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2900人の消えた子どもたちのためにできること。虐待問題における法改正はどうあるべきかー細野豪志×駒崎弘樹

2018年3月2日、東京都目黒区で当時5歳だった船戸結愛(ゆあ)ちゃんが両親からの虐待を受けて命を落とすという事件が起きました。


そして、2019年1月24日には、千葉県野田市で10歳の栗原心愛(みあ)ちゃんが父親からの虐待を受けて命を落としました。


この2つの痛ましい事件を受けた今、やっと動き始めた虐待にまつわる法改正。これに対し、専門家はどのような視点で捉え、何を期待しているのか。病児保育や待機児童問題に取り組む認定NPO法人 フローレンス代表理事・駒崎 弘樹さんにお話を伺いました。


【駒崎 弘樹(こまざき・ひろき)】認定NPO法人 フローレンス代表理事/医療法人社団ペルル 理事長。1979年生まれ。慶応大学総合政策学部卒業。日本初の「共済型・非施設型」の病児保育サービスを東京近郊に展開する。また2010年から待機児童問題の解決のため、空き住戸を使った「おうち保育園」を展開、政府の待機児童対策政策にも採用される。内閣府非常勤国家公務員、内閣官房「社会保障改革に関する集中検討会議」委員、内閣府「子ども・子育て会議」委員などを歴任。

「児童虐待」に対応する網目を細かくするカギは、「中核市」

細野:
駒崎さんは、NPO法人のなかで子どもに焦点を当て、子どもの環境を良くしていくにはどうしたらいいのか、というのを今までやられてきましたが、現在1つの課題として挙げられるのはやはり「虐待」の問題ですよね。

駒崎さん:
僕たちは2010年から小規模保育をやり始めたんですけど、虐待の事例にはよく直面していました。たとえば、お着替えをさせている時に、背中に何かある、と思ってよく見るとタバコによる火傷の跡だったり。それが日常茶飯事として頻繁にあるんですよ。

細野:
たとえば、保育園でそういうことが起きてしまったとして、まずどこに連絡をするんですか?

駒崎さん:
まず、東京都であれば、「子ども家庭支援センター」、全国的には「児童家庭支援センター」という児童相談所と現場をつなぐ市区町村の虐待対応機関、基礎自治体があるのでそこに連絡をします。実は、世間的に認知されている「児童相談所」というのはもう少し遠いところにあるんですよ。そこに相談をしてしまうと、「様子を見ましょうか」となってしまう。様子を見るって何なんでしょうね。


ただ、結愛ちゃん、心愛ちゃんの事件があったことを受けて、温度感としては一段上がったような気はします。

細野:
基礎自治体は、相談は受けるけど、虐待にストレートに対応はしないじゃないですか。もっとシビアなケースにならないと都道府県の機関である児相は出てこない。その間に落ちるケースって相当あると思います。

駒崎さん:
それはめちゃくちゃあると思います。なんで今までこんな仕組みになってるんだろうかと思うくらい制度がスカスカなんですよ。

細野:
ある人が言っていたんですけど、サッカーに例えると、フィールドプレーヤーの監督は市町村なのに、キーパーの監督だけは都道府県になる。ボールがキーパーに来るときには、猛烈なシュートになっていて、そのストライカーがどんなストライカーで、どういう経緯でシュートが来てるのかわからないから、キャッチするのが至難の技なんですよ。

だから、出来るだけ一貫体制を作った方がいい。ものすごく的を得ていると思いました。結果として、法律改正の中で、中核市に児相を置いた方がいいという議論になっているわけです。

駒崎さん:
おっしゃる通りで、僕は中核市に児相をおいた方がいいに決まっている、と思っています。心愛ちゃんの事件も、千葉県の児相が担当していたんですが、そもそも柏市に置こうよ、と思うんです。県の児相で何十万人を見ているんだ、という話です。

だけど、中核市町会は反対してるし、全国市長会もネガティブなコメントを出しているし、あり得ないなと。

細野:
それは、地方自治の壁ですよね。でも、国としてやるべきことをきちっと書けばいいんですよ。たとえば保健所を持たない中核市なんてないわけだから、それは法定されているわけです。だから、児相も同じような感じできちっと書けばやるわけですね。


あと、最近気が付いたのは、30-40万人と結構人口を抱えているのにも関わらず、中核市になっていないところが多いんですよ。柏や松戸なんかもそうですね。だから、仮に中核市に置くということが決まったとしても、まだ網の目が荒すぎて落ちちゃう。

それに、広さの問題もあるんですよ。たとえば、静岡東部なんて人口が少ないから、沼津の児相が、御殿場から三島、伊豆半島の熱海、伊東…と見なければならない。範囲が広すぎる。そういうところが全国にたくさんあります。分署みたいなものでいいから、県ももう少し網の目を細かくしないと対応しきれないでしょうね。

“ディフェンダー”であるソーシャルワーカーを増やしていく

駒崎さん:
児相の数自体が諸外国と比べても圧倒的に少ない、という問題に加えて、ケースワーカーの数自体も増やさなきゃいけないですよね。児相はゴールキーパーだから、ゴールキーパーの強化もそうなんだけど、その前にディフェンダーを強化しなきゃ。


市区町村にもやれることは多々あって、たとえば保育園なんて毎日会うわけだから問題を早期に発見することができるんですよ。小学区に1人、保育ソーシャルワーカーをおいて、保育園を管轄してあげて、何かあったら相談できるような体制を整えるとか。そうすれば、虐待問題は児相が頭を悩ませるもっと手前で処理できるようになるんです。上流で処理していくっていう仕組みが今はほとんどないから。

細野:
そういうところに配置する人も含めて、今の児童福祉司をバージョンアップして、きちっとした国家資格にしたいですね。児相の職員にはそういう資格を持ってもらいたいし、それ以外にも今みたいなミッドフィルター、ボランチみたいなところにもそういう資格の人がいると随分変わってくると思いますよ。

駒崎さん:
社会福祉士の資格を持っていたとしても、子どものことに詳しいかどうかわからないですよね。

細野:
あまり知られてないんだけど、社会福祉士は専門家というよりはジェネラルな資格ですよね。上級社会福祉士的なのはあるけど数がやたら少なくてあてにならないから困るわけですよね。

駒崎さん:
ただ、それに関して社会福祉士業界が猛反対していて…。処遇が低いのが問題なんですけど、だったら両方やろうよ、社会福祉士とかケースワーカーの処遇もあげたうえで、専門職も作ろうよ、と思います。

細野:
あとは弁護士や医者ですよね。これは法律に書けるとは思います。現場を見ていると、いるといないとで全然違うんですよ。


日々児童福祉司のみなさんは悩んでいるんです。結愛ちゃんのケースに関してはどう考えても一度家庭から引き剥がさなきゃならないのにやらなかったし、心愛ちゃんは家庭訪問をしなかった。救えたはずですよね。

「DV」に対するツールの欠如の問題

駒崎さん:
結愛ちゃんのケースで典型的なのが、夫がDV気質の方ということ。そうするとめちゃくちゃ怖いんですよね。そこを法律違反だし、怒鳴るのも暴力ですよ、と弁護士が対応してくれるか、あるいは対応の仕方を教えてくれないといけない。

細野:
たしかに学校の先生や教育委員会も怖かったと思うんです。もう少し踏み込んでほしかったですが、職務上、権限が与えられていない。一方で、児相は踏み込んで、警察にも連れてこれるし、親からも強制的に子どもを連れ出せたはず。だけどやらなかった。これは専門的な判断の欠如と法的判断の不備だから、これだけはせめて変えないと、亡くなった子どもが浮かばれないですよ。

駒崎さん;
学校側もスクールロイヤーなどそういったものを充実させていく仕組みをこれを機にしっかりしなきゃいけないですね。


あとは、DVの時点で止められたっていうのがあります。明らかにDVなわけだからDVのときに対応すればよかったんです。日本では児童虐待とDVって別概念で存在していますけど、明らかに陸続きの問題なんですよね。

細野:
児童相談所がまさにそうですよね。DVを扱わないから、DVのケースに対する対応やノウハウがほとんどないんです。

駒崎さん:
合併してDV・児童相談所にしてもいいくらいですよね。今、DVは内閣府のDV支援センターで児相は児相。一切合流していないし、一切繋がっていないんです。

DVに対応する手段が児童相談所なら、まだ介入や接見などがあるんですけど、DVが持っているツールってめちゃくちゃ弱いんですよ。せいぜい被害者をシェルターで保護するくらいで、加害者には何もできない。DVの支援でもっとツールが必要だな、と思います。

2900人の消えた子どもたちと、保育園義務化

細野:
今話したような論点が法改正の視野に入ってきて、どこまで書けるか、という勝負になってます。


ただ、まだまだ問題があって、駒崎さんが一昨年に指摘した幼稚園・保育園に行ってない子どもたち20万人がいるというのが現状です。


私が政府に依頼して初めての全国調査をしてもらいました。そこでわかったのが、「安否が確認できない」子どもが、2900人もいるということ。

駒崎さん:
これは衝撃的でしたね。2900人も居所不明の「消えた子ども」がいる。

細野:
小学校は義務教育だし、3歳までは0児検診とかがあるから、どうなっているか把握できるけど、そのあいだにある3歳から5歳がボコッと抜けているんですよ。虐待ってわかったら児相が対応するけれど、わからなきゃ誰も見ていなかった、というこの空白をどうやって埋めるかです。

駒崎さん:
2014年5月に神奈川県厚木市で5歳の男の子の白骨化した遺体が発見された事件もありましたね。小学校の入学式を迎える時期になって、はじめて死んでいるということがわかる。これは本当に、確かめる仕組みが必要なんですけど、ここで1番簡単なのが保育園の義務化です。


2019年10月から幼児教育・保育の無償化が全面実施になるわけですから、もう行かせない理由がないわけです。児相が家庭訪問できる頻度がどんなに頑張ってもひとつの家庭に月1程度だったのに対し、それが週5、あるいは週1で確認できるようになるんだから、全然違いますよね。それに、管理の工数もだいぶ減るので、保育園・幼稚園の義務化は誰にとっても嬉しいと思います。

細野:
義務化はやれれば1番いいんだけど、法的にいうと相当ハードルが高い。ただ、そのなかでもできることはあってね、実質無料になるわけだから、3-4歳になったら基礎自治体に家庭を訪問して促してほしいんです。今の時代に、幼児教育を一切しないなんて、それ自体がある種の虐待みたいなものですよ。

駒崎さん:
義務化は児童手当のバーターとすればいいんじゃないかな、と思います。「児童手当をもらうなら保育園に行かせる」とすれば、相当ターゲットできるよね。これで事実上の義務化が果たせると思うので、ぜひ打ち出していただきたい。

「親権」は誤解を生む言葉。名称を変更するべき

細野:
あと「親権」が強すぎるのも問題ですよね。子どもには健全に育つ権利があるけど、自分でごはんを食べられないから、親権がある。「親権」って権利になっているから誤解されているけど、本来は親の「義務」なんですよ。

駒崎さん:
だから、「親権」という名前を変えたらいいと思うんですよね。「親権」と言うから、親に権利があって、何でもできると思っちゃうんです。これはすごい誤解ですよ。


だから、親が義務を果たさない、ということは介入できる要素があって、それを制約するのはおかしい。それが、何で財産権みたいな扱いになっているのか。親の持ち物的な昔の考え方があるんでしょうね。


それの最たるのが「懲戒権」です。何で罰する権利があるんだ、っていう。もう21世紀なのに、「懲戒場にぶち込む権利がある」みたいな。そんな場所、もう日本に存在していないじゃないですか。昔はどっかに押し込めて閉じ込める場所みたいなのがあったと思うんですけど…。その「懲戒場」はつい最近廃止したけれど、でも懲戒権はまだ残ってる。なんで?っていう。

細野:
今回、おそらく児童虐待防止法に体罰禁止は入りますが、懲戒権はそのまま残ります。懲戒権を侵害しない範囲で、という前提になるでしょうね。

駒崎さん:
懲戒権をなくすためには5年かかる、と報道されていて、何じゃそれって思いましたよ。即刻廃止した方がいいくらい。

細野:
民法改正は法制審が見ていて、いろんな先生が関わるから慎重なんですよ。
残念ながら、虐待をめぐる議論というのは、事件があった直後は一時的にものすごく世論は盛り上がるんだけど、事件が風化すると一気に下がる。そしてまた事件のたびに盛り上がる。


だから、逆にいうと、この機会にやってしまわなければいけない。

駒崎さん:
結愛ちゃんと心愛ちゃんの事件以前にも悲惨な事件はいっぱいあったけど、ある種ちゃんとメディアに取り上げられ、政治も動くようになったのここ2、3回の虐待死事件からですよね。だから、「かわいそうだね」で終了していた過去よりかは、今は政治の瞬発力みたいなのはあるので、言い方はアレですが、これを生かさねば浮かばれないですよ。


人が死ななきゃ動かないのか、って言われるけど、それは国民的な関心の薄さなので短期的にはしょうがない部分もあると思うんです。でも、せめて亡くなった時くらいは動かさないと次の子のリスクを下げられない。

細野:
この1年だけでもたくさんの波がありました。今は熱があって、議論も活発ですが、懲戒権の撤廃に5年もかかる、となるとこの熱が続くとはとても思えない。だから法改正をここでしっかりやり、民法改正はせめて半年から1年で結論をだす動きをしなければいけないですね。

〈撮影・編集=いしかわゆき(@milkprincess17)〉

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