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ずっと待つよ

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少し長めのお話を集めたマガジンです。
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#短編

【短編】日曜日のピザ

【短編】日曜日のピザ

要るもの、要らないもの、要るもの、要るもの、要らないもの。手元で手早く分けると、要るものは引っ越し用段ボールの中へ、要らないものは燃えるゴミと不燃物にさらに分け、ゴミ袋の中へと押しこんでいく。

二人でディズニーランドに行ったときにおそろいで買ったコップは「そっちで要るかどうか判断して、要らないなら処分して」と、卓郎が仕事をしているパソコン机の上に置いた。

彼はかたちのよい眉を細めて「うーん」と

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【小説】初春(はつはる)の迷子

【小説】初春(はつはる)の迷子

みよの住むちいさな長屋にも、ちゃんと正月が来た。きしむ引き戸をがたつかせながら開けると、元旦の清新な外気がさっと奥行二間半の室内にも通って、みよは大きく息を吸って吐く。

八年前の春に祝言を挙げた、大工である亭主の五兵衛は、まだ寝正月を決め込んでいる。せっかくお屠蘇と雑煮の準備ができているのに、うすい布団にうすい夜着をかぶって、ごうごうといびきをかいている。

「まったく、お気楽なこと」

にらむ

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【小説】ポケットの中のチョコレート

【小説】ポケットの中のチョコレート

私のコートのポケットの中には、個包装の小さなチョコレートが一枚収められていて、そいつは朝からずっと、その存在を私の頭の中で主張している。普段なら、なんの気負いもなく、そのチョコレートを、運転席に座る佐竹に渡せただろう。

だけど、今日はバレンタインデーだった。そうして、私たち二人を乗せた社用車は、二月のこの大雪で、果てのない渋滞に巻き込まれて、少しも動く気配がない。フロントガラスの向こう、降りしき

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【短編】花の蜜

【短編】花の蜜

ぐるりと見わたした小さな公園内には、子どもはおろか大人もいない。きょろきょろあたりを警戒しながら、あゆみはそっとツツジの茂みに近づくと、たわわに咲いているピンクの花をひとつ摘みとった。あゆみにとって、ツツジの蜜は、子ども時代の小さな罪を思い出してしまう、背徳の味だ。

いまから二十年ほど前のこと、小学生のあゆみにとって、ツツジの蜜から始まった一連の出来事は、忘れがたいものになっている。五月が来るた

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お別れの春に

お別れの春に

大人になってする恋は、あのころよりは、せめて恰好つけられる。三月下旬、社の送別会が開催された駅近のタワーホテル内のレストランで、私はいろんな人に送別の挨拶をしながら、ビールをついで回りながら、視界の隅でちらちらあなたをとらえていた。

入社して数年が過ぎ、私はこの四月から、博多支社に転勤となった。そろそろ、東京本社を離れる時期だと思っていた。私は結婚しているわけではないし、きっと地方に飛ばしやすか

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【短編】のこされたもの

【短編】のこされたもの

取り壊しの決まった祖父の家に、早季子は自分の車に乗ってひとりでやってきた。祖母がさきに他界したあと、五年も一人暮らしを続けてきた祖父が、この春に亡くなり、誰も住むもののいない古ぼけた一軒家は、親戚一同で協議した末、つぶしてしまうことになったのだ。

早季子は30歳の誕生日を迎えたばかりだったが、去年看護師の仕事をストレスから休職して、両親の住むマンションに居候していたところだった。祖父の遺品を片づ

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【短編】家族の情景

【短編】家族の情景

照明がふっと落とされ、レストランの中はうす暗くなった。それぞれのテーブル席についていた客たちは瞬間にざわついたが、厨房のほうから、火のともったキャンドルつきのバースデーケーキをウェイターが運んでくるのを確認し、あちこちから安堵と納得の笑い声が起きた。ウェイターは、私たち家族が座っているテーブルまで、しずしずとケーキを運んでくると、緋色のクロスの上にそっと置いて、

「都築寛人くん、6歳のお誕生日お

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【短編】初雪

【短編】初雪

大学の試験期間が終わった金曜日、明日から週末! と喜んでアパートに帰ってきたら、ボイラーが壊れてお湯が出なくなっていた。うそ、とショックを受けて、このアパートを貸してくれた不動産屋に電話をすると、今日はもう5時を回ってしまったので、修理は明日になります、と言われてしまった。

今日は十二月に入ったばかりの、ひどく冷え込む晩だった。

「どうしよー、お風呂入れないじゃん」

試験勉強を必死でしていた

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