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この間、人形いらないかって言われたんです。  (全文無料)

※前半は私が実際に体験した話です。考察からは私が勝手に考えたことです。
 
 コンビニに行こうと思ったんです。私の住んでるボロアパートから坂をのんびり下りて、国道から一本外れた通りを歩いてました。晩ご飯作るのが面倒だからお弁当買って、ついでにチョコアイス食べたいな~とか思いながら。そこは一方通行で、車がまぁ朝とか夕方とかはけっこう通るんですが、それ以外はあんまり通りません。昔は賑やかだったっていう話なんですけど、今はほとんど店もなくて、さびれた通りです。
 で、夕方そこを歩いていた、と。そうしたら突然、知らないおじさんに「あのぅ」って声をかけられました。年はう~ん、けっこういってたかな? 60ぐらいの人でした。その人が、民家の前に立ってるんです。
 その家は、通りにふさわしい古ぼけた感じでした。2階建てで、1階は車庫と玄関になってるんです。軽自動車が入れられるぐらいのちっちゃい車庫でした。玄関もすりガラスの引き戸で、全然、今っぽくない。
 その車庫には、何か、古い戸棚とか、雑誌を束ねたのとか、よくわからないガラクタとか、雑多なものが散乱していました。家の中全体を整理して断捨離しようとしていたのかなって思います。
 そのガラクタの前、というか家の前の歩道部分に、おじさんは立っていました。なにせ狭い通りで、歩道と車道の区別は線一本で段差なし、車道も車一台分の幅です。家!人歩くとこ!車!っていうね、潔いとこなんです。
 玄関開けたら人通りっていう、なかなかにスリリングな家ではあるんですけど、とにかく、車庫がガラクタであふれているなら、一休みは必然的に通りの上になるわけです。
 おじさんは腰に手を当てて、やりかけの仕事を見積もるみたいに車庫の中を見ていたんですが、ぽてぽて歩いてきた私にふと道のわきに寄りました。私もおじさんを避けるのに、ちょっとずれました。で、なんとなく目が合いました。そしたらおじさんが「あのぅ」って声をかけてきたんです。
「はぁ」という間抜けな声で、私は答えました。全然面識はないんです。だから何か、車が来るから危ないよとか、今何時でしょうかねとか、なんかそういう質問でもされるのかなって思いました。
 そうしたら、おじさんは私の顔をまじまじ見て、それから車庫の奥を指差して言いました。
「人形、いりませんかね?」
「は??」
 まったくわからないまま、私は示された車庫の奥を見ました。奥には木でできた階段みたいなのが数段あって、家の中に入れるドアがありました。その段に、人形が座っていました。
 多分お高いんじゃないかな。目のぱっちりした西洋人形で、ブロンドの髪に青いドレスを着ていました。
 どえらいホラー展開だな、と私は思いました。
 え? このおじさん、なんで通りすがりの私に人形いりませんかとか聞いてんの? 知らない人からよく知らん人形をもらう人とかいる? ていうか、なんで何人も歩いていくのに、私の顔をしげしげ見て声をかけた?
 さっぱりわからん。わからんが、曰くの知れない西洋人形をほいほいもらって帰るほど私はアホじゃないぞ。そんなん持って帰ったら、絶対今夜から眠れないだろ。ラップ音が響いたり子供の足音がしたり、寝てる最中に目を開けたら人形が浮いてんだ、そうに決まってる。有閑倶楽部で昔勉強したし、あとなんかホラー映画の紹介的なもので見たことある。気がする。
 お目目ぱっちりの西洋人形は、じっと私を見ています。こわ……。
「いえ……別に……いりません」
 人形と目が合ったまま、私はやっとのことで答えました。なんでコンビニに弁当買いに行くだけで、こんな目にあってんの? 
 おじさんは困った顔をしました。
「あの人形、ほんとにいりませんか?」
 なんで見ず知らずの私に人形を押し付けようとしてんだよ怖いよ。あとなんで私を選んだんだよそんなに西洋人形とお友達になれそうな顔してんのかよ。
「いりませんね……」
「そうですか……」
 いやなんで受け取らない私が悪いことしてる雰囲気になってんの?!
 仕方なく、私は今までに見まくった心霊動画と怪談動画の知識を総動員して答えました。
「あの、手元に置いておくのがあれだったら、神社かお寺かどっかに持って行って相談したら……なんかお焚き上げとかお経上げたりとかしてもらえるのでは……」
「はあ、そういうもんですかね……」
「よくわかりませんけど」
「う~ん」
 この家の誰かが亡くなったのかなと私はなんとなく気づきました。このおじさんのお母さんか誰かが住んでいて、亡くなって、遺品を整理しているのかも。おじさんは別なところに住んでいて、今回、とにかくこの家を片付けなくちゃと思って作業しているのかも。
 そこまで考えて、燃やすとか、お経とか、なんかそういう穢れという扱いはしたくないのかなぁという感覚をおじさんから受け取った気がしました。
 そうだよね……心霊動画を見過ぎの私が変なのか。ごめん。でも人形は絶対受け取らないから、それだけは勘弁して。
「あの、とにかく、どうしても貰い手がいらっしゃらないようでしたら、お寺でご供養していただくのが一番早いと思いますけども」
 さっきとちょっと言い方を変えてみても、おじさんはやっぱり「う~ん」と言って人形を見つめていました。
 どうすんべと思ったけれど、私はぺこりと会釈しました。反射的におじさんも頭を下げてくれました。
 それ以上どうしようもないので、私はコンビニに向かいました。
 帰りに同じ道を通ったら、おじさんは家の中に引っ込んだのかいなくて、人形だけはガラクタの向こうでさっきと同じように座っていました。ばっちり目が合って、私は再び「こわっ」と思いながら、そそくさと帰りました。

 実は、このエピソードはこれで終わりなんです。
 でもずっと考えてるんです。友だちとも話しました。
・もし、あの人形を私が受け取ったらどうなっていただろうか。
・これを創作のネタにするとして、私が人形を受け取ってしまう状況にはどんなものが考えられるか。物語として自然な流れはどういうものか。
・おじさんはなんで私に声をかけたのか。
・あの人形には果たしてどんな曰くがあったのか。
 ちなみに、しばらくして再びその家の前を通ったら、人形はいなくなってました。ガラクタも整理されてなくなっていて、がらんとしてました。さらにその後、誰かが住み始めて、若い人なのかな? バイクがよく止まってます。ほんとに普通の家。住人と鉢合わせたこともありませんから、人形がどうなったのかを知ることもできません。

 さて。これで終わりはもったいなくて、私はやっぱりずっと考えています。貧乏性なもんで、これをなんとか創作に使えないもんかと。
 ただ、割としょうもない使い方になってしまうと思うんです。
 もし私が人形をもらい受けたら? 割と陳腐な流れじゃありません? そういう状況で人形を「やったぜ」とか持ってくる人はあんまりいないわけで、どう考えたって受け取るためには「人形に憑りついた霊に操られて……」みたいな、なんか使い古された流れしかない気がするんですよ。おじさんが操られてんのか、私が操られてんのかっていう違いはあるかもしれないけどさ、うん? 私が操られてないと受け取りませんね。
 で? 人形を連れて帰ってくる。その夜から私はうなされる。色々と変なことが起こって、周囲の人が心配し始める。人形の曰くを私か、私の友人かが調べ始める。霊障が広がったりひどくなったりする。
 え~待って。そもそも曰くなんていらなくて、お寺かどこかでお祓いしてもらえば終わるんじゃない? ホラー映画とか小説って、なんでちんたら曰くを辿ってるの? 対処法なんて結局あってもなくても変わらなくない? だって何かが来るんなら逃げられないし、祓えるなら強引に祓えばいいし。そもそも私は完全にとばっちりよね? おじさんに人形返せばよくない?
 ……物語が始まらない。
 人形だか、憑りついてる霊だかに私が恨まれるってのも変な話じゃん。恨むんなら手放したおじさんか誰か持ち主的な人を恨めばいいんであって、あら可愛いわね私と一緒に暮らしましょうって言ってくれた人を恨むなんて人形の風上にも置けないアカン子じゃないですか。風上がどっちか知らんけど。
 曰くにしたって、その人形を可愛がっていた人が年老いて死んで、とかそういうのぐらいじゃない? 有閑倶楽部も確かそんなんだった。私はなぜ有閑倶楽部にそんなに信を置いているのか……。私のお気に入りは菊正宗清四郎です。どうでもいい。
 チャッキーだってあれは殺人鬼の霊が乗り移ってたわけだし。人形そのものが意志を持つって流れの話もあるし。人形をもらい受けてロクなことにならないっていう物語は多すぎるんですよね。
 まぁなべて「太陽の下、新しいものは何ひとつない」っていうことなんですかね? うん、なんで私はこれを創作に使えないかって考えたんだ? それが一番変なんじゃないか。あと心霊動画とか怪談とか集めすぎなんだよ。道端でおじさんにいきなり「人形いりませんか」って言われたからって、すぐ心霊とか怪談に結び付けようとする姿勢がそもそも変だし。
 いや、ちょっと待って。
 おじさん、そもそもどうして通りすがりの私に「人形いりませんか」って声をかけたのかしら。他にも何人も通り過ぎて行ったのに。しげしげ私の顔を見て。私が歩いて行くのを邪魔しないように、おじさんちょっと避けてくれて。私もちょっと避けて、なんとなく目が合って……。
 帰りに人形はいたんですよね。おじさんはいなかった。
 おじさんは、いなかったんですよね。



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