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就活ガール#67 自己PR動画を提出する課題

これはある日のこと、バイト先の後輩である日野原さんと二人で食事をしていた時のことだ。今日は二人ともシフトに入っていないため完全にプライベートの外出である。まだそんなに回数を重ねているわけではないが、二人だけで出かけることも増えてきた。

「相談があるんですけど、いいですか?」
コーヒーを机に置いた日野原さんが真剣な目で見つめてくる。
「うん。いいよ。」
「自己PR動画ってどういうのを撮影したらいいんですか?」
「ああ、それか……。」
就活界隈において、自己PRを1分間の動画で撮影して提出しろという企業は意外と多い。転職市場では全くないらしいが、なぜか就活市場では年々増えているらしい。おそらく、転職市場と異なり、若い世代は動画撮影くらい誰でもできるという前提があるからだと思う。また、転職市場においては自己PRよりも過去の経歴や実績が重視されやすいというのも関係があるだろう。

「私、写真とか動画とかあんまり好きじゃないんですよね。」
「珍しいね。女の子はみんな好きだと思ってた。」
「どういう顔して写ればいいのかわからないんですよね。あと、加工とかも面倒だし何が楽しいのかいまいちわからなくって……。」
日野原さんの場合、適当にとって加工なしでアップしても、十分他人と勝負できる絵になるだろう。以前、美容にはずいぶん気を使っているらしいと聞いたが、それはあくまでも自分のためであって、写真撮影をしてインターネットで公開するためではないとも言っていた。

「そっか。俺も、というか男はたいていそうだと思うけど、写真とか動画に興味ない人が多いから女子有利かと思ってた。」
「その傾向はあるかもしれませんね。最近はカメラ好きな男子も増えてきてるらしいですが、やっぱり女子のほうがそういうの詳しいですから。」
「とはいえ、別にカメラ写りだけを見られてるわけじゃないよな。芸能オーディションじゃないんだから。」
「そうですね。それでも、やっぱりコツとかあるんじゃないかと思って聞いてみたんです。」

「まず、企業が1分間動画を撮影させる理由って、採用業務の効率化だよな。」
「そうでしょうね。全部の動画をコンピューターで自動でつなげて1つにし、それを見続けながら採点すればいいわけですから。」
「ていうことは応募者数が多い企業とか、人事が忙しい企業で出題されそうだな。」
「実際、私が今回受けてるインターンも人気らしいです。有名企業だし、応募も多いでしょうね。」
「動画の再生速度も、1.5倍とか2倍とかで見るのかなぁ。」
「そうかもしれません。だとすると活舌はかなり重要ですね。」
「たしかに。俺も動画サイトは基本的に2倍速で見るんだけど、活舌悪い人が喋ってると再生やめたりすることがあるな。」
「そうなんですよね。2倍速だと30秒間、何を言っているかわからないまま、あっという間に聞き流されて終わっちゃいそうです。」
「でも活舌よくするのって難しいよな。」
「はい。でも1分くらいは意識すればある程度よくなるんじゃないですか。」
「そうだな。それでも無理なら、ゆっくり喋るとかかな。」
「はい。」
アナウンサーは1分間で300文字程度を目安に喋ると聞いたことがある。俺たち一般人はアナウンサーのように活舌はよくないから、もう少しゆっくり話してもよいだろう。それから、文と文の間でしっかりと間を置くことも重要だ。少しでも多くのことを伝えたいと思ってしまうけれど、実際は喋った内容より話し方などの情報のほうが印象に残りやすい。

「あと服装とか周辺環境はどう思う?」
今度は俺から日野原さんに問いかける。
「服装は指定がなければスーツがいいんじゃないですかね。」
「そうだよな。で、私服でと書かれていれば素直に私服で撮る。」
「はい。その辺は説明会や面接と同じですね。機材は照明とかちゃんとしたほうがいい気がします。」
「正直その辺はよくわからないんだよなぁ。」
「私も詳しくないので、友達に聞いてます。この辺って特に女の子は詳しい人がちょくちょくいるので、素直に助けてもらうのがいい気がしますね。」
女の子か、うーん。誰に聞こうか。ぱっと思いつくのは日野原さんだけど、俺と同じく写真や動画に興味がないらしい。アリス先輩もどう見たって興味がなさそうだし、美柑もなんか違う気がする。そうすると、消去法的に美春だろうか。俺の知り合いの中では最も平均的な女子大生に近いと思う。詳しく聞いたことはないけれど、おそらくインスタグラムくらいはやっているだろう。

「今ふと思ったんですけど、薫子さんはどうですか?」
俺が誰に聞くべきか考えているを察したのか、日野原さんが再び口を開く。
「薫子さんか。たしかに、いいかもしれない。別に大学生に聞く必要ないもんな。」
「はい。むしろ面接官に近い年齢の人に聞いたほうが正解に近づけるんじゃないかと思って。」
「たしかに、そりゃそうだ。模擬面接だって大学生同士でやるより大人に見てもらったほうが有意義だしな。」
「そうですね。機材の選び方とかは同級生に聞いたのをシェアします。」
「ありがとう。」

「それから、喋る内容も迷いますよね。」
「まず名前と大学名を言うだろ。それから挨拶。で、普通の自己PRを45秒くらいって感じかな?」
「私もそう思ってたんですけど、本当に最初の自己紹介や挨拶って必要ですか?」
「と、いうと?」
「まぁ氏名くらいは言っていいかなとも思うんですけど、大学名とかはエントリーシート見ればよくないですか?」
「そうだけど、エントリーシートとは切り離して動画だけ別でチェックしたりすることもあるだろうから、あったほうがいいかなとも思うんだよ。」
「はい。だから氏名は絶対に必要な気がするんですけど、大学名とか、『よろしくおねがいします』とか本当に必要かなって……やっぱり必要かなぁ。」
日野原さんがまだひっかかっているようだったので、俺も黙って考えることにする。たしかに、大学名は別に要らないというのは動画に限らずしばしば言われていることである。そう考えると、時間が1分と短く区切られている状況において、わざわざ言う必要がない気がしてきた。では、『よろしくおねがいします』はどうだろう? さすがに最初の挨拶が要らないという話は面接では聞いたことがない。通常、面接官と学生、どちらからともなく挨拶をするだろう。別に面接でなくても、人間同士が会ったときは自然に行うことである。

「動画って、最初の15秒くらいで印象が決まると思うんですよね。だから、そこで挨拶とかに時間を取られるのはもったいない気がするんです。」
「なるほど。たしかに。面接もそうだろうけど、動画の場合は面接以上に流れ作業でチェックしてるから、最初の数秒で決まってしまう傾向はより強いだろうな。」
「そうですよね。なのでそこで挨拶に時間を割くのはどうなのかなって。例えば顔が良いとか、ハキハキ喋るのが得意とか、そういうので勝負できる人なら内容は何でもいいかもしれないですけど。」
「たしかに最初の15秒という絶好のチャンスを他人と差別化しづらい挨拶に費やすのはもったいない気がしてきた。15秒で印象付けるためには、氏名だけ言ってすぐに中身に入っていったほうがいいかも。」
「はい。なので大学名はエントリーシートにも書いてるから割愛するとして、動画の一番最後に『どうぞよろしくお願いいたします。』とか言っておけばいいと思うんです。」
「そうだな。時間があれば一礼とかをして丁寧な感じを出しておけば良い終わり方になると思う。」
「はい。なので、例えばこんな感じでしょうか。」

日野原さんの回答
日野原甘楽です。私は客観性に自信があります。受験、アルバイト、卒業研究、就職活動など様々な場面において、実態以上に放漫になったり引け目を感じたりすることなく、客観的に自分の能力を分析し、必要な措置をあらかじめとることで夢を叶えてきました。
具体的には、昔は人と話すことがあまり得意ではありませんでしたが、それは準備不足による自信のなさからきていると分析し、徹底的に準備をすることで乗り越えました。御社に入社後も、内部にずっといると見落としがちな社外からの評価を冷静に分析し、商品開発や営業活動に活かしていく仕事ができればいいなと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。(286字)

「うん。いいね。」
「よかったです。」
 日野原さんがほっと胸をなでおろす。

動画撮影の場合、基本的には何度でもやり直せる。エントリーシートを推敲するのと同じく納得いくまで撮影しなおし、恥を忍んでいろんな人に見てもらうのが良いだろう。
 しかし、稀にではあるが撮影をやり直せないような仕様になっている企業もある。こういう企業の場合は、面接以上に気を使うことになるだろう。たった一分間しかないから、ミスをしたとしてもそこから臨機応変に挽回することが難しい。がんばって挽回に時間を割くと、今度は本来喋りたかったことが喋れなくなってしまうのだ。
 そうすると、やはり何度も練習をしてから撮影するのが良いという結論になるだろう。結局、就活で必要なスキルのほとんどは、事前の準備次第でどうにかなるものであり、それは1分間自己PR動画でも変わらない。じっくりと時間と労力を使い、粛々と準備をするしかないと理解し、一日を終えるのであった。


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