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「元」まちに住む私が暮らしたい未来のまち #暮らしたい未来のまち

まちが、まちでなくなる未来はもうそこまで来ている。

★★★

島にもどうやら「まち」があったらしい。

「あそこにはうどん屋があってね」
「向こうに商店があって」

昔の話を聞くと、この小さな島の中にも商いの風が吹き、多数の老若男女の息が聞こえていたようだ。

ただ実際、私がこの島に移り住んできた2020年にはうどん屋も商店もなく、ふとお金が使えるのは自動販売機程度となっていた。

“みなさんの思う「暮らしたい未来のまち」の姿をとおして、「未来」にとっての「昔」にあたる「今」、この先に社会の中心となる若い世代の方々が考える「未来」のために必要なものはなにか、「今」やっておくべきことは何か、多くの人たちと一緒に考えていきたい”

今回の記事は「#暮らしたい未来のまち」というコンテストに向けて執筆している。上記は公益社団土木学会がコンテストに当たり示したメッセージだ。
私はこれを見た瞬間に、私はいま「元」まちに住んでいるんだろうなと思った。

私が暮らすのは香川県丸亀市の「さぬき広島」という離島。島民は本土へ渡る船で私を見つけると

「今日はまちで買い物か?」

と声をかけてくれる。つまり、私が暮らすこの島にはもうまちは存在しないのだ。まちの具体的な定義は私には不明だが、この「まちで買い物か」という問いかけに疑念をいただかないところをみると、私の中にももう「まち」という感覚がなくなっているのかもしれない。

となれば、島は丸亀市という大きなまちの構成要素ということになるのだろうか。
ただ案外、丸亀市民は私の暮らす島のことを認知していない。また財政的な合理性だけを追求すれば、人口10万を誇る丸亀市にとって島は目の上のたん瘤なのではないかと思えてくる。

せいぜい150人程度のこの島の人間が明日いなくなったところで丸亀市の財政に何ら影響もないだろう。
ましてや人口の90%近くが70歳以上の島なのだから、行政サービスや社会福祉にかかる財政出動を鑑みると、もはや島に人間などいない方がよほど経済的なように思う。

そのため、私の暮らす島は丸亀市という「まち」の構成要素として分相応とは言えないのかもしれない。

さて、これまで香川県の小さな島の話をしてきたが、「元」まちはこれからの10~20年で日本中で激増することだろう。中山間地域をはじめ、いわゆる便の悪いまちで暮らす住民は減り、様々なサービスが中心的なまちに集中し始める。

暮らしたい未来のまちを合言葉に、将来を展望できる「まち」は案外そう多くはないのかもしれない。
だとすれば、私が暮らしたい未来のまちというのは、まちでなくなった地域を自分の仲間として認知してくれるまちのような気がしてきた。

まちが、まちでなくなる未来はもうそこまで来ている。

ーーー

いまから急激に活気を取り戻すとは思えないので、基本的には島は時代の波にのみ込まれながら、のらりくらりこのままいくのだろうなと思っています。私自身も血気盛んにその波に対抗しようみたいな人間でもなくて。

島のような地域がなくなることに危機感を抱く人もいるし、抱かない人もいる。日本というまちにはいろんな人がいるようです。

というわけで、本日はこれにて。
ご清読ありがとうございました。

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