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★【分断を考える一歩目】概念萌え・界隈萌え・字面萌え/アンチ

現代社会では、ジェンダーやセクハラやブラック企業問題、環境問題などが盛んに議論されていますが、その一方で女性優遇として性の問題を嘲笑する見方、根性論・精神論、「意識高い系」を揶揄するといった対立する立場も存在します。自分たちのものの見方だけに縋っていたら、分断は大きくなる一方です。この記事では、その対立する意見は同じ概念を共有しているのたということを、「萌え」という卑近なテーマから考えていきたいと思います。

1.萌えという言葉

〇〇萌えという言葉は、〇〇推しという言葉によって置き換わったような気がします。しかしこの記事では、あえて萌えという言葉を用いていきます。
というのも、推しという言葉にはその対象に積極的に向かっていくという印象がある一方、萌えという言葉には、それに加えて、その対象を遠くから愛でるニュアンスがあるからです。正しい認識なのかはわかりませんが、推しという言葉が人口に膾炙すればするほど、推しという言葉の使用のハードルが下がり、それと同時に推しの対象も広く身近なものになっているような気がします。萌えという言葉には、2000年代初め頃の、メディアがオタクを奇妙なものとして写していた時代の毒々しさを孕んでおり、誰でも、そして誰にでも使えるものではないように思えます。例えば、会社の上司のことを推しと表現するのと、萌えと表現するのとでは、ニュアンスが異なるように思うのです。
しかしだからこそ、萌えという言葉は身近ではないものも愛でるのに用いやすいと思うので、、私は今回この言葉を使います。

なぜなら、私が書こうとしているのは、実体のないもの、概念と界隈、字面に萌えを感じる現象だからです。

2.概念と界隈

今この記事を書きながら私は紅茶を飲んでますが、「紅茶」という概念があります。飲み物だけどお酒ではない。お茶だけど緑茶ではない。レモンやミルクを入れることもある、メジャーだけどちょっとオシャレな飲み物です。

カフェで飲んでいますが、「カフェ」という概念もあります。飲食店で、コーヒーやパン、洋食、スイーツなどを提供しているところです。

しかし「n44絮處ぬ」という概念はありません。その言葉が指し示す物や事柄、世界観が設定されていません。n44絮處ぬというものは、我々が生きている社会でまだ1度も経験されていません。

この概念を共有している人々の集まりを界隈と言います。界隈とは元々地名に対して、その地名が表すエリア一帯をいう言葉です(例えば「歌舞伎町界隈」など)。
しかしネットで使われる言葉としての界隈は、「ジャンル」や「業界」、「属性」を表すことが多いです。


ですので、我々はnote界隈の人間ということであり、私はジェンダー・セクシュアリティ界隈に属していろいろ記事を書き、Twitterでは酒飲み界隈、個人としては総じて社会学界隈の人間です。Twitterにおいては特に、クラスタという言葉で言い換えることも出来るでしょう。
ジェンダーという言葉は社会的な性という意味がありますが、ジェンダーという概念の中には、男女平等の考えやバラエティ番組における近年の配慮、リベラルな雰囲気、フェミニズムといった経験が内包されています。
そしてジェンダー界隈に属しているということは、社会的な性について考える集団という抽象的なものというよりも、むしろ女性の権利、性の表現、男性の子育て、教育現場の性などについてしっかり考えていこうという、具体性を持った経験を共にしている集団という意味があります。
この点で、○○界隈という時の○○が、そのままの意味を言い表す言葉とは限りません。あくまで○○は概念なのです。

ところで、Twitterにはトイレ界隈があるのをご存知でしょうか?
公衆トイレや店舗のトイレを周っては、便器のメーカーや設置されている器具、その希少性をマニア的に探求し、写真を撮ってTwitter上やブログに載せ、また多目的トイレやオストメイト設備などのバリアフリーの観点から意見や改善策を述べたりする界隈です。また、そうした活動を大学のサークルが行う、トイレ研究会というものもあります。大阪大学のものだと、学園祭で展示をしたりするほど規模が大きいようです。
もし気になる方がいらっしゃいましたら、「#異物を落としたら即アウト」や、「恐怖のinaマーク」で検索してみてください。

さて、読者の皆様はこのトイレ界隈やトイレマニアという概念を初めて聞いたのではないでしょうか。つまり今の今まで、読者の皆様にとってトイレマニアという存在は、n44絮處ぬと同程度だったというわけです。概念を後から知るときには、必ず認知を伴います。

3.字面ー言葉との違い

ここで概念と言葉の違いや、字面について説明しておきます。
例えば「二郎系ラーメン」という言葉は、「一般的なラーメンよりも量が多く、山盛りのもやしやキャベツに分厚い豚肉が乗ったラーメンで、ニンニクなどの無料トッピングができるもの」という意味を表します。
それに対して、「二郎系ラーメン」という概念は、上記の意味を表すだけでなく、三田の本店に始まるラーメン二郎、黄色い看板を掲げた店、行列、味のブレや店の個性、インスパイア店、インターネット文化、二郎コピペといった多くの経験を内包しています。これらの経験は全て、「二郎系ラーメン」という概念で説明が出来ます。

言うなれば、概念は言葉よりもふわっとした意味、緩く柔軟なつながりがあります。そもそも「二郎系ラーメン」以外にも、「G系」など別の言葉で表すこともあるようです。
そのため、ある概念を表すのはある文字列だけ、というわけではないことに注意が必要です。逆に、その概念を表すのにどの文字列を用いるかは人それぞれ違うということです(ただし、上記の二郎系ラーメンのようにほぼ1つに収束していることも多いです)。
表す概念が大方同じであれば、どの文字列を使うかは字面の良し悪しで決められます。

鉄道に乗るのが好きで、写真を撮ったり、車両の形式や路線の歴史について調べたり、時刻表やグッズを収集したり、ただ鉄道に乗るだけの旅行をするなどする人のことを表す概念として「鉄道好き」「鉄道ファン」「鉄道マニア」「鉄道オタク」「鉄ちゃん」「鉄」「鉄オタ」などいろいろ使えます。違いは字面だけです。オタクというのが聞こえが悪いから「鉄道マニア」がいいとか、どことなくプロっぽいから「鉄道ファン」にするとか、「鉄ちゃん」だと一般人に馬鹿にされている気がするから「鉄オタ」の方がいいとか、受け取り方、印象、聞こえは文字の並び、字面が大きく左右します。

4.萌えの実態

萌えの話に戻ります。
萌えは身近ではないものを愛でるのに、推しよりも用いやすいという話をしました。アニメや漫画のキャラクターやその言動に萌えを感じるように、今まで論じてきた概念や界隈、字面にも萌えを感じることが出来ます。

Apple製品、とりわけiPhoneやMacを愛用している人の中には、Apple信者とも言われるほど熱狂的なファンがいます。


この記事でも、「Apple信者の定義ははっきりしていない」と書かれており、そのはっきりとはしないが確かに存在するApple信者の特長が記事の中で語られています。
少し引用させていただくと、「直営店「アップルストア」やわかりやすくシンプルなデザイン、コンセプトの一貫性」「クリエーターやデザイナーの人たちはMacユーザーが多い印象」「Macのほうがフォントがきれい」といったApple製品の特長は、本記事で述べてきた「概念」だと言えるでしょう。Apple製品に対して熱狂的に好感を持つことは、Appleという概念への萌え、要するに概念萌えと言えます。
そしてクリエイティブな人たちや、スターバックスのスタイリッシュな店内でコーヒー片手にMacを愛用していると思って、自分も彼ら彼女らのようなライフスタイルを送りたいと願ったならば、Mac界隈・クリエーター界隈への萌え、界隈萌えだと言えるでしょう。
そして、Apple概念を内包し、Mac界隈にいる人のことをApple信者と呼ぶよりもAppleユーザー(Macユーザー)と言った方がカッコいいと思ったならば、Appleユーザーという字面に萌えを感じていると言えます。これが字面萌えです。

別の例を出します。


環境的に、そして倫理的に食べ物を選ぶというベジタリアンという概念に萌え、
そうした人たちのもつ食への意識の高さに共感し、自分もそうなりたいと彼ら彼女らの界隈に萌え、
その先進的な取り組みから、菜食主義者という漢字五文字よりもベジタリアン、あるいはビーガンという字面(響きと言っても良いもの)に萌えるということも考えられます。なんならビーガンよりヴィーガンの方が良いという人もいるでしょう。
(なお、厳密には菜食主義者=ベジタリアン=ヴィーガンではない)

さて、ここまであえて使ってきていない言葉があります。それは「憧れ」です。概念萌えや界隈萌えは、特定の概念を持つライフスタイルへの憧れ。字面萌えは、その憧れたライフスタイルを自分のアイデンティティとする時のラベルです。
私はこの記事を通して、「憧れ」というキラキラした、それでいて漠然とした感情の中身を探ってきました。
しかしこの探究は、その「憧れ」の裏返しともいえるものも見つけることになりました。

5.萌えの裏返し

概念を認知し、好意的になることを萌え、憧れと呼びましたが、反対に、そうした概念や界隈、字面を快く思わないこともあります。

AppleのブランディングやApple製品を愛用する人の言動・特長、それこそスターバックスのスタイリッシュな店内でコーヒー片手にMacを愛用している人たちをいけすかないと思うということは、概念や界隈を蔑視しているということです。おそらくですが、Apple概念や界隈を不快に思った人が、Apple信者と呼び始めたのではないかと思います。
蔑視する概念や界隈に批判的な字面を与える、それは要するにラベリングです。積極的な横文字の使用、スタイリッシュな生活の追求とアピール、社会問題への関心の強さに対して嫌気がさし、「意識高い系」と呼ぶのも同じことではないでしょうか。

萌えはオタクの好意ですが、その反対はアンチです。
つまり、概念や界隈、字面に対して萌えを感じるのは憧れですが、蔑視するのはアンチと言えます。

まとめ

今回の理論を簡単に図字すると、以下のようになります。

経験・概念認知(好意・共感)→萌え=憧れ
↓ (敵視・批判)  
蔑視=アンチ

特定の概念・界隈・字面には、萌えのような好意的な感情が存在し、それは私たちがよく知っている「憧れ」というものです。
その一方、誰かが「憧れる」ライフスタイルには、批判的な目もあり、それは萌えの対極に位置するアンチ、つまり「蔑視」も存在します。

冒頭で、自分たちのものの見方だけに縋っていたら、分断は大きくなる一方だと申し上げました。しかし、自分たちの見方というのはあくまで見方の問題であり、その大元となる概念は同じものです。

つまり、社会の分断について考えるのであれば、対立する意見を否定するだけでなく、根本には何が存在し、相手はその根本をどのような目で見ているのかを考える必要があるのです。
この記事を通じて、その大切さを考えるきっかけになっていただければ幸いです。

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