見出し画像

謙虚な人ほど成長する。「まずは一回受け入れる」ことの大切さ

母の言うことはよくわからなかった

子供のときは、お母さんの言うことは必要性を感じなかったり、よく理解できないな、と思うことが多かったです。

「どうしてそんなに礼儀に厳しんだろう、そこまでうるさく言う必要ある?」と思ってました。また、誰に褒められるわけでもないボランティア活動に付き合わされるのは嫌でした。(母は公共の浴場やトイレの清掃ボランティアをしていました。地元の飛騨における真冬の清掃活動in半野外は軽めの拷問です☃️)

でも今はなぜ母がそれを僕にやらせたのかが、分かります。それは、僕に大切なものを学ばせるためでした。お母さんありがとう。

上司の言うことはよくわからなかった

似た話で、社会人になったばかりの頃は、上司の言うことがあまり理解できませんでした。「え.. それ重要?」とか「そんなんする必要ある?」とか思いながら、とりあえず言われた通りにやっていました。でも後から「なるほど.. こう繋がるのか。こういう意味があるから、上司はああ言っていたのか」と納得できることが、たくさんありました。

母には子供よりも多くのものが見えているし、上司には新人よりも多くのものが見えています。子供や新人としては、相手の権威を認めて「理解はできないけど、一回それが正しいと信じてみる」という前提で望みます。子供や新人がそれを拒否するなら前に進めないし、成長したり、大きなものを手に入れるチャンスを逃します。

聖書も、よくわからないですよね

そこのあなた!聖書の内容について、「なにこれ。理解不能すぎる」と思って心のシャッターを下ろしていませんか。(突然すみませんw)

でもいいんです、それが普通です。クリスチャンでも、多分全員1度は「いやなにこれ」と思ったことあります。だから全然責めないし、当初「無理無理!ありえん」と思い、否定しまくった僕には責める資格がありません。笑
確かに、聖書には普通では理解できないことが書かれています。海パッカーン割れるとか、処女なのに妊娠するとか、ジーザス死んだのに復活するとか。

まず受け入れてみてほしい

でも、上述の子供や新人のように「理解はできないけど、一回これが正しいと信じてみる」と決めて理解しようとすると、前に進めます。そしてある時、これらの非科学的と言われることがことは、全然起こりうるとことだと理解ができます。

でもこれを理解するためには、最初に「それが正しいものである」という前提を受け入れるということが不可欠なのです。子供が母親の言うことを、新人が上司の言うことを一回信じるように。

そして、この本は人生のマニュアルであり、とんでもない愛、希望、正義、癒し、平和へ我々を導いてくれるものであるということに気がつきます。それはもう、人生のパラダイムシフトです。びっくりします。

できれば心を閉ざさないで

これから出会う聖書の考えに出会うことがあるかもしれません。その時に「なんじゃそれ、理解できん」と思うことがあると思います。そんな時は「ほうほう、そういうものか」というくらいの柔らかい気持ちで、一旦受け入れていただけると嬉しいです。「うわ、そういうの無理!」と心のシャッターを下ろしてしまうと、かなりもったいないです。

「合理的な判断に基づいて、合理的に考えることを一旦やめる」。新しいことを得るためには、そんなことも大切なんじゃないかな、と思いました。自分を低くする謙虚なアプローチで、色々吸収していきたいですね!

聖書の言葉

画像1

謙虚な子供のような者が、本当に大切なものを手に入れるということなんですね。自分を小さくできない人の機会損失は甚大です。

画像2

私が神を知らなくても、神は私のことを知っています。心まで見えており、私が発する言葉も知っている。「お天道様は見ている」なんてレベルじゃありません。

画像3

私が神を知らなくても、神は私のことを知っています。私を形作ったのは神であり、私の過去も、現在も、未来も知っておられます。


↓ よろしければ、過去に書いた記事のリンク集も覗いてみてください :)


この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?