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他者評価の快楽は他人軸への罠⁉「最低の状態の自分」にも価値を見出せるのが自分軸

数年前、YouTube動画のシナリオライターをしていてこんなことがあった。

僕の執筆した台本が、たまたま数十万再生を記録したのだ。

正直に記すと、僕はこのときドーパミンが分泌され、一瞬、強烈な快楽に浸っていた。

しかし快楽は継続しない。

半日もしないうちに、凪のような状態になり、もとの静かな自分に戻った。

自身が書いた台本がYouTube動画で最初に公開されたときも同じである。「自分の台本を、こんなにたくさんの人が見てくれてるんだ!」と高揚したものの、あくまでそれはひととき。その状態に慣れるとまた凪になった。

過去に有頂天になって天狗になって、急に人を見下すような嫌なヤツになり、それが原因で人生が立ち行かなくなった人を数名知っているので、思いあがらないようまめにセルフチェックをしているのかもしれないが。

人間は良くも悪くも、慣れる生き物である。

どんなことであろうと、繰り返しているうちに慣れる。

最初は新鮮に感じ興奮を覚えても、繰り返しているうちに確実に慣れてしまう。

「〇〇をしている自分には価値がある」といった、条件つきの状態が前提で自分を評価すると、この〇〇をしなくなった途端、自分に価値がないように感じるものだ。

芸能人が他人軸になりやすいのは、人から評価されることが大前提の職業だからだ。自分がやりたいことや、自分らしさよりもひたすら求められていることをこなす日々になりがちである。

僕は四十路になってから、自分がやってきたことをしっかり認めようと強く思った。

そのときに必要あったのが「これだけしっかり向き合ってきた」という実感だった。

ある精神科医の人が「どん底の状態であっても、そんな自分も悪くないとしっかり評価できるのが、本当の自己肯定感」とおっしゃっていたが、なんとなくわかる。

派手な実績よりも、自分と向き合っていかに積み上げてきたかが大事だ。

極論のように聞こえるかもしれないが、なにもない状態になったゼロの自分にさえ価値を見出せるのが本当の自己肯定感なのだろう。

自己の課題に向き合ったり、自己対話を重ねることは決して楽ではない。しかし地道にそれらを続けることで「自分から逃げなかった」という感覚は、確実に自信となる。

「有名だからすごい」「影響力があるからすごい」などは、どこかで他人軸を含んでいる。

自分軸とは、しっかり自己受容できて自己理解が進んでいる状態なのだろう。

重要なのは派手なことよりも、地味で地道なことの積み重ね。

世の中は「〇〇をするだけであなたの長年の悩みが一瞬で解消される」みたいな魔法のアイテムみたいな商品が売られているが、あれはあくまでビジネスのための謳い文句。

ガマの油売り口上とまるで同じで、一瞬気持ちよくしてくれるだけにすぎないのだ。

こういった一瞬、気分を上げてくれる謳い文句は、あなたの人生の問題の根本解決にはいたらない。

あなたを本当に変えられるのは、あなた以外にいない。

あなたが変わろうと覚悟した瞬間から、どんどん変わり出せるのだ。

結局、人生は天寿を全うするまで、ひたすら泥臭く自分に向き合い続けるものなのだから。

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