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小説: ペトリコールの共鳴 ⑭

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第十四話 ハムスターが飼い主の心を見つめる



「おい、キンクマ。あと10分ぐらいで到着する」

 飼い主のタツジュンの声が心なしか明るく、滑舌がいい。
 メッシュのポケットから駐車場が見えてきた。案外車は埋まって、この場所に外食できる所があるのを期待させる。

「キンクマから見て俺ってどんな人に見える?」
脈略がない、突然の質問に僕は戸惑う。

「忍耐力があって、温和で律儀な人。
だけど、たぶん不安があるのかな?
気持ちに不安定なところがあって依存しやすい人。
タツジュンは自分に自信がないのかな?」

 タツジュンは本日2回目の豪快な笑いをした。
「キンクマは占い師に向いてるよ、よく人を見てるなぁ」そしてククッと笑い、
「悔しいけど、当たってる。特に欠点がな。
遥香に依存して、離したくないから言うことを聞いていた節が否めない。
 正直、遥香の病で疲れた部分もあったけど。
遥香が居なくなって。これじゃ騙されやすいよな。
隙しかない、スッカスカ」

「ごめんな、こんな話を聞かせて」
タツジュンは急に黙ってしまった。
 自分を信じてくれた人を裏切るなど僕にはできないし、タツジュンもできないから騙された。
自分を守るには日頃から誰かを疑い、警戒を強めているに越したことはない。

 詐欺に遭う人は何度でも騙されるらしい。それは、自分の弱さや欠点を見ようとしない、過信した人。

 詐欺は立証にしくい犯罪。騙した証拠がなければ愛羅たちは無罪放免になっていたかもしれない。

 種明かしのように、仕掛けを知ってしまえば幼稚な集団の幼稚な手口だ。

 しかし巧みといえば巧みで、被害者にアジトは分からないので突き止められないし、お付き合いや監禁で被害者の恐怖を煽り、被害者自らが加害者に高額なお礼としてお金を渡したら罪を証明するのは難しくなる。


 僕はタツジュンの気持ちを全部は理解できていないかもしれない。

 タツジュンはスッカスカじゃない。

 僕がペットショップから引き取られて、
その日を境に僕だけ持つ価値観から、
遥香と新しく生む価値観の共有は楽しい日だった。

 遥香が居なくなり昼間は留守番で、お気に入りの動画を観たりはひとりでもできる。

でも
「今日のドラマはよかったね」 
言葉を教えてもらったり、マンゴーを食べたり、
楽しいことは一緒にやって、楽しい!
美味しいものを一緒に食べて、美味しい!

 誰かと感動を共有したくなっても、話す相手がいないのは寂しい。
 誰かに本音を語って、否定されるのはツラい。
支えるや補うは何も特別なことじゃなく、僕に呼応してくれる人がそばにいることかもと思う。

 リュックのポケットで身体を小さく丸くする。
自分を責めるタツジュンと寂しかったタツジュンを想うと胸の辺りがギュッと締まって、目から水が流れてきた。

「キンクマ、着いたぞ」
タツジュンは背負っていたリュックを自分の胸の前へ抱え、ポケットにいる僕を掬うと
「キンクマに見せたかったもの」
タツジュンの手のひらから希望が広がって見えた。

☆ 一部、わたしの記事から引用しています ☆


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