもある。 僕は自作のナイフのハンドルに使ったり、 革紐を編んでキーホルダーを作ったりしてきた

      • 理想と現実

        北海道に移り住んで半年が経った。 集落にハンターが引越してきたことは 多分ほとんどの人が知っているだろう。 地元の方々との関係性も徐々に深まってきた。 中でもMさんは特別な存在だ。 薪にするための木を敷地の中で切らせていただいたり、 美味しい料理を分けて下さったり、 とてもお世話になっている。 植物や野鳥など地域の自然に関する知識は 集落の中でも群を抜いていて、 本当に勉強になる。 遠くからわざわざ会いに来る人達もいる程だ。 そ

        • お転婆娘

          2023の大晦日。 日の出まではまだ2時間以上ある、朝5時過ぎ。 ベッドで一緒に寝ていた犬がムクリと起き上がり、 吠えだした。 常に鹿には反応する彼のこと。 また庭に大きな雄鹿でも入ってきたのかと 眠い目を擦り外を見る。 しかし、ぼんやりとした木々のシルエット以外、 僕の目には何も映らない。 犬は鳴き止み、 僕は再び眠りについた。 しばらくして、電話が鳴った。 老母が入所している介護老人保健施設からだった。 つい今しがた、母の心臓が止まったという。 すぐに身支度をし、施設

        Review 2023-24

          静かなる異変

          2023年もあと数日で終わりとなる年の瀬。 僕は狩猟で山に入った。 北海道での狩猟は10月1日が解禁であるにもかかわらず、 銃を持って山を歩くのは、この日が初めてだった。 狩猟採集生活に軸足を置きたいと北海道に移住したものの、 まずは自宅を居住可能な状態にするために 多くの時間と労力を費やしていたからだ。 遅々として進まないリフォーム作業だったが 12月に入ってようやくトイレが使えるようになった。 しかしドアがない。 目隠しの

          静かなる異変

          変容する山

          「あなたが知っている山を教えてください」 と聞かれたら、どう答えるだろう。 富士山、高尾山、比叡山、阿蘇山。 山の名前を答えるのではないだろうか。 大いなる大地の隆起である山。 その属性の第一番目は、なんと言っても名前だと思われる。 個々によって思い浮かべる山容や情景は違えども、 人はまず、名前によって山を個体識別する。 では二番目に重要な情報は何かというと、 やはり標高ではないだろうか。 富士山といえば日本最高峰。 標高が3,776メートルであることを誦じている人も

          変容する山

          不良牧師

          まだ、熱い鼓動を、温かな余韻を、体の芯に感じている。 9月27日、名古屋レジェンドホール。 「不良牧師」として知られるアーサー・ホーランドさんの誕生日イベントで ご本人と対談させていただいた。 キリストのことを「魂のロッカー」と呼び、 自らも全身にタトゥを入れ、ハーレーを乗り回す。 およそ一般的な牧師のイメージからはかけ離れている。 重さ40キロにもなる十字架を担いで 日本を縦断したり、アメリカを横断したりしてきたが、 今度はエルサレムから日本までを歩くとい

          ある作家の死

          ポケットの携帯電話が、大音量で鳴り出したのは 台所の壁にコンセント用の穴を開け終わった時だった。 北海道移住に向け、築50年の家のリフォームを続けているが 作業は思うように捗っていない。 引越しまでは、もう1ヶ月を切っている。 忙しいので無視しようかとも思ったが、 念の為と思って着信を確認すると、 90歳の父、黒田隆が入所している 東京の特別養護老人ホーム(特養)の ケアマネージャーさんからだった。 彼からは、前の週にも電話をいただ

          ある作家の死

          Review 2022-23

          そのバーを見つけたのは、まだ猟期が始まる前。 東京に引越して半年程が経ったある夜の遅くに、 犬の散歩をしている時のことだった。 暗い路地に、ぼんやりとした温かい灯りが 浮き上がって見える。 エントランスにはピンク色のブタの置物が鎮座し、 その首から 「ワンちゃんは人間より歓迎です」 と書かれた看板がぶら下がっていた。 大きなガラス越しに、店内を覗き込む。 オーナーの女性と、バーテンダーは若い男性。 私と犬の存在に気付き、 にこやかに手を振りながら迎えて

          Review 2022-23

          ナマケモノという名の賢者

          ナマケモノ、という生きものがいる。 動きは極めてゆっくりだ。 天敵に見つかったら最後、逃げることはできない。 1日数グラムの葉を食べるだけの日々。 あまりにノロマなので、 全身にコケが生えはじめ、 哺乳類であるにもかかわらず、 徐々に緑色になってゆく。 一見、ナマケモノには何の生産性もない。 そんな動物の名を、自らに冠した思想家がいる。 “ナマケモノ教授”を名乗る辻信一先生だ。 “スローライフ”という生き方を日本に紹介し、 南米アンデスに伝わる、短くも深い

          ナマケモノという名の賢者

          オーロラの温もり

          その老女は、毎日のようにキースの家にやってくる。 目つきは鋭く、少ししかめ面をしていることが多い。 おいそれと話しかけることができない空気を纏っている。 名前はベッシー。 キースの奥さんのドナは、 彼女に食事を振る舞い、 ビールも自由に飲ませている。 ベッシーは毎日、 当然のようにそのもてなしを受けている。 ベッシーはキースの母親の従兄弟だ。 年齢は76歳。 ひ孫が女の子だけで5人いて、 もうすぐやしゃごも生まれるそうだ。 クリンギット名はグーツ・ドゥティーン。

          オーロラの温もり

          Days on the trapline

          2月頭の北緯60°。 厳冬のユーコンでは全てが凍りつく。 この時期は、銃猟には適していない。 猟師は皆、最上級の冬毛を纏った動物たちを 罠で捕える。 罠猟には、トラップラインと呼ばれるルートが必要だ。 ルート上にいくつもの罠を仕掛け、 それをスノーモービルなどで見回る。 トラップラインはそれぞれの猟師に付与されていて、 他人のそれに罠を仕掛けることは許されない。 キースもいくつかのトラップラインを持っていて、 一番近いものは、家の裏庭に

          Days on the trapline

          ある若者の死

          「アーロンが死んだ」 知り合いからの速報に、凍りついた。 メールが来たのは、久しぶりのカナダ訪問のため、 自宅を出ようとしていた僅か4時間前のことだった。 アーロンは35歳。 私の師匠であるキースの息子だ。 10代の頃から知っていて、一緒にトーテムポールを彫ったり、 バーベキューをしたり、たくさんの思い出がある。 その後すぐ、 「実は刺し殺された」という追加情報が入ってきた。 私は混乱に陥った。 もはや私の第二の故郷である、ユーコン。 毎年のように訪れ

          ある若者の死

          長き夜の果てに

          三つの、新しい出会いがあった。 永年憧れていた楽曲と楽器、そして新しい演奏家だ。 人生を共に過ごしていきたい曲、というものがある。 喜びの時、悲しみの時、 その時々の気持ちに応じ、励まし、慰めてくれる。 ありのままの自分を受け入れ浄化してくれる、 まるで心地良い自然の情景のような存在。 バッハの「ゴルトベルク変奏曲」は、 私にとって、間違いなくそうした音楽だ。 バッハはこの曲を、不眠症に悩む伯爵から、 眠れぬ夜のために穏やかで しかも気分をいくらかでも引

          長き夜の果てに

          虫めずる彦君

          虫彦、というあだ名を 彼につけたのは、いつのことだったろう。 先週、彼と山に入り鹿を追った。 これは虫彦が ほんの少しだけ、鹿彦になった日の記録だ。 平井文彦。 昆虫を中心に、超スローモーション映像を撮影するカメラマンだ。 蝶の飛翔、 カブトムシを投げ飛ばすノコギリクワガタ、 ミツバチを襲撃するオオスズメバチ。 文彦が駆使するハイスピードカメラは、 いわば時間の顕微鏡。 顕微鏡が物質を拡大することで 人間の視覚では捉えきれない構造を詳らかにするように

          虫めずる彦君

          ベートーヴェンと少年ミキオ

          2022年12月31日。 一年を締め括る大晦日に、かねてより興味をそそられていた、 「ベートーヴェン全交響曲演奏会」を聞きに行った。 演奏は13時に始まる。 ベートーヴェンの生前に最も売れたという 「ウェリントンの勝利」を前座的に演奏した後、 ベートーヴェンが残した9つの交響曲全てを 1番から順に演奏してゆく。 かの有名な第9が終わるのは23時30分で コンサートは実に10時間以上にわたる。 指揮者は一人、オーケストラのメンバーも

          ベートーヴェンと少年ミキオ