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おにぎりといえば、「梅、シャケ、おかか」。(映画「かもめ食堂」を観て)

Primeでの配信は7日以内に終了──

そんな表示にちょっとだけ慌てて、「かもめ食堂」を観た。

慌てる必要なんてない。彼らはいつだって作品の中で、ゆっくりと食堂を営んでいる。

「かもめ食堂」
(監督:荻上直子、2005年)

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僕が「かもめ食堂」を鑑賞したのは、大学生のとき。

当時はそれほど映画を観ていたわけではなかったけれど、サークルの先輩が勧めてくれたのだった。ちょっとエッチな下心を持つ彼は、だけど野心のようなものは欠片も有していなかった。“スローライフ”なんて言葉はなかった頃だったけれど、のんびりとした暮らしを志向するような人で、今思えば彼から色々なことを学んでいた気がする。

「かもめ食堂」は、観た方なら分かると思うけれど、なんでもない映画だ。

日本人のサチエ(演:小林聡美)がヘルシンキでオープンした食堂。日本人が開く食堂は物珍しいのか、店の前を通るフィンランド人から様子見される毎日も、なかなか客足は遠かった。それでも地道に店を続けていくと、小さい食堂の何気なくも美味しい料理が評判を呼んで、少しずつお客さんを増やしていく。

かもめ食堂には、変わった客人も足を運ぶ。

もたいまさこさん演じるマサコは、旅行のためにフィンランドを訪ねるも、ロストバゲージして困っていた。そこでしばらく働いていると、「自分は何に困っていたんだろう?」「何を探していたんだろう?」と分からなくなる。

やがて荷物が見つかり、かもめ食堂を去るときに口にした台詞。

私の荷物、ちょっと違うみたいなんです。確かに私の荷物には間違いないみたいなんですけど、なんだか違うんです

自分の荷物が見つかった。なのに、その荷物は、かもめ食堂に出会った自分とは合わない気がする。かつての自分は、もはや今の自分とは違うのだ。そうはっきりと宣言したように聞こえる。

この言葉の意味が、39歳になって少し分かった。

人間はいつだって変われる。というか、心のどこかで変わりたいと願っている。変わりたいけれど、変わるのが怖い。変わるのが怖いから現状維持でいいやと思うけれど、でも、やっぱり変わりたい。

マサコは「変わりたい」と心のどこかで思っていた。だからこそ、日本ではないどこかへと旅に出たのだ。観光名所を巡るだけでは変われなかった。変わることができたのは、同じ日本人と共に働き、大事なことに気付いたからだった。

*

映画が製作された2005年は、国内外で騒がしい情勢が続くときだった。

自己責任論を堂々と宣言した小泉純一郎が郵政選挙で圧勝。福知山線の脱線事故や耐震偽装発覚、世界各地でテロが起こるなど、例年以上に世の中が落ち着かないタイミングだった。

そうした中で不安に感じた人々が、安住の地を求めたのかもしれない。ヘルシンキの街角に佇む「かもめ食堂」は、人生にとって何が大切かを思い出させてくれたのではないか。

サチエが握るおにぎりは、「梅、シャケ、おかか」という変哲のない具だった。「おにぎりといえば、『梅、シャケ、おかか』でしょう?」とミドリに主張する。ミドリは店を繁盛させるため、ヘルシンキに住む人たちの口に合う食材を提案したのだが、サチエは「ふつう」にこだわった。

SMAPの「世界に一つだけの花」は、2003年にシングルカットされて発売された。「No.1にならなくてもいい/もともと特別なonly one」という歌詞は、どこか「かもめ食堂」に通ずる部分があるように思う。

「ふつう」という価値は、いつだって普遍的なもの。

あまり意識することなく、「ふつう」の大切さを僕は大学生のときに、「かもめ食堂」から学んでいたのだなと気付いた。

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オールフィンランドロケで製作された本作。小林聡美さん、片桐はいりさん、もたいまさこさんの日本人3名が織りなす空気感は、2023年に鑑賞しても温かった。

2016年、新婚旅行でスペインを訪ねるついでに、ヘルシンキにも立ち寄った。白夜がキラキラに明るい夜、ちょっとだけ風邪をひいてしまったけれど、街から少し外れたところにある森は大きく、そして優しかった。

いつかまた、ヘルシンキを訪ねたい。そして僕だけの「かもめ食堂」にも出会えたら嬉しい。

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