「トラッドってお年寄りがやってるような音楽でしょ?」 現代ポーランドにおけるジャズとトラッドの関係②
6月に2つ、ポーランドの音楽関係のイベントがあります。1つめは民俗舞踊合唱やジャズがいっぱい流れるポーランドの恋愛映画『COLD WAR あの歌、2つの心』の公開。もう一つは現代のトラッド・シーンを牽引するヴァイオリン奏者Janusz Prusinowski ヤヌシュ・プルシノフスキのバンドKompania コンパニャの来日公演です。
どちらもポーランドの民俗音楽(トラッド)にとても関係のあるものなのですが、ポーランドのトラッド・ミュージックってよくわかりませんよね? なので僕はポーランド・ジャズ・ライターの視点からこの国のトラッドについてかんたんに紹介しようと思いました。
今回はシリーズ計4回の第2回です。第1回は↓
トラッドという言葉の中にはいろんなものが含まれると思うのですが、音楽だと「民謡」というイメージが強いと思います。もうひとつは、お祭りなどで使われるダンス音楽ですね。
ポーランドのトラッド・ダンス音楽って、実はすごくリズムが独特で多彩なんです。有名なのは「マズルカ」ですよね。なんたってポーランド国歌が「ドンブロフスキのマズルカ」です。国歌がトラッドのダンスのリズムでネーミングされてるって、なんかすごい。
ショパンも「マズルカ」と命名したピアノ独奏曲をたくさん書いています。ちなみにマズルカは3拍子です。ポーランド語ではMazurek マズレクです。
またマズルカは主に3つの種類に分類されます(厳密にはそれだけではない)。オベレク、クヤヴャク、マズルです。それぞれテンポの速さやアクセントの位置が違います。これについての解説は、6月に来日するヤヌシュが直接インタヴュー記事でしてくれています。CDジャーナル5・6月号の原典子さんのお仕事をぜひご参照ください。
ダンス音楽のリズムは他にも、クラコヴャクとかポロネーズなどがあります。ポロネーズは貴族が楽しむ宮廷音楽から派生したもので、バッハなど近隣の作曲家たちにも影響を与えました。ちなみに、ポルカやポルスカはいわばダンス・リズムの輸出品目です。チェコやスウェーデンなどに渡って発展したものです。
とまあこのように、ざっと見ただけでも細分化されたリズムに基づいたダンス・ミュージックの伝統があり、当然そのリズム・フィギュアに紐づけされた個性的なメロディもたくさんあります。
また、ポーランドは第二次世界大戦以前は意外にも多民族国家でした。ユダヤ人やカシュープ人、山岳地帯に住む民族などなど、スラヴ人だけでなく多彩な少数民族が共生する国でした。もちろん今も少数民族はいますが、やはりユダヤ人がたくさん殺されたり亡命してしまった影響は大きいでしょう。
リズムそのものについてははっきりイメージできなくても、なんとなくブラジルのことを思い浮かべてもらってもいいかと思います。たくさんの伝統のリズムがあって、それにともなったメロディや踊り、あるいは民俗衣装などの文化がある。そして、周辺の国の音楽にも大きな影響を及ぼした。
ざっくりすぎますが、ポーランドのトラッドってブラジルみたいな豊かさを誇っているという感じに受け取ってくださるとわかりやすいかと思います。
シリーズ第1回「民謡ジャズって何?」にも書いたのですが、ポーランドには若い人がたくさんいるので、ジャズもトラッドも、若い演奏家がすごく多いです。で、ジャズの世界ではトラッドの要素を積極的に取り込む人がとても増えています。第1回は、そういう内容でした。
とは言えですね、「トラッドを若い人がやってるって、それはお年寄りがやるようなものを若い人がそのまま演奏しているだけでは」という疑問があると思うんです。というわけで、今回はジャズや他の音楽の要素をミックスして「新しいトラッド」へとアップデートしているトラッド・ミュージシャンたちをご紹介します。いわば、第1回とは逆のベクトルを持つ音楽ですね。
Warsaw Village Band / Kapela ze Wsi Warszawa
ワルシャワ・ヴィレッジ・バンド/カペラ・ゼ・フシ・ヴァルシャヴァ
ポーランドのトラッドと言えばまずこの人たちのことを思い浮かべる音楽ファンも多いでしょう。初期はピュアにトラッドをカヴァーする伝統的なスタイルでしたが、やがてレアな伝統楽器を使ったり全編リミックスのみのアルバムを発表したり、世界各国からゲストを招いたり・・・。ポーランドのトラッドをベースにしながら「架空の国のトラッド」的な音楽を創り出している、イマジネーションにあふれたトラッド・グループです。
(ちなみに映画『COLD WAR あの歌、2つの心』のエンドタイトルの後半に流れるアカペラ二重唱は、このバンドのフロントの女性二人が歌っています)
Słowiński スウォヴィンスキ・ファミリー
僕が選曲したコンピ『ポーランド・リリシズム』(コアポート)にStanisław Słowiński スタニスワフ・スウォヴィンスキという若手ヴァイオリニストのセクステットを収録していますが、スタニスワフはトラッド出身です。両親ともにものすごく有名なトラッド・ミュージシャンで、特に母親のJoanna Słowińska ヨアンナ・スウォヴィンスカはカリスマ的な民謡歌手です。スタニスワフはジャズ・シーンでばりばり活躍していますが、お父さんのヤンが作詞、ヨアンナが歌い、スタニスワフが作編曲と伴奏というファミリーチームでもいろいろ現代的トラッド作品を作っています。
Maniucha Bikont マニュハ・ビコント
昨年ちょこっと来日していました。ポーランド出身ですが、今はイスラエルに住んでいるようです。ジャズ・ベーシストのKsawery Wójciński クサヴェルィ・ヴイチンスキとのこのデュオがほんとうにすばらしいです。
Sutari スターリ
基本的にアコースティックで、伝統的スタイルの唱法・奏法だけを使っているのに、うまくミニマル、アンビエント、チルアウト的な要素を取り込んですごく現代的に聞かせてしまう三人娘。リノベーション世代ならではの音楽やな、という感じ。
Chłopcy Kontra Basia フウォプツィ・コントラ・バーシャ
ポーランドをはじめとした中欧・バルカン諸国の民謡を研究していた女子大生バーシャ(Barbara Derlak バルバラ・デルラク)が結成したトリオ。ほとんどポップスやジャジー・ポップ寄りのサウンドに、彼女のテーマだったトラッドのフレイバーが巧みに盛り込まれています。ポーランドでは、彼女たちも「トラッド枠」なんです。伴奏がほとんどウッドベースとドラムだけなのもすごい。ちなみにバーシャのお姉さんAga Derlak アガ・デルラクはジャズ・ピアニスト(兼フルート奏者)です。
Ola Bilińska オラ・ビリンスカ
ポーランドでは今、ミクスチャーな感性を持つ若い女性トラッド・シンガーが次々現れているんですけど、このオラはその代表格かと。これは彼女が注目されるきっかけとなったBABADAGというバンドの最近出たばかりの2ndから。他のメンバーはリトアニア人ばかりで、前衛ジャズ畑のミュージシャンもレコーディングに参加してどっぷりミクスチャー。
Janusz Prusinowski ヤヌシュ・プルシノフスキ
6月に来日するヤヌシュももちろん現代トラッドの旗手です。彼はどちらかと言うと、上で紹介したようなミュージシャンよりももっと「ルーツ」指向です。国内各地の農村に行って一緒に生活して古くから伝わる音楽を教えてもらって、自分の血肉にしていく。演奏スタイルは伝統的なんだけれども、今を生きる世代の感性が隠し味として光ってる。結果、現代ならではのトラッド・ミュージックが生まれている。そんな感じです。
ちなみに、自分のアルバムではゴリゴリのルーツ路線ですが、彼自身はとても柔軟なミュージシャンで、クラシックやジャズのミュージシャンたちとよくコラボ(例↓)しています。また、今回来日するKompaniaのメンバーのひとりSzczepan Pospieszalski シュチェパン・ポスピェシャルスキ(音源↓)はポーランドのジャズとトラッド・シーン最前線に十人以上も送り込んでいるポスピェシャルスキ一族の一員で、彼の参加もこのバンドの現代的な感性に影響を与えていると思います。
また、ヤヌシュはマズルカ・オブ・ザ・ワールド・フェスティヴァル(Wszystkie Mazurki Świata)というトラッド・フェスティヴァルの主催者でもあります。いろんなトラッド・ミュージシャンが出演したり、ダンスのワークショップがあったり。特徴的なのは、ダンス・ミュージックとしての楽しさを押し出しているところ↓でしょうか。このフェスに参加すると楽しく踊れそうですねえ。ちなみに毎年ちょうど今頃開催されています。
ヤヌシュの来日公演、行きたくなってきませんか? 来日情報については、招聘したTHE MUSIC PLANTさんのオフィシャル・ページ↓に詳しいです。東京公演を予約した方には、今回ご紹介したようなトラッド最前線の音楽と映像がたっぷりつまった映画が無料で見られる特典などもあるそうです。まずは情報をチェックしてみてください!
投げ銭制です。面白かったという方は、ぜひ応援よろしくお願いいたします。ちなみにこのシリーズ「現代ポーランドにおけるジャズとトラッドの関係」の第3回、第4回の更新日は5月の10日と25日です。次回は「ポーランドのトラッドとジャズをつなぐクラシック」を予定しています。お楽しみに。
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