マガジンのカバー画像

誰かに聞かせる物語

6
朗読に利用できる作品を投稿しています。全文無料で100円は差し入れ用です。ご利用の際は規約をご確認ください。 https://lit.link/humiomatsuyo
運営しているクリエイター

記事一覧

教会

教会

 教会に辿りつけない。
 彼は窓の外にぼんやり目を向けた。ホテルの窓からは石造りの街並みが見渡せる。教会の尖塔は街の真ん中に、壊れたベッドのスプリングのように突き出ていた。
 風雨にさらされた灰色の街も教会も、それなりに無骨な美しさがある。だが彼は詩心もなければ、風景を紙に写し取る指もない。代わりに彼はこの二週間ずっと歩き回っていた。
 いつか母の病院の待合室で見た雑誌の写真を思い出し、彼は有り金

もっとみる
この間、人形いらないかって言われたんです。  (全文無料)

この間、人形いらないかって言われたんです。  (全文無料)

※前半は私が実際に体験した話です。考察からは私が勝手に考えたことです。
 
 コンビニに行こうと思ったんです。私の住んでるボロアパートから坂をのんびり下りて、国道から一本外れた通りを歩いてました。晩ご飯作るのが面倒だからお弁当買って、ついでにチョコアイス食べたいな~とか思いながら。そこは一方通行で、車がまぁ朝とか夕方とかはけっこう通るんですが、それ以外はあんまり通りません。昔は賑やかだったっていう

もっとみる
新生活 (全文無料)

新生活 (全文無料)

 さて、こうして俺は桜の樹の下に座っているわけだ。
 桜の樹の下には死体が埋まっている、なんて気取ったことを言ったのはどの作家だったか、俺はてんで思い出せない。ただ、花びらがヒラヒラ落ちてくるたびに、その色の薄さにどきんとするだけだ。
 花が群れているときには色はちゃんと見えているのに、花びら一枚一枚のこの儚くて弱い感じは不思議だ。頭の上に広がる狂ったような可憐さは、地面に落ちるとただの汚れたシー

もっとみる
向日葵 (全文無料)

向日葵 (全文無料)

 向日葵の首を切るのよ、と恵子は言った。
 屈託なく太陽に顔を向けている花に向かって、ずいぶんと残酷なことを言う。陽一はそんなことを思いながら、恵子の横顔を見ていた。縁側で、恵子は絹さやの筋を取っている。ぷちん、ぷちん、という音が、セミの鳴き声に時折混じる。
 恵子は手元から顔を上げず、説明を続けていた。もっと枯れてしまうまでは、あそこに立っているままにしておいて。種ができたら、首を切って乾かすの

もっとみる
なでしこ (全文無料)

なでしこ (全文無料)

 彼女は高校時代から、なでしこのような人でした。秋の七草に数えられるなでしこ。「可憐で貞淑」。簡単に手折れそうな肩と柔らかい頬の線を、私は愛しました。綺麗に結い上げた髪の、うなじに落ちる遅れ毛が愛しく、私はよく指先でふわふわと遊んだものです。
 彼女はその美しい見た目のせいで、いつも嫌な目に合っていました。男の人に言い寄られたり、不躾な目で見られたり。都電の中でふしだらなことをされたと、目に涙を浮

もっとみる
さざんか (全文無料)

さざんか (全文無料)

 さざんか さざんか さいたみち
 恭一は振り向いた。今すれ違った女性。赤いセーターの背中が遠ざかり、垣根の向こうを曲がるところだった。黒く長い髪が名残のようにひらりと消えた。彼女は囁くように歌っていなかったか?
 懐かしい童謡だ。目の前を花びらが横切り、顔を向ける。傍らの民家の庭に赤い山茶花が。そうか、だから歌を。
 彼女は笑んでいたか? あぁそんな気がする。
 恭一は同じように笑んだ。垣根を曲

もっとみる