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就活ガール#79 御社で得たい知識

これはある日のこと、バイト先のコンビニで店長の薫子さんと話していた時のことだ。いつも通り客の少ないコンビニ店内で、就活について雑談を投げかける。俺のようなただのアルバイトから積極的に雑談を投げかけることができるのも、薫子さんの人徳だろう。

「すみません。就活で気になる質問があるんですけどいいですか?」

「どんな質問?」

「弊社で得たい知識は何かっていう質問です。ちなみにコンサル企業のエントリーシートで聞かれました。」

「なるほどね。私はコンサル業界について詳しいわけではないけど、どこの業界でも共通してることは多い質問だと思うわ。」

「はい。俺もそう思いました。あと、経験じゃなくて知識を聞かれてるのがちょっと難しいなと思いましたね。」

「経験を通して知識を得るわけだから、私はその辺はあまり明確に分類しなくてもいいと思うわね。とはいえ質問文をしっかり読んで質問と回答がズレないかを意識するというのは大事なことよ。」

「はい、ありがとうございます。それで作ってみた回答がこれです。」

褒められて嬉しい気分になり、快調な手つきでスマートフォンの画面を見せる。

設問
弊社で得たい知識は何ですか?(200字)

俺の回答
コンサルティング業務を通して企業経営に関する基礎知識を学びたいです。高度成長期とは異なり人口減少中の現代日本では、以前のように簡単に企業が生き残り、成長することは難しくなりました。そんな中で、経営課題をどのように解決できれば国内外の競合と戦っていけるのかを学び、顧客企業の成長を後押しできるコンサルタントになりたいです。そのために、積極的に業務に取り組むなど、地道な努力を続けたいと考えています。(198字)

「自信はどう?」

「結構あります。」

「そう。残念ながら私はあまり良い回答には見えなかったわね。」

「そうですか……。」

さっき褒められたばかりだったのでいつも以上にがっかりした気分になった。よく考えれば、そんなに良い回答ではないことは俺でもわかる。全体的に話が抽象的すぎるのだ。

「なんだか全体的に抽象的なのよね。」

「やっぱりそうですよね。」

「あと、高度成長期がどうのこうのみたいなのも、『え、ここでそれ持ち出す?』っていう感じがすごくする。」

「はい、少し苦し紛れに書きました。」

「それがなんとなく伝わってくるのよねぇ。」

「実際、企業でどんな知識を得られるかが分からないんですよね。もちろんある程度抽象的には言えるかと思うんですけど。」

素直に、疑問に思っていることを言う。

「そうよね。この質問では、企業は学生が企業に期待することを聞いているの。その答えがあまりにも現実と乖離していたら、『この学生は弊社に期待しすぎだから、入社してもミスマッチになってしまうだろう。』と思われてしまうわ。」

「あー、理想の会社とは、みたいな質問と同じですか。はっきりと『何を期待していますか』と聞くよりも学生の本音を探りやすいから、あえてこういう遠回しな質問をするっていう。」

少し前にアリス先輩から聞いた話を思い出す。

「そうね。そんな感じと思っていいわ。だから、本当に得たい知識を書くかどうかは悩みどころよ。」

「なるほど。ある程度建前も使っていく必要があるんですね。」

「うん。あとはそうね。低レベル過ぎることも書くべきではないわ。例えば細かい話だけど、『基礎知識』って書いてるのはダメ。厳しいことを言うと、基礎知識くらいは本でも読んで自分で調べろよって思っちゃうわ。」

「何気なく書いただけですが、下手な地雷踏みましたかね。」

「そうなりかねないわね。プロとしてお金をもらうわけだから、基礎知識じゃダメなの。やや飛躍してるとは思うけど、読む人によっては学生気分が抜けてないと思われかねないわ。そういう意味では、『学びたい』というよりも『身につけたい』と書いたほうが無難とも思うわね。」

「はい。わかりました。」

「というわけで、私ならこんな感じに書くわね。」

そういって、スマートフォンの画面を見せてくれる。さっきから、話の途中でたびたびスマートフォンをいじっていたが、書きながら話していたということだろう。薫子さんはいつも作業が早く、正確だ。職業に貴賤はないというけれど、一介のフランチャイズオーナーにしては優秀過ぎると思う。いや、フランチャイズオーナーとして生き残っていくためには、これくらいの優秀さが必要ということの証左と考える方が正しいのかもしれない。

薫子さんの回答
コンサルティング業務を通して企業経営に関する高度な知識を身につけたいです。私は学生時代のアルバイトを通して、ヒト・モノ・カネをどう効率的に使うか、社会変革にどのように対応していくかなど、店長が多くの悩みを抱えていることを知りました。店長のような困っている人の力になれるコンサルタントになりたいので、顧客とのコミュニケーションに力を入れている貴社で、実践を通して学んでいきたいと思います。(193字)

「俺の回答とは全体的に違いますね。」

「ええ、悪いけどほとんど全部書き直させてもらったわ。」

「いえ、大丈夫です。バイト先の話がでてちょっと笑ってしまいました。」

「私も自分で書いててなんだか恥ずかしかったけれど、これは重要よ。」

「どれですか?」

「なぜそう思ったのかを書くってこと。」

「あ、なるほど……。」

「さっき夏厩くんも言ってたけど、この質問は正直やってみなければわからないというのが素直な回答だと思うわ。どんな知識を身に着けるのかも、どうやって身に着けるのかもね。」

「そもそも大手企業とかだと、どんな業務をやるのかすら配属次第ってとこありますしね。」

「そうそう。だから、その辺を具体化するのは無理がある。一方で、話が抽象論や一般論だけで終わってしまうと、いかにもとってつけたような感じがしてしまう。」

「そこで『なぜ』の部分を掘り下げるわけですか。」

「ええ。回答そのもので具体性を出せない場合は、なぜそのように考えたかで具体論を書くのがいいと思うわ。そうすると、結論は同じ『企業経営に関する知識を身につけたい』という抽象的な話でも、他の人よりもずいぶん具体的に見える。」

「たしかに、なぜそのように考えたのかがわかると、嘘っぽさが全くなくなりますね。」

「ええ。実際、なぜそう考えたのかってのは必ず何か理由があるはずだからね。さすがに『なんとなくです』では通用しないから、それなりに綺麗な理由を考える必要はあるけど。」

一見すると何となく選んだと思われる選択でも、実は何か理由がある場合もある。人間が何かを選択する際、100パーセントランダムで選ぶということは滅多にないはずだ。メインの理由がなんとなくであったとしても、その中でも比較的マシな選択肢を選ぶために、過去に体験したことなどをふまえて判断していることが多い。そういうところまで掘り下げて自分の考え方を客観視することが、自己分析の一つと言えるのだろう。

「あとはそうね、夏厩くんの回答だと業務を通して、なぜ弊社じゃないとダメなのかっていう質問に答えられていないと思ったわ。」

「たしかにそうでした。」

「だから、この会社の特徴を入れてみた。『顧客とのコミュニケーションに力を入れている』ってところよ。」

「そう考えると、企業の特徴などから逆算して得たい知識を設定するというのもアリな気がしてきました。」

「アリというか、本来ならそうすべきでしょうね。今回は例だから適当に書いてみただけよ。」

「はい。ミスマッチを防ぐためにこの質問をしているのだとすると、ミスマッチの心配がないということを面接官にアピールする必要がありますもんね。」

「その通りね。わかってるじゃない。」

「ありがとうございます。そもそも数ある企業の中でなぜこの企業でないとダメなのかというのはいろんな質問で共通する観点だと思うんですが、忘れがちなんです……。」

「志望動機を聞かれるみたいな典型質問だと意識しやすいけど、こういう風にちょっとひねっただけで忘れてしまう学生は夏厩くんだけじゃないわ。むしろ半分以上がそうだと言っていい。だからこそ企業はこういう質問をしているし、学生はここで差がつくと考えて取り組む必要があるのよ。」

「はい。気を付けます。」

「うん、じゃあこれからも頑張ってね。」

そういって雑談を終える。今日は、弊社で得たい知識は何かという質問に対する回答を勉強できた。それだけでなく、『具体的に答えづらい質問は、そう思う原因を具体的に書く』ということも教わった。この知識は汎用性が高く、他の質問でも活かしやすいと言えるだろう。エントリーシートや面接でされる質問は、多くの企業で重複する場合もある。一方で、どれだけ事前に準備しても、はじめて聞かれる質問に出くわすということは今後も絶対にある。そういう時でも基本に立ち返り、落ち着いて回答することが必要だと思い、バイトに戻るのだった。

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