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就活ガール#77 理想の会社とは従業員にとっての理想ではない

これはある日のこと、ゼミ室でアリス先輩にエントリーシートについて質問していた時の話だ。今日の課題は「理想の会社とは何か」という質問である。自己分析などでも考えたことがある疑問なので、そういう意味では特に驚く質問ではない。しかし、自分が受ける会社を選ぶ際に考えることと、企業に答えるべき回答はまた別の問題だろう。あまり学生側に立った内容になりすぎると、企業側にとって悪い印象を与えることになりかねない。そこで、どんな質問でもアピールに繋げるというエントリーシートや面接の大前提から考え、下記のような回答を書きあげた。

設問
理想の会社とはどのような会社ですか?

俺の回答
社員の成長を応援してくれる会社だと思います。例えば、資格取得を補助する制度や社内公募により自らやりたい仕事に立候補できる制度があれば、社員がモチベーションを高く働けると思います。そして、社員のモチベーションが高いことが個々人のパフォーマンスを最大化することに繋がり、ひいては収益にも直結する問題だと思うので、社員を応援することは、結果的には企業側にとっても大きなメリットがあることだと考えています。(199字)

「ダメよ、これじゃ。全然ダメ。」

「ダメですか……。」

「どうしてこんな回答になったわけ?」

社員の成長を支援する制度を作ることは従業員にとっての理想だけでなく、企業のメリットにもなるよって言うことを伝えたかったんです。」

とりあえず採点を受けたところで、俺が考えていたことを一通り伝える。最近気づいたことだが、添削してもらう場合はまずは解答だけを見せるのがよいと思う。なぜなら、実際に企業に提出したエントリーシートには補足ができないからだ。そこで、最近はまずは書いたものだけを見せて、添削者から指摘された後に、『実はこういう意図でした』と伝えるようにしている。そうすると、より有意義なアドバイスがもらえるのである。

「なるほどね。考え方の大筋としては間違ってないわ。でも、これだとまず主体性が見えないのよね。書き方の問題よ。」

「どういうことですか?」

「制度があれば社員のモチベーションが上がるって、そうじゃないでしょ。」

「でも例えば資格取得の費用を負担してくれる制度があると、やろうって思う人増えると思いますよ。」

「そういうことじゃないわ。夏厩くんはそこまでお膳立てしてもらわないとやる気だせない人なの?」

「ああ、わかりました。本来であれば社員が自らモチベーションを高く保つべきところで、企業はあくまでもサポートする役目ってことですね。」

「そうよ。その順番は絶対に間違ったらいけないわ。企業側に制度を作ってもらったからやろうというような主体性のない求職者を求めている企業なんて存在しないんだから。」

「はい。俺の回答だと俺自身にあまりやる気がないってことを無意識に匂わせてしまってました。」

「あとは、そうね。そもそも社員の成長を応援することが会社のメリットにつながりにくいのよね。たしかにこの辺は夏厩くんも意識しているからこそ、最後に企業側のメリットにもつながると書いてくれて入るんだろうけど。」

「そうです。そのつもりで書きました。」

「そこまで考えられているなら、どうせならそもそもテーマを変えた方がよいんじゃないかしら?」

「社員の成長以外ですか。」

「そう。例えば、常に市場の変革に応じて臨機応変に対応できる企業とか、すべてのステークホルダー、つまり関わる人全員を幸せにできる企業とかね。ここでいう全ての人には株主も含まれるってのがポイントよ。」

「なるほど。結局は利益の話に繋げるわけですね。」

「ええ。何度も言ってるけど、とくに新卒の求職者は利益への意識が弱すぎるわ。企業は利益を生み出さないといけないし、企業は株主が利益を生み出すために所有しているものなの。もちろん理論上はそれくらいのこと誰でも知ってると思うけれど、しっかりと強く意識できている人はほとんどいないと言っていい。だから、株主利益の追求を意識するだけで他と十分な差別化ができると思うのよね。」

「はい。」

「念のために言っておくけど株式会社以外は別よ。株式会社であっても、そのほとんどをオーナーが所有しているような企業だったり、業種が福祉系や医療系の企業なんかでは、利益利益と言いすぎない方がいい場合もある。」

「わかりました。俺はコンサルとかITを志望してるので、今のところは関係なさそうです。」

「ええ、コンサルなんかは特に利益志向が強いでしょうね。」

「はい。」

「以上をふまえて回答を書いてみるわね。」

そういってアリス先輩がパソコンに向かう。この高速タイピングをしている後ろ姿を見るのはもう何度目だろう。身体をぴたっと硬直させ、指先だけがすごい速度で動いている。

「できたわ。ほら。」

アリス先輩に手招きされるがまま、パソコンを覗き込むと、書きあげたばかりのアリス先輩の回答が画面に映し出されていた。

アリス先輩の回答
株主、お客様、取引先、従業員など企業に関わる全ての人を幸せにできる会社だと思います。具体的には、社会や市場の変化に合わせて臨機応変に対応し、求められているサービスを提供したり、常に利益を上げ続けられる企業です。社員がモチベーション高く業務に取り組むことで、そのような企業にできると考えていますし、そのような企業になれば更に関係者の満足度も上がるという好循環になると思います。(187字)

「さっき仰っていたことを詰め込んだ感じですね。」

「そうね。まずはステークホルダーを具体的に書いてみたわ。この時、株主を最初に書いて、従業員を最後に書くのがポイントね。重要な順番に並べた時、途中は厳密にはよくわからないけれど、最初と最後はこれで確定。」

「従業員も大切だと思うんですけどね。」

「もちろんそうよ。でもそれは会社側がいうことであって、従業員やそれになりたい求職者が言うべきことではないわね。」

「はい、理解しました。その辺は日本人らしい謙遜みたいな感じなんですかね。」

「まぁそんなところでしょうね。入社前から従業員を大切にしろっていうような面倒な人は雇いたくないのが企業の本音でしょう。」

「俺の回答でもそこまでは言ってない気もしますが、そもそも『理想の会社は何か』という質問は求職者の本音を聞き出すために行われているのかもしれないと思いました。」

「ええ、その通りでしょうね。学生が企業に求めることを聞いても正直には答えてくれない人が多い。だから、理想の企業とは何かというちょっとズラした質問をすることで、本音を探ろうとしているってことよ。」

「そこで油断して自分の都合ばかり話し過ぎないようにしたいです。」

「ええ、気を付けて。」

「あと気になったんですが、臨機応変に対応するってのはちょっと抽象的すぎるんじゃないですか?」

アリス先輩にダメ出しするわけではないけれど、気になったので聞いてみることにする。おそらく何らかの理由があるのだろうと思っていると、案の定、アリス先輩がそれを教えてくれた。

「良いところに気付いたわね。その辺はあえて曖昧にしているのよ。」

「どうしてですか?」

「まずは具体的に言うのが難しいからね。この質問をした企業が富士フィルムとか任天堂のように途中で大きく業態を変化して社会の流れに乗ったのであれば別だけど、そうじゃなければアピールとして微妙でしょう?」

富士フィルムはアナログカメラからデジタルカメラに社会の中心が変わっても生き続けている企業である。任天堂も、最初は花札の会社として始まったらしい。一方で、このような大きな業態変化をしないまま現在に至る企業も多いのが現実だ。その中には、業態を変える必要がなかった企業もあれば、変えられなかった企業もあるだろう。

「具体的に言えないから曖昧にするってのは誤魔化しなんですかね。」

「ええ、その辺はお茶を濁しておいていいと思うわ。具体的に言いすぎると面接官側にも『いやうちはそこまで立派な企業じゃないし』と思われかねない。それくらいならいいけど、『過度な期待をしているな』と認識されると減点対象にもなるわ。」

「なるほど。あくまでもその企業をおだてるための回答をするべきだから、曖昧にして『おっそれうち会社のことだな。』と思わせるのがコツなんですね。」

「そうよ。そうすると、『うちの会社とマッチしているな』と思われやすくなり、合格に近づくわ。」

わかりました。ありがとうございました。」

 今日は、『理想の会社とは何か』という質問に対する答え方を学ぶことができた。この質問を通して、企業は学生の本音を探っているらしい。従業員にとっても企業にとってもメリットがあることがベストなのは間違いないけれど、面接の場では企業側、特に株主の利益を重視するのがよいのだろう。それはつまり、利益を追い求める姿勢を見せるという意味でもある。

 また、言っていることの大筋は間違っていなくても、ちょっとした書き方や言い方の違いで大きく印象が変わるのが選考だ。少しでも自分の印象を良くするような言い回しを考えることは今後も継続して意識したいと思い、一日を終えるのだった。

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