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小川公代さんに推薦文をいただきました!『暗い世界:ウェールズ短編集』

 好評発売中の日本初のウェールズ短編集『暗い世界』について、英文学者の小川公代さんが推薦文を寄せてくださいました。

 イギリス・ウェールズ文学の作品を収録した短編集としては日本初。ウェールズといえば、ジョン・フォードが映画化した『わが谷は緑なりき』(原作リチャード・ルウェリン)の美しい緑や田舎町の風景を思い浮かべるかもしれない。ただし、いわゆる “緑のウェールズ” というイメージは大衆文化に少なからず消費されてきた印象もある。本作は、二〇世紀初頭から現代までのより「リアル」なウェールズを描いた短編五編が収録されており、いずれも読みごたえがある。貧困にあえぐ炭鉱町の少年たち、競歩レースを戦い抜く男たち、病でやむなく炭鉱での仕事を断念した男、戦争という非日常を語る女、ネイルサロンを経営する排外主義的な女――たしかに表題どおり「暗さ」が覆い尽くす世界である。だからこそ、登場人物の五感を媒介して瑞々しい美の感性が言葉で発せられるとき、ある切迫感をもって心に迫ってくるのだ。まさに、モダニズム作家のヴァージニア・ウルフが「心の目」という言葉で表現した美の感性、身体感覚である。リース・デイヴィスの「暗い世界」にも、炭鉱町の少年の感性を通して、亡くなってしまったある女性のかつての姿が生き生きと蘇る場面がある。グウィン・トマス「あんたの入用」は、ある炭鉱町の競歩レースに参加する男たちの物語で、競合しながらも助け合ってきた仲間の連帯意識が時代とともに失われる悲哀が浮き彫りになる。ドタバタ風喜劇の様相を呈しながらも、共同体の一人一人の感情のせめぎ合いが描かれる。マージアッド・エヴァンズの「失われた釣り人」では大戦中であるにもかかわらず、戦争とは不釣り合いな「ひそやかに、だけど強烈な匂い」を放つ花や滑らかで美しい川からは人間の生々しい感性が伝わってくる。じん肺症を告げられる炭鉱夫の物語「徒費された時間」(ロン・ベリー)では、男がふと妻と生きたかけがえのない過去の記憶が蘇る。「柔らかな小さな笑いがルイスの喉のあたりをあたためた」という描写によって、等身大のウェールズ人が立ち現れる。現代のウェールズを舞台にしたレイチェル・トレザイスの「ハード・アズ・ネイルズ」は、新自由主義の波に乗って貧富の格差や不寛容の精神がウェールズにも負の影響をもたらしている現状をシングルマザーのネイルサロン経営者の排外主義によって象徴的に描いている。読者は、彼女や彼女の店で働く女たちの心情についてさまざまに思いを巡らすことだろう。

小川公代さんは、『毎日新聞』の「文芸時評」で本書を取り上げてくださるなど、早くからご注目いただいていました。2020年9月12日におこなわれた刊行記念イベントにもご登壇いただき、編者の河野真太郎さんとともに本書の感想や意義を熱く語っていただきました。
「堀之内出版ウェブストア」から本書をご購入いただくと、刊行記念イベントの様子を収録したフル動画を購入者限定特典としておつけしております。
本書をさらに何倍も楽しめる内容になっていますので、ぜひお買い求めください!


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小川 公代(オガワ キミヨ)
上智大学外国語学部教授。1972年、和歌山県生まれ。英国ケンブリッジ大学卒業(政治社会学専攻)。英国グラスゴー大学博士号取得(英文学専攻)。専門は、イギリスを中心とする近代小説。共著に『文学とアダプテーション ヨーロッパの文化的変容』(春風社、2017年)、『ジェイン・オースティン研究の今』(彩流社、2017年)、『幻想と怪奇の英文学』(春風社、2014年)、『文学理論をひらく』(北樹出版、2014年)、『イギリス文学入門』(三修社、2014年)など。

▼『毎日新聞』文芸時評



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