見出し画像

就活ガール#73 ジョブローテーションの是非

これはある日のこと、キャリアセンター前のカフェで美柑と二人で話していた時の話だ。

「なぁ、ジョブローテーションってどう思う?」
「私はあまり賛成できないわね。」
俺が今回質問したジョブローテーションとは、一定周期で強制的に様々な部署に異動させる制度のことだ。多くの場合は職種転換や転勤などを伴うものであり、3年から5年に一度の周期で行われる。主に昔ながらの日本の大企業に導入されていることが多い。

「どうして賛同できないんだ? いろんな職種を経験することで自分の適性を見つけられると思うし、他の部署についても知っていることで業務がやりやすくなったりもするだろ。」
「たしかにジョブローテーションはメリットもたくさんあるわ。例えば音彦が今言ってくれたように、いろんな職種を経験できるというのはメリットだと思う。」
「うん。」
「それから、他の部署について知っておくと得っていうのもそう。例えば営業を経験していると、企画や開発にいってもどういう商品が売れるのかっていう観点で考えて商品を作ることができる。バックオフィス部門に行くと、どういう制度を作ったら社員が働きやすいのかをふまえた上でサポート業務ができるわ。」
「だよな。」

「それに、人間関係もそうよ。数千、数万人規模の会社になってくると、部署が違うともう他社みたいなものなのよ。それぞれに複雑な利害が関係があって、同じ社内なのに対立することだって珍しくない。同じ部署内でも、いわゆる派閥争いみたいなことだってあるわ。」
「銀行ドラマとかでみるやつだよな。」
「銀行以外でも大抵の会社であると思ったほうがいいわね。でも、例えば部署同士があまり仲良くない関係でも、個人的に元同僚がいると仕事を進めやすかったりするわけ。」
「なるほど。ちょっとした開発をお願いしたり、複雑な経理の仕組みについて教えてもらったり、業務に必要なヒントを他部署の観点でもらったり、そんな感じか?」
「そうね。例えばスーパーマーケットのバイトだって、総菜コーナーと野菜コーナーとレジで担当者が違ったりする。でも同じ店舗を共有してるわけだから、知り合いが多いほど仕事を円滑に進めやすいのは感覚的にわかるでしょう。」
「おう、わかる。」
「ジョブローテーションのメリットはこういうところにもあるのよ。」
同期のつながりが大事ってのにも近そうだな。」
「そうね。同期入社と仲良くしておいた方がいい理由もだいたい同じだと思うわ。」

「なぁ、やっぱりジョブローテーションっていいことずくめじゃないか?」
ここまでの話を聞いていると、美柑がジョブローテーション否定派とは思えなかったので、改めて尋ねることにする。
「馬鹿。違うって言ってるでしょ。人の話聞いてた?」
「はい。じゃあデメリットってなんだよ?」
強い口調は今更気にしても仕方がない。美柑は俺を罵りだしてからが本調子なのである。

「まず、ジョブローテーションを行う会社側のメリットって何だと思う?」
「そりゃあ社員のメリットとほぼ同じだろ。いろんな部署を経験したり、いろんな部署に知り合いがいることで、業務が円滑に進むようになる。業務が円滑に進むと、当然社員だけじゃなくて会社にもメリットがあると思うぞ。」
「まぁ表向きの理由としてはそんな感じよね。」
「裏向きの理由があるのか?」
「あるわ。」
「何?」
「社員をやめさせにくくするためよ。」
「ん? ごめん、よくわからない。」
「馬鹿。能無し。ちょっとは自分で考えなさいよ。」
「うーん。同じ部署に長くいるといじめが発生するとか?」
本当にあるのかは分からないが、大人でもいじめがあるというニュースはたまに見る。ジョブローテーションで強制的に異動があれば、そんなこともなくなるのではないかと思うのだ。
「ジョブローテーションが行われるような大企業には、いじめをするような人はほとんどいないわ。学校だって、偏差値が高い学校ほどないでしょう。」
「たしかに。」
私立の名門校でもいじめはあるという話は聞くけれど、そういうもののほとんどは凡人の妬みやひがみの域を出ていない。実際のところいじめがないわけではないだろうけれど、底辺校のそれとは比べ物にはならないだろう。現実問題としていじめで死者がでたというような事件のほとんどは、公立の中学校や偏差値の低い高校ではないかと思う。

「じゃあ答え。ジョブローテーションで強制的に職種転換をさせることで、社員は経験を積みにくくなるのよ。」
「いや、いろんな経験ができるんだろ?」
「そうじゃないわ。例えばこれを見てみて。」
そう言いながら美柑がスマートフォンの画面を見せてくる。どうやら中途採用の求人のようだ。
「求める人物像のところに、営業経験が5年以上って書いてるでしょう?」
「あ、なるほど。」
「わかった?」
「おう。5年経つ前に異動させられてたらこの求人には応募できないってことだな。」
「もう少し抽象的に言ってみなさいよ。具体例を抽象化、一般化して話すのが就活の基本スキルでしょう。」
社員の労働市場での価値があがらないようにして、その会社を辞めさせないようにしてるってことだろ。」
「ええ、正解。よくできました。」
「ありがとう。」
少し馬鹿にした口調で褒められたが、しれっと受け流す。そんな俺の様子を見て、美柑は少しつまらなさそうにしていた。

「今時転職は珍しくないし、大手企業ならなおさらだけど、転職を止められたり邪魔されたり陰口を言われることってほとんどないわ。ただ、単純に企業としてはできるだけ社員に辞めて欲しくないというのが本音よ。」
「誰かがやめると誰かを雇わないといけないし、そうすると採用費や新人が慣れるまでの教育費がかかるもんな。」
「そういうこと。いろんな部署を経験している分、その会社のことにはとても詳しくなる。一方で、一つ一つの職種についての知識や経験はどうしても少なくなるのよ。」
「企業側もそれを狙ってるのか……。」
「ええ。終身雇用の時代では、それが当たり前だった。最近はジョブローテーション制度をなくす企業が増えてきているけどね。」

「なるほど。でもそうすると、新卒から同じ職種をやり続けた方がいいってことか?」
「そこまでは言ってないわ。どんな仕事が自分に合ってるかなんて学生はわからなくて当然よ。だから試行錯誤はあっていい。でもジョブローテーションみたいに強制的かつ一律に決められるものである必要はないわ。自分で異動したいなと思ったら上司や人事に相談したり、社内制度をうまく活用したり、転職すればいいだけの話なのよ。」
自分の将来については自分で責任を持てってことだな。そう考えるとジョブローテーションは企業が色々とお世話をしてくれてたともいえるな。」
「そうね。何も考えなくてもその企業に長くいれば色々な経験ができて、それなりに楽しく過ごせるのがジョブローテーションのいいところよ。向いてない仕事で悪い評価がついたとしても、別の部署に行けばすぐにリセットできるもの。何度だってやり直せる。でも、他の会社では通用しない人間になる可能性が高いから気を付けないけない。」
「一方で、ジョブローテーションがない会社だと、自分で自分の道を切り開かないといけない。一長一短って感じか。」
「どうかしら。私は自分の道は自分で決めるわ。他人に決めてもらうなんて絶対嫌だし、余計なお世話だもの。」
「美柑らしいな。」

「あと、企業がジョブローテーションをしたい理由としては、営業職なんかは癒着もあるからね。」
「癒着?」
「ずっと同じ取引先を相手にしてると、その取引先の担当者と個人的に仲良くなって不正をしたりする人がいるのよ。だから、担当営業は適当なタイミングで変えることが多いの。これはジョブローテーションがない企業でも、営業内での担当変更くらいは定期的にやってる場合が多いわ。」
「なるほど……。」
あまり悪い社員がいるとは思いたくないが、とはいえ企業としては必要なリスクヘッジだろう。どんな人間でも長年やっていると慣れやゆるみが生じてくるものである。
「まぁそんなところかしら。とにかく自分の道は自分で決めるのよ。わかった?」
「おう。」

美柑らしい結論が聞けたところで、今日はおひらきとなった。たしかに、自分がやりたい職種についてまだ十分に考えがまとまっていない俺にとって、ジョブローテーション制度は魅力的な面もある。しかし、今後のキャリアを考えるのであれば、どこかで道を絞っていく必要があるだろう。また、最近はどんな大企業であっても確実に安泰とは言えない時代になってきている。そう考えると、仮にジョブローテーションのある企業に入った場合は、自分の力で道を切り開くという観点も忘れないようにしないと、ぬるま湯に慣れて大変なことになってしまうだろう。きっと、3年や5年という期間があれば、一定の成果は残せる。単にその期間をすごすのではなく、限られた制限時間の中で、転職でアピールできるような成果を残すという発想を持つことが重要なのかなと思い、一日を終えるのだった。


この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?