パリで彼女と手をつないだまま、ずっと絵を見ていた、あの春
友だち、ってなんだろう。
この歳になると、尚更そう思うことが多い。
ただ、私がなんとなく思うのは
友だちとしての関係性の深さと、共に過ごした年月の長さとは必ずしも関係ないだろう、ということだ。
私の心の中の片隅にいつも必ず存在していて、
春が来ると、あの屈託ない笑顔を向ける彼女のことを、いつも思い出す。
ねぇ、麻耶(まや:仮名)。
私たち、ちょっと人とは違うところお互い沢山あったけど。
私たち、友だち...いや、親友だったよね。
少なくとも私は今でもそう思っているよ。
☆☆☆
「麻耶ってさ、素敵だよね。モデルさんみたい」
入学して間も無く、親しい仲間が麻耶の方を見て呟いた。
当時はまだ、とっくに弾けたはずのバブルの残り香や、トレンディドラマの影響があって。
皆、ロングヘアをなびなせながら
紺ブレ(ブレザー)にチノパン、とか
そんな似たような格好をしていた。
私は、というと読んでいた主に雑誌がオリーブだったこともあるし、
【皆と同じ格好】はイヤだから、古着を組み合わせたり、ただでさえ、刈り上げたショートカット、と
ちょっと周りとは違うファッションでいた。
麻耶も、うなじを思いっきり刈り上げたベリーショートだった。
だからなのかわからないけれど
多少なりともお互い、シンパシーは感じていた気がする。
なんとなくお互い、似てるんじゃないかって。
そんな麻耶と初めてまともに話したのは、あるイギリス文学の講義が終わった時だった。
次の講義へ移動しようとしていると、
麻耶が突然、話しかけてきた。
「ねぇ、ほしまるさんなら、この台詞、どう訳す?
私、先生の訳も、訳本のも納得いかないの」
びっくりした。
なんで麻耶が私に質問してくるのかもわからなかったから。
「えっと、私なら...この主人公、敬語とか抜きにしてもっと普通に訳すけどな」
ぼそっと言ってから恥ずかしくなった。
なに偉そうにいってんだ?って思われるのも怖かったし。
すると、麻耶は嬉しそうに目をくるくるさせながら私に抱きついた。
「やっぱり私の目に狂いはなかったわ!
さすがほしまる。私も同じ意見。」
びっくりした。
そこまで親しくない子から抱きつかれても、私、気にしてない。
なぜなら、私は、未だにそうだけれど
どんなに仲良くても
抱きつかれたり、手を繋がれることがとても苦手だからだ。
麻耶って不思議な子だ。
そう思った。
そしてその日を境に私たちの仲はどんどん親しくなった。
☆
麻耶とは大学内でも、大学帰りのカフェでも、色んな話をした。
お互い別のグループにはいるけれど
誰も文句をいう子はいなかったし。
アメリカが好きでイギリス文学のゼミにいた麻耶と、
イギリスが好きで、アメリカ現代文学のゼミにいた私。
講義や勉強のことはもちろん、大学生らしい 普通の、他愛ない話も沢山した。
二人して、いつもお互いのファッションやメイクを褒めあっているかと思えば、
訳の解釈の違いで意見をぶつけあったり。
どちらも、絶対引かない性格なので
いつの間にかどちらかが笑って終わる。
麻耶とはなんでも話し合えた。
「女同士(の付き合い)ってめんどくさいよね...」
どちらも別のグループにいるからこそ
言える本音もあった。
正直なところ、私は、麻耶のように
頭もよくて、ものすごく美人で、あらゆる才能がある子が、
なんで私みたいなどこにでもいるような子と一緒にいるのを好むんだろうと疑問に思ったことも多々ある。
「ほしまるといるとさ、お互い高め合えるんだ。
ほしまるから刺激もらうこともあるしね」
こんなことをよく言っていたけれど。
半分近く疑念を持っていたのは否めない。
なぜなら私自身、自信が持てるものなんてなかったからだ。
でも、麻耶は私のことをだれよりも買っていて、私の可能性を評価してくれていた。
だから、私がイギリス留学から帰国後、
進学を断念して就職活動を始めたときには、
なんと麻耶は私に泣きながら説得した。
決意が固いことを知っていても、私の指導教官こと ボスと二人で何度も、何度も「就活なんかやめなさいよ」と繰り返した。
だから、そんなボスも麻耶も、
私が2社から内定をもらった時も
ちっとも喜んでくれなかった。
ボスらしいし、麻耶らしいなと思った。
☆
卒業旅行。
私のグループの他の子達は よくありがちな 「ヨーロッパ一周旅行」を提案していた。
そんなにお金もかけたくないし、
別にパスポートにスタンプ増やすために行きたくない、と思っていると
同じグループのヨッちゃん(仮名)がある提案をもちかけてきた。
「それぞれのグループの卒業旅行とは別の旅行に行きたい子で集まって、パリとベルギー行こうかって、麻耶と話してるんだけど、ほしまる、行かない?」
パリ6泊8日で10万切る旅行だったと思う。
中日にベルギーへも行けるし
私は即答で返事をした。
麻耶はまた私のところにきて嬉しそうに抱きついた。
「ほしまるとも行けるなんて最高だよ」
たかだが一週間ほどの旅行とはいえ色んなことがあった。
でも、私がパリ(ベルギー)の卒業旅行で思い出すのは、
麻耶とのエピソードばかりだ。
パリ市内のカフェで、私がうっかりコンタクトレンズを落としたときに、
誰よりも必死に私と探してくれたこと。
パリの蚤の市をみんな楽しみにしてたのに、
みんな眠いからと断念した中、
麻耶と二人で蚤の市へ行ったこと。
あれこれ見て、二人で気に入ったカフェオレボウルを色違いで買ったんだっけ。
そして、オランジュリー美術館。
美術館は本当に沢山回ったけれど
麻耶と私が一番気に入ったのが
オランジュリー美術館だった。
滞在中 二回、訪れた
適当に別れて回っていたら、同じ絵のところで麻耶と再会した。
お互いを見つけて笑う二人。
そしてそのあと、自然に 二人で手を繋いで
暫く絵を見つめていた。
その時、絵を見つめたまま、
麻耶から「ずっと言えなかったこと」を初めて聞かされたのだけど。
私はずっと、麻耶が苦しんできたことを知らなかったから
絵を見つめたまま、涙を流した。
☆
進学予定だった麻耶は、
帰国後、急遽 体調を崩し 郷里へ帰った。
そのまま入院し、その後も入退院を繰り返す。
誰も、そんな深刻な病気に冒されてるなんて知らなかった。
麻耶はずっと笑顔で隠していたのかもしれない。
麻耶は入院してから、誰とも会わなくなった。
「こんな姿見られたくない」
お母様に聞くといつもそう話していたんだそうだ。
手紙では強がっていた麻耶。
ずっと麻耶のことを祈っていたけれど。
麻耶は天に召された。
まだ20代の若さだ。
私はあの時、また大切な人を失った。
これまでの人生で、最高の友だった麻耶を。
☆
今年も桜の季節が来た。
不思議なもので、今でも麻耶の思い出は色褪せていない。
卒業式に、みんなでガウンに帽子を被って写真を撮ったときに
麻耶の帽子がずれてたことも。
「見て!ほしまる!さくら!」
といって手のひらに桜の花びらを乗せて喜んでいた姿も。
麻耶。
私はまだまだ、此方にいるから
そちらには行けないけれど
ずっとずっと覚えているからね。
☆☆☆
今日の一曲:The1975/Paris(アコースティック)
久しぶりの「今日の一曲」です。
大好きなThe1975の2ndアルバムに収録されている 「Paris」という曲です。
曲の世界観は、パリでたまたま出会った女性について書かれたことで
この記事に出てきたパリでの思い出の内容とは全く違うんですけど(笑)
このアルバムがリリースされて、はじめてこの「Paris」を聴いたときに、なぜか麻耶のことを思い出して泣けてしまったのが懐かしいです。
☆☆一部歌詞と、私の意訳☆☆
She said hello, she was letting me know
彼女の方から声を掛けてきて 教えてくれたんだよ
We share friends in Soho
Sohoに共通の友達がいるよ、って言ってた
She's a pain in the nose
めんどくさそうな子だな
I'm a pain in women's clothes
You're a walking overdose in a great coat
自分もめんどくさそうな奴って思われてるのかもしれない、
だってレディースの服を着ているんだから
And so she wrote a plan for it on the back of a fag packet
彼女は上等なコートに身を包んだ中毒者だ
タバコの箱の裏に地図を書いてくれたよ
She had to leave because she couldn't hack it
Not enough noise and too much racket
彼女は辿り着けなかったようで 去っていった
そこまで騒がしくないけど これぐらいの騒音なら大丈夫
I think I've spent all my money and your friends, oh
参ったね、気付いた時にはお金は全部 君らのために使ってたよ
But how I'd love to go to Paris again
And how I'd love to go to Paris again
それなのに、僕はパリが恋しくて仕方ない
パリに戻りたくて仕方ないんだ
☆Spotify☆
☆Apple Music☆
この「Paris」が収録されている2ndアルバムは、内容もとても良いんですが
アルバムタイトルの長さが話題になりましたね。
「 I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful yet So Unaware of It」(2016年)
邦題も長いです(笑)
「君が寝てる姿が好きなんだ。なぜなら君はとても美しいのにそれに全く気がついていないから。」
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ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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