楽しみを見つけると、はたらいていても、自然と笑顔になれる。
もともと、私はどんな環境であれ、老若男女・国籍にかかわらず、
人と会話をすることが大好きだ。
そんな私だから、大学時代を通して、
接客(ファストフード)のアルバイトで楽しく働き続けることができた。
また、結婚してから 勤めた職場の中でも、
特に 眼科、そして皮膚科医院にいた頃は
受付と診療補助として、沢山の患者さんと接し、
同じ受付・診療補助仲間と楽しく働けた。
唯一、自分自身をよくわかっていなかったのは、
新卒勤務先を決める就職活動だったと今でも思う。
私たちの代はバブル崩壊後、初めて就職氷河期に入り、かなり就職活動が難航した年。
何度も何度も落とされて、
やっと決まったのは二社。
大手百貨店、
そして、当時も今でも「就職したい会社トップ10」などに必ず入るような
誰もが知ってる有名企業。
百貨店に行っていたら。
もしかしたら私は、もっと楽しく働くことができたかもしれない。
それは正直、未だに思う。
でも、当時の私は完全に自分自身を見失った。
「あの大きな会社なら、他の会社でできないことがたくさんあるのかも!」
アニメ/漫画 「ワンピース」の主人公ルフィのように、
まるで冒険に乗り出すかのごとく、ワクワクしていた。
だが、入社後 そんな私が配属されたのは
担当営業部の会計処理を預かる経理部。
残業も、そして決算期には休日も返上でひたすらパソコンと帳簿とのにらめっこの
完全なデスクワークだった。
終わった、と思った。
☆
新人である1年目の最年少ということで、日々、
上司たち、先輩たちの細かい雑務まで投げられていた。
当時、勝手に「ほしまるちゃんボックス」と名付けられた箱があった。
他の階の、他の部署に持っていってほしい書類を皆さんから
ガンガン詰め込まれる。
「為替部にこの書類持っていって」
とポストイットが貼られた書類などなど。
わけもわからず持っていった私が、
「遅い!」
と怒鳴られることは当たり前の日々だったし、
内容もわからない書類なのに、その不備を私が叱られることも多々あった。
同じ社内だと誰が見ているかわからないから、
わざわざ隣のビルに行ってトイレで大声で泣いたことも数知れず。
残業だらけに加えて、「これも仕事だから」と上司や先輩の飲み会に連れていかれる毎日。
そうした飲み会がない日は、
同期とひたすら飲んで愚痴りながら皆で泣いていた。
「こんなはずじゃなかったよね...」
誰もがそう言う。
どこの部署に行ってもそうなのか。
就活生が入りたい会社で必ず上位に来る企業なのにね、って。
みんな心のなかではこの会社に来たことを後悔していたようだった。
もちろん私もだ。
何人もの同期が、ストレスで押し潰されそうになっていた。
☆
「ほしまる、ちょっとこっちを見てごらん」
ある日、コピー機で会議に使う資料を何十部もコピーしていると、
同じ課の先輩が近寄ってきてふとこう言った。
「ほしまる、深呼吸してみようか」
言われる通りに静かに深呼吸する。
「ちょっと部内をぐるっと見渡してごらん。面白くない?」
100人以上いる部内でみんなあくせく働いている、見慣れた様子だ。
「あの人は、ああいう姿勢であくびしてるよ。
そしてあの人は、あの姿勢でコーヒー飲んでるよね」
何が言いたいんだろう...少し呆れていると先輩はこう言った。
「ほしまる、もっと仕事を自分なりに楽しめばいいんじゃないかな?」
私はハッとした。
どんな形でも仕事を楽しむ。
先輩はそれが言いたかったんだ、と。
この会社に入ってからは無縁だと思っていたし、
楽しいと思うことさえなかった。
「ほしまるは、もっと仕事を楽しめる素質があると思うよ」
先輩はそれだけ告げて、私の分としておごってくれたコーヒーを置いて席についてしまった。
私が仕事を楽しむ...?
そんな、楽しめるわけないよな。
そんな思いで、取り終えたコピーと
先輩がおごってくれたコーヒーを持って足早に席に戻った。
☆
「ねぇ、今日のほしまるちゃんのファッション素敵。
そういうカットソーにワイドパンツって合うのね!」
数日後、出納部でたまたま一番怖いお姉さまに話しかけられた。
「このカットソー、色ちがい何色かありましたよ、しかも安いんです」
「えー!お揃い買いたいな。お店教えて?」
「いいですよー」
出納部は、入社後、いつも緊張しながら行っていた部だ。
数字が違う、だのと怒られて
こちらはいえ合ってますといって
言い合ったこともある。
でも、一番怖いお姉さまと少しずつ話すきっかけで、
余計な緊張は少なくなっていた。
出納部への用事の帰り、ふと思いが浮かぶ。
もしかしたら、無駄なことでも、
少しずつ会話を、
コミュニケーションを大切にしていけばいいんじゃないか。
そう思ったが吉日、
頼まれた書類でも私の書類でも他部署に行くときは
さりげなく、こちらから他愛ない話をしたりした。
もちろん相手の状況を見てから。
すると、どんな立場の人でも
そちらから話をふってくれたり、と
ほんの数分でも、会話をすることが多くなった。
私としても
「ただ書類の授受をするだけ」などといった事務的な意味合いだけではなくなるので、
少しずつ楽しくなっていることにきづく。
また、私は 入社後まもなくから
北海道から沖縄までの国内全支店との業務も任されていた。
それまでは、電話や社内メールで単純に
「では25日に◯◯会社からの入金よろしくお願いいたします」
とか伝達事項だけだったのだが。
「おはようございます。そちらのお天気はどうですか?」
「こんにちは。
◯◯さんお元気ですか?
最近、こんな面白かったことがあったんです」
など、天気や他愛ない話題から、本題へいくようにした。
各地域の人たちは、
天気や雑談の話では終わらず、
さらに別の世間話をしてくださる人たちも増えた。
また、ある支店の人に関しては
私が3年目の時にその地を一人で旅行した時に、
お昼を一緒に食べに連れていってくれたりもした。
まさか国内の他の支店の人とそこまで仲良くなるとはびっくりである。
しかし、ただ、馴れ合いになって親しさだけが増したわけではない。
色々と会話して、コミュニケーションが増す度に、
お互いの信頼感が増して仕事の面でもかなりやりやすくなったのだ。
「勤務中に雑談(メール)なんて」
そう眉をしかめる人が多いのは無理もない。
けれど、間違いなく、コミュニケーションの質が、他部署や各地域の支店との仕事の生産性へも影響していたのかもしれない。
☆
やがて月日は流れ、同じ会社に勤めていた恋人(現在の夫)の海外転勤が決まり、
私も結婚退職して彼の海外転勤に同行することになった。
同期なども送別会や送別ランチを設けてくれたが、
嬉しかったのは仕事で関わった営業の人たちだけでなく
いつも書類を持っていく時にお世話になっていた、出納部や為替部の人たちが個別で送別ランチを開いてくれたことだった。
食事をしながら、思い出話に花が咲く。
「ほしまるちゃん、あんたとの会話、最高に面白かったわよ。
幸せになりなさい」
お姉さま方々にそう言われて、サンドイッチを頬張りながら、泣き笑いした。
☆
ここまで書いた思い出は20数年前の話だ。
IT化が進み、ペーパーレスの時代になり、
またコロナの影響でテレワークやリモートワークで デスクワーク、と言ってもかなり現代では変化、進化した。
私が楽しんでいた、「世間話」というのも、無駄なことだというのは百も承知だ。
それでも、無駄だと思えることから生まれる楽しみややりがいもある。
そうした「無駄に思えること」からも信頼感は生まれ、生産性の高まりに繋がるだろう。
今も私はそう思っている。
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