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スカートのデザインを学ぶのでなく、『スカートとは何か?』を学ぶ。(菅付雅信『不易と流行のあいだ』を読んで)

僕にとっての編集の師・菅付雅信さん。

菅付さんのことを「越境型編集者」と呼んでいる記事があったが、まさにその通り。もともと出版社で働いていた菅付さんだが、雑誌や本の編集に留まらず、CDジャケット、Webサイト、都市、組織、展覧会、教育システムなど、あらゆるクリエイティブの編集に携わってきた。

そんな菅付さんのワークポートフォリオのひとつが、自著の執筆だ。消費や幸福を論じた『物欲なき世界』、現在と近未来の周縁を記した『動物と機械から離れて』、多彩なゲストと共に「これから」を読み解いた『これからの教養』。これらは全て読み応えがある。個々の知識を得るというよりは、読み手にとって知識の「容れ物」を拡大されていくような視点を与えてくれるものばかり。ぜひ気になる本を手にとってもらえたらと思う。

*

という中で、菅付さんの近著が「ファッション」と聞き、ふ〜むと頭を抱えた。

ファッションに興味はない。「だったら買わなくても良いかな」と、私淑する身としては、なかなかに不遜な態度でやり過ごしていたのだ。

最終的に購入したのは、下北沢の本屋B&Bで、菅付さんの刊行記念イベントが開催されるから。イベントに参加するならば、その前に本を読んでおかねばなるまい……という気持ちで購入を決めた。

結論からいうと、2022年に読まれるべき1冊だと断言できる。

ファッションに興味のある方というよりも、むしろ、これまでファッションに関心がなかった企画者、編集者こそ読むべきだ。本書もこれまでの菅付さんの本の例に漏れず、視界がすーっと開けるような気持ち良さ、そして豊かで深い教養に溢れている。

菅付さんは「まえがき」で断言する。

編集者という立場で言うと、ファッションほど面白いジャンルはそうない。これほど変化が激しく、かつ時代のムードを先んじて具現化して提示するジャンルは他にない」と。

芸術性、商業性、排他性、大衆性が同居するファッションのビジネスフォーマット。あらゆることが矛盾に満ちているが、矛盾に満ちていることが前提なので、あらゆる可能性が表出し得るといえる。

例えば赤澤えるさんは、自身のSNSを通じて「新しい服を作る意味なんてあるのか」と発信した。

Tシャツ1枚作るのに、多くの水量が必要となる。「作る」こと自体が環境破壊につながることを赤澤さんは懸念している。一方でパタゴニアは、そのことをしっかり留意しながら、ミッションステートメントを2018年に一新する。

私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というものだ。

SDGsの文脈に沿った事例を挙げたが、コロナ禍において、「生きていくうえで必ずしも必要でない」ファッションについて、関係者は誰も苦悩をした。しかしそのことを認めながら、新しいファッションの形を模索している。観客のいないファッションショー、リモートワーク時のスタイルの提案、LBGTについてどう考えるのか、等々。

変化が激しいからこそ、チャレンジが許される。

それは、どんなジャンルの企画者、編集者であっても大切なこと。つまり僕たちは、ファッションから実に様々なことが学べるのである。

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一番印象に残ったのは、菅付さんと、ファッションデザイナーの山懸良和さんの対談はだ。海外でファッションの勉強をされた山懸さんは、「(海外では)スカートのデザインを学ぶのでなく、『スカートとは何か?』を学ぶ」のだと話す。

僕が海外と日本のファッション教育の違いの話をする時に、よくするエピソードがあるんです。例えばスカートを作る授業がある場合、アントワープ王立芸術アカデミーの一年生でそういう授業があり、僕も通っていた日本の主な専門学校の授業では最初にAラインのスカートを作る授業をやるんです。そこで学ぶのは、決められたAラインスカートの作り方のノウハウです。しかし、アントワープの場合はスカートを作る前に、「そもそもスカートって何?」という問いかけから始まるんです。問いの投げかけから教育がスタートして、皆が試行錯誤して「自分にとってのスカートは何か?」とか「これもスカートじゃないかな?」という葛藤の中でデザインが生まれるので、スカートを作るという行為だけを見ても、その工程が全く違うんです。すべては自分が主体となって考えないといけないんです。そのような教育環境の違いがあることを伝える機会の必要性を感じていたので、それも「ここのがっこう」を始めたきっかけの一つです。

(菅付雅信(2022)『不易と流行のあいだ〜ファッションが示す時代精神の読み方〜』平凡社、P217より引用、太字は私)

端的にいえば、問いが大事であるということ。

それだけでなく、ファッションは常に批評に晒されているし、ファッションそのものが批評という精神を持ち合わせているジャンルだということだろう。

──

本書はファッションの歴史や現在地を網羅的に記すものではない。書かれている膨大な固有名詞は、それぞれのテーマの「空気」を如実に表すものだから、興味があればインターネットで検索してみてほしい。

考えてみれば、本書にとってファッションというのは「フィルター」に過ぎないのかもしれない。ファッションに限らず、不易(普遍性)と流行(新しいもの)はあって。その間で揺れるものだが、改めて不易と流行の関係を問い直そうというアティチュードを示してくれる。

自分が手掛けている領域にも、きっと応用可能なはずだ。本書は羅針盤であり、新たなアイデアの源泉として役に立ってくれるだろう。

*Podcast*

菅付雅信『不易と流行のあいだ』の感想を、読書ラジオ「本屋になれなかった僕が」で配信しています。お時間あれば聴いてみてください。

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