元彼の運転する車で、小雨の中のお墓参り
関東・甲信で梅雨入り。
梅雨になると思い出すエピソードがある。
あの時、季節は梅雨を迎えていた。
その年の春に、両親と妹を一度に亡くした私は、
その頃、母方の祖父母と伯父伯母家族の暮らす家に身を寄せていた。
一人、相続やら死後の様々な手続きに追われていたからだ。
日本にいるのに、異邦人の気分だった。
というのも、当時、夫の仕事の関係で私たちは数年間南米で暮らしていたからである。
葬儀後しばらくして先に赴任先へ帰国した夫と離れている私は【一時帰国の身】。
私のことを心配して、友人が夕食やランチの席を幾度も用意してくれたが、
やはり心の底からは楽しめなかった。
「両親と妹を亡くして可愛そうなほしまるを元気付けよう」というみんなの思いが
かえってうっとうしかったのかもしれない。
それでも、心配してくれている(と思う)友だちの前では極力笑顔でいた。
涙なんてみせることはなかった。
今にして思えば、半ば、意地だったのかもしれない。
泣くもんか、と。
☆
祖父母、伯父伯母家族の家にいるときに
一番気を使ったのは電話だった。
時には国際電話をかけなければいけない。
また、国内電話でも私は手続きなどの公的でもかなり電話を使っていた。
いつも伯母はにこやかに言ってくれていたが
目の奥は笑っていなかった。
だから、なるべく国内電話も電話ボックス(公衆電話)をつかうように、改めてテレホンカードを集めたりもした。
電話のことに限らずとも、今改めて思い返しても、特に伯母に対してかなり神経をすり減らした。
電話がかかってくれば、どこの誰なのかしつこく聞いてくるし、
電話の主が男性の先輩や友だちであろうことなら、しつこくこう言った。
なんでそういう下世話な発想になるんだろうとイライラもしたし、私の行動を逐一把握してないと気が済まない伯母にも辟易していた。
まだまだ、伯母の愚痴はあるのだけれど。
とにかく、祖父母、伯父伯母家族の家での生活は息が詰まるようだった。
もちろん、心配かけまいと祖父母には語らなかったが。
☆
そんなある日のことだった。
仕事の途中で、手続きに付き添ってくれていた伯父が携帯電話を差し出す。
(※携帯電話はまだまだそこまで普及していなかったが、伯父は持っていた)
えっ、誰だろう…
伯父の厚意に甘えて、番号を知らせていたのは本当に数人だ。
すると、数秒後 もしもし、と答えていた電話の主は
私の元彼だった。
驚いた。
家族の生前…というか、
付き合っていた当時、
実家にも何度か来ていた人だった。
そのため、一応両親と妹が亡くなったことを知らせたことには知らせたことは書面で知らせたが。
どうやら共通の友人に様子を聞いていたらしい。
沈黙が少し続く。
私も何を話して良いのかわからない。
すると、彼は沈黙を破って、こう話した。
純粋に驚いた。
まさかそんなことを言ってくると思わなかったのだ。
でも次の瞬間色んな考えが渦巻いた。
かといって、元彼をお墓参りさせていいのかな?とか
お寺、遠いから場所だけ伝えればいいのかな?とか
けれど、深呼吸した私は、あえてこう言った。
おう、ありがとうと彼は言う。
日付と待ち合わせ時間場所を決めて電話を切った。
伯父にそう言うと、叔父は目を細めて微笑んだ。
案の定、それを知った伯母はギャーギャーうるさかったけれど。
祖父母はありがたいねぇ、しっかりお礼しなさいねと何度も言ってくれた。
☆
当日は小雨だった。
待ち合わせ場所に現れた元彼は、驚くような変化をしていなくて安心した。
待ち合わせ場所から、彼の車に乗る。
お寺に行く前に彼の提案でファミレスでお茶をした。
カチャカチャと音を立てるワイパーが
沈黙にリズムを刻む。
車でもファミレスでも 彼とは、特に気を遣わずに話せた。
ファミレスからお寺へ。
ファミレスでは昔のようにふざけた話をしていた彼だが
お寺についた瞬間、涙ぐんでいるのがわかった。
三人の眠るお墓に手を合わせる。
彼はどんな思いを、私の家族に伝えているのかはわからない。
お参りを済ますと彼は、照れ臭そうに言った。
だから、君は私の両親と妹に何を伝えたんだよ?と心の中でツッコミを入れながら家族のお墓を後にする。
幸いだったのは雨だ。
お参りを終えるまで、ずっと小雨で
さほど濡れずに済んだこと。
駐車場に向かうと、ぽつり、ぽつり、気づけば雨粒は大きくなってきた。
ザーツと雨足が強くなる。
慌てて車に乗り込むと、元彼も私と同じことを考えていた。
車の窓を打ち付ける雨が激しい。
それからは、お互いぽつりぽつり、近況を話していた。
幸せそうでよかった、というのは本心だった。
色んな思い出があるけれど、さすがに私が元彼に別れを告げたタイミングは酷すぎたし、
元彼を深く傷つけたことには変わりなかったから。
幸せになれよ、は本心だった。
こんな風に、別れても 家族三人のお墓参りに来てくれるほど、
本当は優しい人なのだから。
車が駅についた。
私の持つ傘に雨が打ち付ける。
もう2度と会うことはない。
だからこそ、お互い笑顔だった。
精一杯、感謝の気持ちをこめて。
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